第67話 前世の罪を背負って


 リファラがスカイの死に際を語る。



―――――――




 遠ざかる仲間の背中。魔界の荒野に取り残されたスカイは、ようやく己の非に気付いた。


「……俺は間違えていたのだな。そうでなければ仲間に殺されたりしない」


 特士校時代から抜きんでた実力者だった彼は、自分の強さに周りが甘えてはならないと考え、あえて冷徹に振舞っていた。難しい要求を出すことで仲間の実力を引っ張り上げる。それこそが強者のあるべき姿だと信じていた。


 そのすべてを焼けるような痛みが否定する。


 ルーゴの背中が見えなくなったところで這い進む。

 ぼやける視界の中、向かう先は後方の崖。


「せめて自分で死のう。溶岩に溶かされて。それで罪がきえるわけではないが」


 崖のへりに辿り着く。

 海のように辺り一面に広がる溶岩。魔王を落としたこの場所で、自分も命を落とす。


「惨めだな。世界を救えず、仲間の感情にも気づかず、しまいには裏切られて孤独に死んでいく。まるで魔王の末路じゃないか」


 自嘲するように薄ら笑いを浮かべてから、覚悟を決めて崖から体を投げ出した。岩肌に体を打ちつけながら転がり落ちていく。

 しかし崖の中腹にさしかかったところで、洞穴の入り口に体が引っかかる。


「なんだ。神はまだ俺を殺そうとしないのか」


 死ぬのは簡単。少し体を横にずらせば、再び崖を転がって溶岩の海までたどり着くだろう。


 ふと洞穴に目を向けた。深くはないようで、溶岩の灯りもあって奥までよく見える。

 そこに人が立っていた。いや違う。人じゃない。人の形をした鎧。漆黒の鎧が立っていた。


(不思議な力を感じる)


 スカイは最後の力を振り絞り、這って漆黒の足元まで来た。

 角張ったフォルムは厳つく、磨き上げられた表面は洗練されている。

 心を奪われた気分だった。実際、魂が鎧に吸収されていた。


 薄れる意識の中でスカイは心に誓う。


「もう一度やり直したい。今度は厳しさのない、優しい強者として、世界を、仲間を導けるようになりたい」


 願いとともに絶命したスカイ。その魂が漆黒の鎧に宿った。



―――――――――――



「人間界も魔界も守りたい。あなたのその優しさは、スカイ様の懺悔。厳しさが反転した結果なのです」

「……そうだったのか」


 クルーシュは百年の半生を回顧する。


 生まれたときから備わっていた平和思想。

 彼はその思想を胸に働いてきた。人間との戦争を縮小し、人間界に攻めよとするものは罰し、その分魔界の環境を改善してきた。魔王の座を追い出された後も、優しい指導者としてチーム42番を育て上げた。


 そのすべてが、スカイの懺悔だった。

 真逆の人物だと思っていたスカイのことが、急に身近に感じられた。

 同時に、スカイが犯した罪を償わなければならないという責任を感じ始める。ルーゴを怪物に変えてしまったその責任を。


「やはり我がルーゴを止めなければならない」


 立ち上がったとき、小屋のドアが開いた。入ってきたのは見慣れた白い制服姿の男女三人。


「教官! 大丈夫なの?」

「意外と元気そうだねぇ」

「急いで損したな」


 心配そうなホラン、おっとりしたコヨハ、軽口をたたくロッツ。見慣れた三者三様の反応。


「お前たち……」

「よかった。魔王様、無事だったのですね」遅れて入ってきたのは元秘書。

「リノまで。どうしてここに?」

「伝書魔蝶が届きました。魔王様が強大な敵を前にボロボロになっているということを知らされ、魔界からドラゴンを呼び出して急遽やってきました」

「伝書魔蝶だと?」

「私が彼女たちに向けて飛ばしました」


 リファラはしたり顔で言うと、クルーシュの耳元で囁く。


「どうです? 彼女たちのためにも、せめて人間界を守るべきでは? 今は体をやすめるときです」

「なるほど。我を説得するために教え子たちを呼び出したわけだ」


 たしかに今の状態ではルーゴを止めることはできない。だったら魔界は諦め、完治を待ってから人間界を、可愛い教え子たちを守ったほうがいい。

 リファラの作戦は効果あり。決意が揺らぎかけた。


 それでもクルーシュはリファラを優しく押しのける。


「だが、リノの故郷はどうなる」

「……この方は魔物なのですか」


 金髪の少女は魔人族。人間と同じ外見をしている。


「それに、我にはケンタウロロイスを始めとして魔王軍に知り合いが多くいる。魔界を滅ぼされるわけにはいかんのだ」

「魔王様……」

「我の意志は変わらない。魔界を滅ぼされる前にルーゴを止める」


 小屋の出口に向かう。

 わざわざ教え子を呼んだのにこの反応。説得が不可能だと悟ったリファラはもう止めようとしない。


「教官。強敵と戦うんでしょ?」


 ドアノブを握る黒いガントレットにホランの白い手が重なる。


「ああ。同格以上の相手だ。我の今の状態を考えると、勝ち目は薄い。だが、お前たちは格上のチームハンドレッドに勝った。だったら教官の我もあとに続かねばな」

「だったらワタクシたちも協力するわ。チームなんだから」

「……ホラン」


 生徒たちの目は「頼ってくれ」と言いたげな力強さを帯びていた。

 しかしクルーシュは首を横に振る。


「ダメだ。今回ばかりは相手が違う。お前たちを守りながらでは勝てない」

「教官……」

「願っていてくれ。我が無事に帰ってくることを」


 そう言い残して小屋を出た。

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