第48話 人質
「どうだ? 信頼していた部下に裏切られた気持ちは」
煽るガラン。
しかしクルーシュは見向きもせず、今にも泣き崩れそうな部下に尋ねる。
「スパイはお前の意志でやっていたわけじゃないのだろ?」
「え?」
「お前が心優しい性格だということは知っている。自ら進んで我を売るようなマネはしない。家族を人質にとられたな?」
リノは小さく頷いた。
「言い方が悪い。保護してやっているんだ。魔王城の見晴らしのいい客室でな」
「その費用はリノが我の動向を報告することで支払われているというわけだ。報告が滞ったとき、家族は地下の牢獄へと引っ越し。脅しと一緒だな」
「どうとでも言え。いずれにせよ貴様の動きは最初からすべて把握していた。そして待っていた。俺たちの進軍を妨げる貴様を倒すタイミングをな」
「自ら弟子を取るなんて人質にしてくださいって言っているようなものよ。追放されてからもその甘さは健在ね」
魔王時代から変わらない非道ぶりにため息をつくクルーシュ。
「まあいい。お前たちの狙いはわかった。生徒たちを人質にして我を殺したいということだな?」
「話が早くて助かるぜ」
ガランは余裕の表情。すでに勝利を確信しているようだ。
「少しでも怪しい動きを見せたら貴様の大切な人間を殺す。それが嫌なら俺の攻撃を無抵抗で受け入れるんだな」
「言っとくけど、隙を見て人間を救出しようとしても無駄よ。鞭は私の手に握られている。一瞬で即死の電流を流し込むことができるわ。人間の丸焼き三個セットをご所望なら構わないけど」
「教官……」
「安心しろ。何が起ころうともお前たちに危害は加えさせん。それが魔王であることを隠してきた我にできるせめてもの贖罪だ」
不安げなホランたちに覚悟を見せてから、ガランに向き合い、両手を広げて無防備になる。
「さあ来い。望み通り好きにするがいい」
「では遠慮なく」
ガランは力を誇示するように両こぶしを打ち付ける。ナックルダスターが甲高い音を立てる。
「貴様が防御、ガニュマが素早さなら、俺は攻撃力だ。暗黒打拳の威力をその身で味わうがいい」
クルーシュの正面で腰を落とし、拳に力を集中させる。
「ハァァァァ!」
拳に宿った黒い炎が増大する。空気が揺れ、大地が音を立てる。
ひ弱なリノやホランたちはもちろん、それなりの実力者であるユミレすらも息をのんでしまうほどの威圧感。
まもなく繰り出される魔界一の一撃。それを防ぐことも躱すことも許されない。
この状況は王都でガドイルと対峙したときに似ている。
あのときはガドイルが放った最強の一撃を体で受け止めた。所詮は平凡な人間。クルーシュの鎧に傷がつくことはなかった。
しかし今回は相手が違う。大陸上でもっとも高い破壊力を誇る魔物。
(最悪の場合、ここで死ぬかもしれんな)
生まれて初めて死を覚悟した。
そして蹂躙が始まる。
「オラァァァァ!」
「グっ……!」
まず一発。ボディブロー。防御壁も硬質化魔法もない鎧で受け止める。
岩が砕けるような鈍い音。
クルーシュは一歩下がった先で腹を抑えてうずくまる。
「教官!」
「フッフッフ。いきなり大ダメージだ。あのクルーシュにヒビを入れたぞ」
「はぁ……はぁ……」
「さっさと立て。五秒以内に立たないと大切な人間が死ぬぞ」
「く……」
よろめきながら立ち上がったクルーシュの顔面に次の一撃。地面に倒れる。
「さあ次! 5、4、3、2……」
「……立ったぞ。カウントはストッ……がはっ!」
「オラオラ! まだまだ死ぬんじゃねえぞ! こんなもんじゃあ貴様の下で押さえつけられてきた日々の鬱憤は晴らされねえ!」
殴られ続けるクルーシュ。その一発一発が堅牢な鎧に傷をつける。
「ひどい……ひどすぎるよ……」
「ワタクシたちが不甲斐ないばっかりに……」
「もういいじゃねえか……やめてくれよ」
見ていることしかできない三人のか細い声は、容赦ない殴打音にかき消される。
ついに仰向けのまま立ち上がることができなくなったクルーシュ。
ガランはすかさず馬乗りになり、顔面を右で左で殴り続ける。
「はぁ……はぁ……どうだ! そろそろ死んだか!」
休む間もなく攻撃を続けたことでさすがに息が上がってきたガラン。手を止めてひび割れた鎧の魔物の生死を確認する。
「……まだ死ねんよ。生徒たちとリノを安全な場所に帰すまでは」
「チッ……タフな野郎だ。もういい。次で終わらせてやる」
残るすべての力を集中させる。
大地割り。かつて地中に住んでいた厄介な魔物の巣を拳ひとつで壊滅させたことがあるガランの必殺技。
それを至近距離で顔面に打ちつけられたら、ここまではギリギリ耐えてきたクルーシュの硬い鎧でも木端微塵。
「死ねぇぇぇぇ!」
さすがにこれまでか。
そう思ったその時。
「待て! 俺が相手だ!」
振り上げた拳がピタリと止まる。
「……誰だてめえ」
振り向いた先にいたのは一人の人間。
「俺は聖騎士団第一隊隊長アース。魔王よ。これ以上の愚行は許さんぞ」
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