第50話 変わらない師弟関係


 魔王ガランの襲撃を退け、これで一安心……というわけにもいかない。

 無事に解放された生徒たちとクルーシュの間には微妙な空気が流れていた。


「……けがはないか?」

「……ええ。おかげさまで」

「……教官さんこそ大丈夫? ヒビだらけだけど。回復魔法かけようか?」

「……大丈夫だ。一日もすれば治る」

「……よかったぜ。ボコボコにされてるときは死ぬんじゃないかと思ってたからさ」

「……そんなにひ弱じゃないさ。なんたって我は元魔王だからな。はは……ははは……」

『…………』

「…………」


 いつもの会話もどこかぎこちない。

 小さな岩に腰掛ける生徒たちの視線はクルーシュから逸れている。


(無理もない。信頼していた教官が元魔王だったのだ。本来なら激怒してもおかしくないところ。口をきいてもらえるだけありがたい)


 とはいえ、正体がバレた以上、もうチーム42番には関われない。魔王軍討伐を掲げる聖騎士団の卵が元宿敵に教わるなんてありえない話なのだ。クルーシュは別れを切り出す機を窺っていた。


「ところでアース隊長は知っていたんですか? 教官のこと」とホラン。


 アースは頷いて、


「王が教官として招き入れたそうだ」

「シス王様がそんなことを?」

「ああ。だが、今となっては疑問がある。なぜ王は元魔王を貴様ら落ちこぼれの教官に任命したのか」


 話を聞いていたクルーシュも「たしかに」と同意する。


 クルーシュが大甘な性格だからいいものの、これが罠だったらどうするのか。人間界に侵入したクルーシュが内側から侵略を開始するかもしれないのに。

 そんなリスクを抱えてまで迎え入れた元魔王の仕事が落ちこぼれのお世話。不可解だ。


「どうせなら世代トップのチームハンドレッドを鍛えさせた方がいいと思うのだが。もっと言えば聖騎士団の指導員でいいはず」

「そうですね。ワタクシたちが元魔王に指導される器だとは思えません」

「我を抑止力として採用したのではないか? 今回のように魔王軍の侵攻を勝手に止めてくれることに期待して。チーム42番を任せたのは目立たぬようにという配慮。元魔王が人間界に住んでいるとなったらパニックに陥るからな」

「ならば教官などという地位を与えるだろうか。別に王宮で匿っていればいいじゃないか」


 結局、クルーシュがチーム42番の教官になった理由はわからずじまい。


 全員が黙ったところで、クルーシュは話題を変え、生徒に向き合う。


「それで、我が元魔王というわけだが……黙っていてすまなかったな」


 深々と頭を下げる。


「シス王に口止めされていたとはいえ、お前たちには白状しておくべきだった。憎き魔王に指導されるなど深いだっただろうに。申し訳ない。だが、これで教官は終わりだ。これから王のもとに行って別の教官を用意してもらおうと思う。安心しろ。ガドイルのようなクズではなく、ちゃんとした教官を用意させる。それでいいか?」


 顔を上げて問いかけると、三人はきょとんとして、


「なんで辞めるの?」

「え? だってお前たちを騙していたわけで。しかも元魔王。宿敵なわけで」

「別にどうだっていいじゃない。そんなこと」

「ホラン……」

「教官さんは教官さんだよ。頼りになる鎧さん」

「初見で鎧を脱がない時点で察するべきだったのかもしれねえけどな。俺たちも鈍感だったよ」

「コヨハ……ロッツ……」

「そういうわけ。そりゃあ最初に聞いたときはびっくりして動揺したけど、もう受け入れたわ。教官が元魔王だろうが関係ない。それに、朝起きたら鎧がテーブルについている姿も見慣れたしね。だから卒業まで面倒見てもらわないと」

「お前たちぃ……!」


 信頼の眼差しに涙腺崩壊。

 涙を流しながら三人に抱き着いた


「もう! 暑苦しいじゃないの!」

「そうかな? ヒンヤリしてるよ」

「そういう問題じゃねえ!」


 幸せな雰囲気を一歩引いた距離で眺めていたのはリノ。

 その視線に気づいたクルーシュは三人から離れて歩み寄る。


「リノよ。お前も気にすることはないからな。情報を売っていたのは仕方のないことだ」

「しかしクルーシュ様を危険な目に遭わせてしまいました」

「我が危険な目に遭うことでお前の家族が守られるのなら問題ないこと。言っただろ。我を頼れと。力を持つ者は力なき者を守る義務がある」

「クルーシュ様……」

「それよりこれからどうする? ガランに脅されて我に同行しているのなら、もうその必要はなくなった。魔界に戻るというのなら止めはせんぞ」

「いえ。ついていきます。だってようやく純粋に魔王様のたびにお供できるんですから」


 クルーシュを見つめるまっすぐな瞳。彼女もホランたちと同じようにクルーシュの背中に魅入られている。


「……これが真の強者か」


 人間も魔物も惹きつける元魔王。アースもまたその背中に惹かれた者の一人。

 だから彼は提案した。


「クルーシュ。忘れたわけではないだろうな。決闘を受けてもらうぞ」

「またその話か。今は皆疲れている。今度にしてくれ。安心しろ。この課題が終わって王都に戻ったらちゃんと相手してやる。元魔王、逃げも隠れもせんよ」


 うんざりといったクルーシュに、アースは首を横に振って、


「いや、今回は元魔王にお願いしているのではない。チームハンドレッドの教官として、チーム42番の教官に決闘を申し込んでいる」


 アースは敬意を込めた声で続ける。


「特士校において古くより存在する決闘。特士生闘技戦を申し込む」


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