第52話 落ちこぼれたちの集大成

 王都の南部にある丸い屋根が特徴のドーム型建造物。

 王都闘技場。

 聖騎士団の摸擬戦や入隊テスト、市民による剣技訓練などに使用される場所だ。


 内部は中央に正方形の闘技台があり、それを一段高い場所から囲うように客席が設けられている。


「来たか。落ちこぼれ」


 通路を抜けると、ホランたちと同じ制服を着た生意気な三人組が待ち構えていた。


 チームハンドレッドのリーダー、剣士アリアーノ。その両脇を固めるように魔法職のメガネ男、双剣使いのギャル女。


「言っとくけど、アンタたちに負けるとか、マジ有り得ないから。この世代のトップはウチらだし」

「現状、あなた方は奇跡的に一桁順位にいるようですが、それも僕たちが負傷していた隙に良案件をかすめ取っただけのこと。この場で叩きのめして、最下位に逆戻りしてもらいましょう」

「ま、そういうわけだ。さっさとリングに上がれ。ま、速攻でお家に帰ることになるだろうが」


 高笑いとともに闘技台に上がっていった。


「相変わらず偉そうなやつら。まあ実際強いから困るんだけど」

「安心しろ。お前たちはもう彼らに負けない力を身に着けている。我は観客席から見守っているからな」

「見ててね教官さん。私たちの実力」

「絶対勝って、アイツらの伸びきった鼻をへし折ってやる!」

「その意気だ。期待しているぞ」


 激励の言葉を投げ掛けてから三人と別れ、横の階段を上って観客席に移動。

 無人の観客席の最前列を歩きながら見晴らしのいい席を探していると、


「こっちだ。クルーシュ」


 ステージ正面の特等席で手招く男。


「アース隊長。それにシス王までいるじゃないか」

「どうも」


 にこやかな笑みを浮かべる祭服姿の青年の隣に座る。


「どうして王が?」

「立会人ですよ。他に適任者がいませんから」


 生徒たちの戦いのあとはクルーシュとアースの真剣勝負。予想されるのはクルーシュの勝利。

 第一隊隊長と互角以上に渡り合える鎧男を何も知らない人が見たら「彼は人類の救世主だ」と審判をそっちのけで興奮状態。闘技戦終了と同時にクルーシュの存在が世間に伝えられるだろう。


「元魔王が人間界にいることは秘匿事項。ゆえにクルーシュ様の正体を知らない人には任せられません。私しかいないというわけです。ちなみにその理由で観客も入れていません」

「王なのに大変だな」

「いえいえ。それに、特士校の生徒たちがどれほどの実力なのかも見ておきたいですから」


 シス王がステージに立つ六人の生徒に視線を向ける。

 ちょうどそのタイミングで勝負が始まった。


「いくぞ落ちこぼれ!」


 先制攻撃はアリアーノ。近接戦闘に弱い魔法職のコヨハに突撃する。


「させない!」


 ホランがすかさず間に入り、腕に付けた盾で斬撃を防ぐ。


「攻守のサポート役である魔法職を真っ先に潰す。定石だな」とアースが言えば「それを予見してカバーに入った。盾役として素晴らしい読みだ」クルーシュが褒める。


 攻撃を防がれたアリアーノがいったん引いたことで、陣形を組む時間が生まれる。


 お互いの魔法職は後方に位置し、チームハンドレッドは剣士のアリアーノと双剣使いのギャル女が最前線。対してチーム42番はホランのみが最前線。大剣を構えるロッツは中間地点で様子を窺う。


「これが我がチームのスタイルだ。ホランが引きつけ、コヨハがサポート。そして隙をついて息をひそめていたロッツの強烈な一撃。境界戦線で磨いてきた連携のお披露目だ」

「だがその作戦だと盾役の粘りが重要になるが、あの桃色髪の小娘は世代トップの矛二人の攻撃をさばき切れるのか?」

「ホランは精神的に大きく成長した。加えてロッツもコヨハも足を引っ張らなくなった。強者の優遇を受けてきた温室育ちには負けんよ」


 戦いを見守るクルーシュの視線はすでに勝利を確信していた。


「オラオラオラ! さっさとくたばれ!」

「この女ウザイんですけど! このっ! このっ!」

「そう簡単にやられるもんですか!」


 刃の嵐をホランはギリギリのところで凌ぐ。

 盾の扱いはもちろん、挟み撃ちや同時攻撃を受けないように常に足を動かしている。


(ニ対一という局面では、二人を同時に相手にするよりも一対一を連続して行うような意識で臨むべき。教官の教え)


 稽古を思い出しながら盾役をこなす。

 しかしどうしても対処できないときもある。


「隙あり!」

「しまった……!」


 アリアーノの上段斬りを防ぐために腕を上げたことで空いた脇腹に、ギャル女の短剣が迫った。


 だが慌てることはない。頼れる仲間が助けてくれる。


「防御壁!」


 コヨハがサポートに入る。

 威力に欠ける短剣は透明の壁に軽々と弾かれてしまった。


「ありがとうコヨハ」

「大丈夫。サポートは任せて」


 冷静沈着な顔。

 かつて魔法の選択に手間取っていた彼女はいない。

 境界戦線での経験によって、適切なタイミングで適切な魔法を発動できる素晴らしい魔法使いに成長した。


「もう! ウザイんですけど!」


 コヨハホランの鉄壁の防御にしびれを切らしたギャル女が、最後方のコヨハに向かって駆け出した。


「待つのです! 離れられるとサポートが!」


 魔法職のメガネ男が注意したときには遅かった。

 ギャル女の背後をとったロッツが無防備な背中に大剣を叩きこむ。摸擬戦ということで刃ではなく面での打撃だが、それでも威力十分。


「かはっ……!」


 地面にたたきつけられたギャル女は戦闘不能。


「終わったな」アースが呟いた。


 三対二という人数不利。

 加えてこの短時間の交戦で両者の実力に差は感じられない。それどころかチーム42番のほうが上回っているようにさえ見える。


「これが師の導きを受けた者と受けなかった者の差か」

「そういうことだアース。お前が彼らをちゃんと指導していたらこうはならなかっただろう」

「ああ。今なら理解できる。この敗北はチームハンドレッドの責任ではない。俺の怠慢だ」

「おや? アース隊長にしては珍しい発言ですね。いつもなら『しょせんは雑魚同士の争い。結果などどうでもいい』と言いそうなところですが」


 意外そうなシス王に、アースは真剣なまなざしで、


「王よ。俺は変わりました。クルーシュという真の強者を目の当たりにしたことで、これまでの振る舞いが間違っていたことに気付きました。自分に厳しく他人に厳しく、というスカイ様の思想を改めます。これからは自分に厳しく、そして他人を守り導ける。そんな強者になろうと思います」

「よく言ったアース隊長」


 ゆとりある思想の継承。クルーシュは喜びを隠せない。


「……ほお。まあそれは結構な話で。いいじゃないですか。その腕さえ鈍らせないのであれば、好きにすればいいでしょう」


 対照的にシス王の反応は冷めていた。

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