第46話 老獪な勝利
「ノットッタ! 最強の体をノットッタ!」
白いお面をつけた黒い鎧が甲高い声で笑う。
「クルーシュ。オマエは馬鹿なマオウだった。平和ボケ。魔王軍を腑抜けさせた。見かねたガニュマがニンゲンカイを滅ぼうとしたのに監禁。しかもトドメを刺さない。甘々。だから乗っ取られる。大馬鹿。ニンゲン。お前もそう思うダロ?」
アースは問いかけに返答することなく、眼前に立ちふさがるガニュマ(鎧)の一挙手一投足に目を凝らす。
(今のやつは棒立ち。隙だらけだ。脇腹の応急処置は済んでいる。ひと振りだけなら全力を出せる。チャンスは今しかない)
柄を握る手に力が入る。
しかし動けない。
今しがた見せられたハイレベルな攻防。その演者であるクルーシュとガニュマが合わさった存在が目の前にいる。
(勝てない。勝てるはずがない)
スカイを目標に、力だけを追い求めてきたアース。
彼の精神を支えているのは強者という自信だけ。
それが打ち砕かれた今、逆境をはねのける底力を振り絞ることはできなかった。
アースの脆さを見切ったガニュマは余裕の笑みを浮かべる。
「さて。ニンゲン。お前は世界征服の最初の生贄ダ。喜べ」
「くっ」
ガニュマが漆黒の大剣を振りかぶる。
(もはやこれまでか……)
首を垂れ、死を覚悟した。
そのとき、
コポコポ
そんな音が聞こえてきた。まるで液体が沸点を迎えたような小気味いい音。
「ン?」
首をかしげて下を見るガニュマ。音は鎧の中から鳴っているようだ。
沸騰音が徐々に大きくなるにつれて、お面の口角が下がっていく。
そしてアースの耳にもはっきりと聞こえるほど音が大きくなったとき、
「あ? あああああ」
ガニュマは頭を押さえて叫び始めた。漆黒の鎧が熱に打たれた鉄のように赤く光る。
「熱い熱い熱い!」
どういうことだ? アースは錯乱するガニュマを茫然と見つめる。
『ありがたいものだ。自ら檻に入ってくるとは』
落ち着きを感じさせる低い声が鎧全体から響いた。この声は……、
「クルーシュ! 意識があるのか」
「なななななんで! ガニュマが乗っ取ったのに!」
『確かに身体は乗っ取られた。鎧の内部を満たす液体のせいで自由に動かせん。だが、我の魂はまだ鎧に宿っている。魂が残っていれば魔力は自由に使えるのだ』
「コノ熱もお前の魔力ナノか?」
『ご明察。炎魔法で体内を灼熱地獄にしている。我の鎧はこの程度の熱なら耐えられるが、果たして液体のお前は耐えられるかな?』
「グググ!」
数秒ほど粘ろうとしたガニュマだが、
「こ、これ以上はタエラレナイ! し、仕方ない! ダッシュツだ!」
にゅるん、と鎧の隙間から勢いよく飛び出した茶色い液体。
そこに極寒の冷気が待ち構えているとも知らずに。
『氷世界の凍風』
山にかかった霧にように、クルーシュの体表から白い煙が立ち上っていた。
万物を凍らせる冷気を放つ魔法。本来は手のひらから出す魔法だが、膨大な魔力を持つクルーシュにかかれば全身から放出させることが可能なのだ。
「コ……レ……ハ……!」
鎧から飛び出した際に冷気を全身に浴びたガニュマ。高熱を帯びていた体は急速冷凍され、冷気を抜けたときには全身が凍り付いた。流動性を失い、ボトリと地面に落ちる。
「ク……ソ……」
動けなくなった氷の塊。
自由を取り戻したクルーシュが剣を構える。
「さらばだ。ガニュマよ」
一閃。
真っ二つになった氷は魔粒子となって空に散っていった。
―――――――――――――――
「中はアツアツ、外はヒエヒエ。暑いのだか寒いのだかわからんな」
戦いを終えたクルーシュがいつもの呑気な声で言った。
「ガニュマに乗っ取られるのも作戦のうちだったのか?」
「やつが最初から我を乗っ取ろうとしていたことは見抜いていたからな。だからあえて体内に誘い込んだのだ。閉じ込めたところで反撃開始。体内を灼熱地獄に、体外を極寒地獄にすることで逃げ場を封じれば、どんなに素早い敵だとしても仕留められる」
「危険な真似を。もし本当に乗っ取られたらどうするつもりだ。あんな戦闘狂に貴様の力が渡ったら世界が滅びてしまうところだったじゃないか」
「そんなことはさせんよ。力を持つ者は多くの守るべき命があることを自覚しなければならないからな。お前も人間界を背負って立つ男ならわかるはずだ」
その言葉に目を逸らすアース。
まさかクルーシュを乗っ取ったガニュマを前にして、怖気づいてしまったなんて言えない。もしあのままクルーシュが魂までも乗っ取られていたら、世界を救えるのは彼だけだったはずなのに。
「……まだまだだな。俺も」
クルーシュの強さ、そして己の弱さを痛感したアースだった。
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