第26話 聖騎士団第一隊隊長は厳酷なる指導者


 夕闇が空の端に顔を見せ始める時間帯。

 チーム42番は「新体制最初の課題達成お疲れ様会」として、コテージの前でバーベキューを楽しんでいた。


「うまっ! こんなウマい肉食ったの久しぶりだ」

「食費ギリギリだったもんねぇ。はふはふ」

「ちょっと! ロッツもコヨハも肉ばかり食べてないで野菜も食べる! 焦げるでしょ」


 せっせと焼くホランと食べるだけのロッツとコヨハ。

 クルーシュはコンロの横の椅子に腰かけて「バーベキューというものは性格が如実に表れるのだな」と笑う。


「それにしても教官さんが来てからすべてが上り調子だな。まさか俺たちが魔物討伐ミッションをクリアできるなんて。ちょっと前までは考えられなかったぜ」

「おかげで町長さんからこんなにおいしいお肉をお礼として貰っちゃったしね。これも教官さんのおかげだよ」

「いや。魔物を倒したのはお前たち。我は後ろから見ていただけだ。これはお前たちが勝ち取った勝利だ」


 ちなみにホワイトデビルは課題の対象ではないので、クルーシュが手を出したことにはならない。


「しかしチームハンドレッドのやつら、情けねえよな。あれだけ偉そうにしておきながら上級魔物にボロ負け。教官の助太刀がなかったら死んでただろ、あれ」


 洋館の入り口で馬鹿にされたことをいまだに根に持っているロッツ。アリアーノたちの満身創痍の姿を思い出し、スカッとした表情で笑う。

 対してホランとコヨハは心配した様子。

「重症だったわね。コヨハが回復魔法で応急処置をしたけど」

「あのあとコテージに帰ったんだよね。ダイジョブかなあ?」

「そうだな。気になるし、ちょっと様子を見てくるか。たしか東のコテージにいるはず」


 クルーシュがそう言って立ち上がったとき、青年の落ち着き払った声が聞こえてきた。


「心配いりません。彼らは王都に帰りましたので」


 声の方を見て、生徒たちは声を揃えて、


『し、シス王様!? それにアース隊長まで!』


 祭服の青年シス王、そして腰に剣を差す聖騎士団第一隊隊長アース。

 人間界の頂点に位置する二人とまさかこんな僻地で出会うとは。三人は驚きのあまり持っていた箸を落としてしまった。


 シス王はまずクルーシュに向き合う。


「またお会いしましたね。クルーシュ教官」

『また?』

「そういえば言っていなかったな。ハンドレッドと一緒に王たちも来ていたのだよ」

「初めまして。チーム42番の皆さん」


 フランクに挨拶されてもどう返せばいいかわからない三人。とりあえずビシッと背筋を伸ばして敬礼した。


「鎧男よ。どうやら貴様がうちの生徒を救ったようだな」


 アースがクルーシュの元に歩み寄り、険しい顔を向ける。


「余計な真似をしてくれたものだ」

「何を言っている。そもそもお前はなぜ彼らに同行しなかった。我がいたから良かったものの、死んでいてもおかしくなかったぞ。隊長候補の有望株なのだから、もっと大切に育てないと」


 教官の監督責任を問うが、アースは険しい顔のまま一蹴する。


「弱い奴が悪い。自分の命すら守れない奴はさっさと死んだほうがいいんだ」

「なんだと!? それが教官のセリフか?」

「本業は隊長だ。まあそれでも有望な生徒なら鍛えてやらんこともないが、どうも今年は不作のようだ。あの三人が俺に寄越されるのだから相当レベルが低い。アイツらが死のうが興味ない」

「言い過ぎだ!」


 胸ぐらを掴もうとしたが屈強な腕で払われる。


「貴様の価値観を押し付けるなよ、甘ちゃん教官。そんな過保護教育では真の勇者は生まれないぞ」

「どういうことだ?」

「いいか? 特士校は平均的な兵士を生み出す場所じゃない。三百人のうち二九九人が脱落したとしても、一人のエリートを生み出せばいいんだ。雑魚に目をかけている暇はない。貴様も最弱チームなんぞさっさと見切りをつけて来年に備えるんだな」


 最上の素材以外はすべて切り捨てる。厳しい言葉だ。

 ゆとりある教育で全体の底上げを目指すをクルーシュとは真逆の志向。


(この男が人間界の頂点にいたら人間はいつまで経っても強くならない。このままでは魔王軍に蹂躙されてしまう)


 人間の将来に憂いを抱いたクルーシュは提案した。


「ではその甘ちゃん教官率いる最弱チームが一位になったら、我のやり方を認めてくれるか?」

『教官!?』

「ふん。本当に最下位の落ちこぼれを一位にできると思っているのか?」

「やってみせる」


 蔑みの視線と真摯な視線がぶつかり合う。


「……いいだろう。もしそこの落ちこぼれたちがチームハンドレッドを超えるようなことがあったら、俺も考えを改めてやろう。まあ、そんなことは万に一つもないがな」


 吐き捨てるようにそう言うと、シス王に向き合い「俺は先に戻ります。王も暗くなる前にお戻りください」従順な兵士の声で告げてコテージへと帰っていった。


「さ、さすが鬼の第一隊隊長だ。言葉の一つ一つがナイフみたいに鋭いな」

「スカイ様の再来と言われているだけあるわね」


 組織のトップがいなくなったことで少しだけ緊張がほぐれたロッツとホランが言った。


「スカイ? それは誰だ?」

「教官さんは知らないの? 最強の勇者さんだよ。百年前に魔王を倒した伝説のパーティーのリーダー」

「スカイ様は自分にも他人にも厳しい人だったらしいわ。だからスカイ様に憧れているアース様もその厳しさを意図的に取り入れているのかもしれないわね」

「迷惑な模倣だな。憧れるのは構わんが、内面までマネする必要もないだろうに」

「でも教官さんも魔王に憧れて鎧を着てるんだよね」


 コヨハ以外から『え?』という視線を集めたクルーシュ。仕方なくコヨハについた嘘を繰り返す。


「なるほど。魔王に憧れて鎧を着ていたのですか。そうですか」


 事情を知るシス王は意地悪な笑みを浮かべた。

 クルーシュは「ハハハ……」と乾いた笑いを返した。

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