第49話 強き者を頼る強さ
「アース……隊長……」
ぐったりと倒れ込むクルーシュを一瞥してから、アースはガランに剣を向ける。
「鎧男から離れてもらおうか」
「なぜだ? こいつは元魔王。人間の貴様が救う理由などないはずだが」
「いや。そいつに死なれたら困る。スカイ様を超える男になるにはどうしてもそいつと決闘しなければならない」
「わけのわからないことを。そもそもだ。貴様では俺に勝てんだろうが」
「なんだと?」
「もともとの実力でも俺に分があるというのに、見たところ傷を負っているな。そんな体で俺に勝てると思っているのか?」
「…………」
ガニュマ戦で負った横腹の傷。回復魔法で応急処置はできているが、まだ痛みは残っている。まともに戦える状態ではない。このまま交戦した場合、もって一分といったところか。
それでも引くわけにはいかない。
岩陰から見ていた一部始終。
クルーシュはその気になれば難なく屈伏させることのできるガラン相手に、人質を守るために無抵抗で殴られ続けていた。見捨ててしまえばすべて解決するのに、魔物の彼はそれを頑なに拒む。
(なにをしている。戦わなければ死んでしまう。どうせお前が死んだら人質もついでに殺されるだけ。だったら自分が生き残る選択を取るべきだ。弱い奴が悪いんだから)
もどかしい気持ち。
しかし弱者たちの救いを求める眼差しを一身に受けとめ、鬼神の如き忍耐を見せる彼を見ているうちに、アースの強者像は変わっていった。
弱者に背中を向け、ついて来られない者は切り捨てるスカイ。
弱者に向き合い、迫りくる脅威を背中で受け止めるクルーシュ。
頭の中で描いていた憧れは、目の前の元魔王にかき消された。
追い求めるべきは後者。
その理想が追い詰められているのなら、加勢するのが誇り高き剣士というもの。
「勝つか負けるかは関係ない! 俺と戦え魔王!」
「ふん。雑魚が粋がりやがって。隠れていればよかったものを。すぐに後悔させてやる」
ガランはピクリとも動かなくなったクルーシュのもとを離れ、乱入者と交戦を始めた。
とはいえ、魔王と負傷した人間では勝負にならない。
「オラオラオラァ!」
「くっ!」
乱れ飛ぶ拳に防戦一方。しかもすべてが破壊力抜群。刀身で防ぐたびに手の握力が落ちる。
(これじゃあ一分どころか三十秒も持たないな……情けないぜ。俺もまだまだだということか)
それでも諦めることはない。
(少しでも時間を稼げばクルーシュが目を覚ますかもしれない。もう頼れるのはあいつだけなんだ)
ついに剣を弾き飛ばされた。後方で地面に突き刺さった相棒を拾いにいく暇はない。
「終わりだ。出しゃばりの人間」
ガランはトドメの一撃の構え。
決着は目前。
「なによ。派手に乱入しておいて、まるで話にならないじゃない」
戦闘の行方を注視していたユミレはホッと肩をなでおろした。
もしガランが苦戦するようなら、人質を放置して加勢しようと考えていた。どうせクルーシュはもう戦闘不能。人質に構う必要はない。それよりも未知の乱入者への対応を重視していた。
それが杞憂に終わったことに安堵した。
その一瞬が油断だった。
「よくやった。強き人間。お前の粘りが隙を生んだ」
「え?」
ユミレが握っていたムチの柄がはたき落された。
しまった! そう思って横たわっていたはずの鎧に目を移そうとしたときには、首に手刀を受けて気を失ってしまった。
「!」
ガランが異変に気付いたときには、ひび割れた鎧に一足分の距離まで詰め寄られていた。
防御姿勢を取るより先に脇腹に蹴りをくらい、体がくの字に曲がる。
「かっ……は……」
息ができない。大男は苦しそうに膝をついた。
たった一撃。これで十分。それほどまでに両者の間には力の差があった。
「く……そ……あれだけ殴ったのに、まだ動けるのか」
「さすがにすぐには動けなかったがな。アースが時間を稼いでくれた間に全魔力を回復に集中させることで間に合ったのだ。感謝するぞアース」
「感謝されることは何もしていない。戦いに挑み、負ける寸前だったところを救われただけだ」
「素直じゃないなあ」
不満げに答えたアースに肩をすくめる。
「さてガランよ。我の生徒たちに怖い思いをさせた罪は重いぞ」
荒い呼吸で横たわる現魔王を見下ろす。
「……俺を殺すのか?」
顔を上げ、クルーシュを睨みつけるガラン。
「安心しろ。我は魔界の崩壊を望んでいるわけではない。王であるお前を殺すわけにはいかない。ただ、しばらく人間界に攻め込めない体になってもうらがな」
「覚えておけ。いつから必ず貴様の首を取ってやる。俺を殺さなかったことを後悔させてやる」
「……歯を食いしばれよ」
クルーシュは大男の首根っこを掴んで持ち上げると、鈍い音が丘中に響き渡るほどの威力で腹部に拳をめり込ませた。ガランは血を吐き出し、そのまま意識を失った。そして少ししてから目を覚ましたユミレに担がれて魔界へと帰っていった。
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