最終章 決戦、時を越えて

第51話 特士闘技戦に向けて

 クルーシュ討伐に失敗し、さらに魔王ガランが負傷した結果、境界戦線の魔王軍の動きは鈍化した。


「無理もない。ガニュマが死んで、ガランは動けない。こんな状態で万が一にもクルーシュが人間の味方になって攻め込んできたらお終いだ。しばらくは守勢に回るだろう」


 そう分析したアースはガニュマ戦で傷ついた体を癒すため、境界戦線を離脱し、王都へと帰還した。時を同じくしてチーム42番の監視業務も切り上げられることとなった。


「ポイントはちゃんともらえるのだろうな」

「当然だ。俺が校長に伝えておく。だから貴様は闘技戦までにそのヒビだらけの体を治せ」


 こうして王都に戻ったチーム42番。近々行われるチームハンドレッドとの特士闘技戦に向けて心身を休めることに。


「で、特士闘技戦とはなんだ?」


 ある日の晩、ホランに尋ねた。


「アースの申し出を流れで受けてしまったものの、内容がわからん。決闘だと聞いているが」

「難しいことはないわ。チームで摸擬戦をするの。全部で二試合。一試合目は生徒が三対三で戦って、二試合目は教官同士が一対一で戦う」

「じゃあお前たちも戦うことになるのか。どうりで最近の稽古に気合が入っていると思った」

「そうでもしないとエリート組には勝てないからね」

「ちなみに勝つと何かあるのか?」

「そんなことも知らずに受けたの? まあ元魔王なんだし知らないのは当然だけども」


 ホランは小さくため息をついて、


「勝った方は相手のポイントをそのまま奪い取れる。逆に負けた方はすべてのポイントを失う」

「なに! せっかく境界戦線で千ポイントを稼いだばかりなのに、無意味になってしまうではないか」

「だから勝つしかないの。勝てば現在首位のチームハンドレッドの千数百ポイントがそのままワタクシたちのものになる。両チームのポイントを合算すると二千以上。これは例年の優勝チームの総合ポイントと同じ数字。つまり、今回の決闘で勝った方が今年の特士校を首席で卒業することになるでしょう。一世一代の大勝負よ」


 勝てば主席。負ければ最下位。クルーシュは今回の決闘が生徒たちの未来を決める重要な戦いになることを知った。


「では引き分けはどうなるのだ?」


 戦いは生徒と教官の二試合。一勝一敗のケースが考えられる。


「引き分けの場合は上位チームの勝ちになるわ。現状はチームハンドレッドのほうが順位が上だから、引き分けは負けと同じ」


 クルーシュがアースに勝つだけではダメ。元落ちこぼれのホランたちが、世代トップのアリアーノたちに勝たなければならない。


「だからワタクシたちをきっちり鍛えてよね」

「ああ。任せろ」




―――――――――――



 一か月後。


「ついにこの日が来たか」


 チーム42番対チームハンドレッド。

 運命の決闘の日。


「お前たち。準備はできたか?」


 拠点の前に揃った三人を見渡す。

 いつも通りの白い制服姿でそれぞれの武器を携帯している。


 対人戦ということで機敏な動きに対応可能な小型のアームシールドを装着しているホラン。

 黒いローブ姿で魔杖を握るコヨハ。

 すっかり大剣を背負う姿が様になっているロッツ。


 ただ、クルーシュが着目したのは身なりよりも表情。

 三人とも清々しい表情をしている。格上との戦い、しかも負けたらすべてを失うというのに、恐れを感じさせない。自身に満ち溢れている。


「最初に出会った時よりもたくましくなったな」

「え? そうか?」とロッツ。

「いつものお前だったら緊張で朝からトイレに籠りきりだっただろうに」

「たしかにな。でも、今の俺たちならチームハンドレッドにも勝てる気がしてさ。怖さよりも楽しみが大きいんだよ」

「そうそう。境界戦線でたくさん経験を積んだもんね。私も魔法を臨機応変に使えるようになったし」

「二人が精神的に安定して戦えるようになったからワタクシも自分のことに集中できる」

「フッ。いいチームになったな」


 成長を実感していたところでリノが声をかける。


「ちょっとクルーシュ様。そろそろ時間ですよ。正午に校長室に行くんでしょ。留守番は私がしておきますから、早くいかないと」

「そうだったな。では行くとしようか」







「サージェス校長。来たぞ」


 校長室に入り、椅子に腰かけていたメガネの男に声をかける。

 サージェスは手元の写真から入り口に目を向けた。


「どうした。生徒たちはいないのか」

「外で待ってもらっている。狭い部屋に四人で押し掛けたら邪魔だろう」

「助かるよ。そこに座れ」


 対面する形でソファに腰掛ける。


「さっそく本題に入る。本日、チームハンドレッドの教官アースからチーム42番を相手に特士闘技戦の申し入れがあった。どうする? 拒否することもできるが?」

「受ける」

「即答だな。相手は人類最強の男だぞ。怖くないのか?」

「どんな相手だろうが受けて立つまでだ。それに事前に話がついているしな。今さら拒む理由はない」


 サージェスは毅然とした回答に一瞬だけ苦笑いを浮かべた。


「そうか。わかった。了承しよう。本日二時より100番対42番の特士闘技戦を開催する。場所は王都の南部にある武闘場だ。あとはこの書類にサインするだけだ。負けたら全ポイントを失うことに同意してもらう」

「承知の上だ」


 クルーシュは言われた通りに手続きを済ませた。

 これで用は済んだ、と立ち上がろうとしたとき、サージェスが口を開いた。


「しかしわからん。なぜあのアース隊長が落ちこぼれに構うのか」

「落ちこぼれは過去の話だ。我々は境界戦線の課題を達成したことですでに上位だぞ」

「そういう意味じゃない」と首を振って「自分が強くなることしか興味がないあのアースが特士校の生徒に構うことが普通じゃないと言っているんだ。アイツは第一隊隊長になってから、一度たりともチームハンドレッドの教官としての仕事をしたことがない。口をひらけば『雑魚に構う暇などない』なんて言っていた。今更どういう風の吹き回しで教官面で特士闘技戦を申し込んできたのやら。皆目見当もつかん」

「……もしかして校長はアース隊長と縁があるのか」


 クールなサージェスにしては珍しく熱くなるのでそう尋ねてみたところ、彼は鼻で笑って、


「縁もなにも特士校時代のチームメイトだ」

「そうなのか。ということは校長も特士校の生徒だったのだな。しかもアースとチームメイトということは世代トップのチームハンドレッドということじゃないか。インテリな外見からは想像もつかない」

「失礼なやつだ。こう見えても地元じゃ神童扱いだったんだぞ。もっともそれは特士校に入る前までの話だが」


 ため息をついて続ける。 


「チームハンドレッド入ってから己の無力さに気づかされたよ。俺は所詮平凡な実力者、対してアースは本物の天才だった。おまけにスカイ様に憧れていたからとにかく他人に厳しいんだ。叱責や嫌味は日常茶飯事。ついていくので必死だったよ」


 喋りながら当時を思い出して苦い顔を浮かべるサージェス。


「その様子だとやつのことはあまり好印象ではないようだな」

「いや、そんなことはない」


 意外にも否定する。


「まあ好きではないが、嫌いでもないと言ったことろか」

「そうなのか。圧倒的な才能を持つチームメイトに厳しくされたら、ふつうは嫌になりそうなものだが」

「実力差が開き過ぎていたからな。恨みを通り越して諦念を抱いていたさ。アイツには一生かかっても敵わないとな。だからこそ卒業後は別の道を選んだ。聖騎士団に入らず、特士校に携わる道を選んだ。強者のオーラに喰われちまったというわけさ」

「そんな過去があったのか」

「そういうわけでアースのことはよく知っている。あいつが隊長になってからもその性格が変わっていないことも知っている。だからこそチームハンドレッドの教官として貴様と決闘を望むことが信じられない。やつは何を考えている」

「変わろうとしているのだよ。孤独な強者から信頼される強者に」

「……よくわからん」


 眉をひそめるサージェスだった。


「まあいい。アイツは化け物だ。用心して戦うことだな」

「ご忠告どうも。ではまた」


 サージェスに別れを告げ部屋を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る