第66話 他人に厳しい勇者は裏切りに沈む

―――――――――



「あとは魔王城に残った残兵を片付ければ終わりだ。行くぞ」


 魔王を倒したスカイ。遠くに見える魔王城に向かって歩き出そうとしたところで、肩を掴まれた。


「……せめてエリーゼを弔おうとは思わないのですか。大切な仲間ですよ」


 内気なルーゴらしくない刺々しい声色。指が肩に食い込む。


 明確な怒りを感じ取ったスカイは肩に乗った手を払い、横たわる仲間の死体にちらりと目を向けてから、ルーゴに向き合う。


「俺たちは戦士だ。戦場で仲間が死ぬたびに悲しんでいたらきりがない。わかるな」

「わからない。そもそも助けられたかもしれないのに」

「助けた結果、俺たち全員が死んでいたかもしれない。だったら確実に俺とお前が生き残れる道を選択したほうが無難だろ」

「エリーゼが死んだんだぞ! 無難なんて言葉で片づけるな!」

「なにを感情的になっている。聖騎士団時代にも仲間の死なんて珍しくなかっただろ。それともエリーゼだけは特別か?」

「……」

「まあどんな関係だったのかは知らないが、死んでしまった以上ただの肉の塊だ。後ろ髪を引っ張られて任務に支障が出るくらいなら、いっそ燃やしたらどうだ?」

「燃やす……だと?」眉がピクリと動く。

「火葬だよ。少し時間をやるからさっさとやれ。終わったら未練を断ち切れよ」


 背中を向けて歩き出す。最後くらい二人きりにさせてやろうというスカイなりの配慮だった。


(残酷なことを言っているのはわかっている。だが、魔界を滅ぼすにはまだルーゴのサポートが必要だ。エリーゼが死んで辛いのはわかるが、前を向かなければならない。戦いが終わるまでは)


 彼だって好きで厳しく接しているわけではない。魔界を滅ぼすには自分だけの力では足りない。だから仲間にも強くなってほしい。人間界の明るい未来のためを思っての行動なのだ。

 その想いが地獄の釜よりも煮えたぎる怨嗟を生んでしまったことを知らずに。


 背中から胸部にかけて焼けるような痛みが襲った。


「ん?」


 下を見る。

 胸から白く輝く矢が飛び出していた。


「……こ、これは?」


 血を吐き出して倒れる。反転した視界の上部に、無表情のルーゴがいた。魔法で生み出した透明の弓を手に携えている。


「ルーゴ貴様! 何のつもりだ? 早く治療しろ! お前一人では世界を救えない!」

「構わない」

「なんだと……!」

「お前は人間界を救った英雄なんかに相応しくないクズ野郎だ。仲間を仲間と思わない。自分本位のクズ野郎」

「なにを言って……」

「あなたにはわからないでしょうねえ! 私たち弱者の辛さなんて!」

「うっ!」


 ルーゴはスカイの傷口に蹴りを入れてから、彼を置き去りにして歩き出した。向かう先は魔王城ではない。人間界。


「おい! なにをしている! 魔王は死んだんだ! 今が魔界を打ち滅ぼす絶好機なんだぞ!」

「私一人では無理ですから。いったん帰るとしますよ」

「ならなぜ俺を殺すんだ……」


 訴えかけるスカイに、不自然な作り笑いで、


「自分で考えてください」

「そんな……」

「あなたはせいぜい魔王と同士討ちを果たした程度の英雄です。人間界を救えなかった矮小な英雄。対して私は魔王を倒し、人間界を救う。まがい物の英雄じゃない。真の英雄になるのです。どれだけ時間がかかるかわかりません。その前に人間界が滅ぶかもしれません。でも、それでもいい。私は憎きスカイを超える。魔界を滅ぼす力を手に入れて」


 ルーゴはスカイを置き去りにして人間界へと帰っていった。



―――――――――



「悲惨な事件だ。スカイの厳しい姿勢がルーゴを変えてしまったのだな」

「彼は魔界を滅ぼすことでスカイ様を超えると思っています。ですが私が懸念しているのはその先」

「先だと?」

「おそらくですが、ルーゴ様は魔界を滅ぼしたとき、得られるのは達成感ではなく虚無感です。当然です。スカイ様は魔界を滅ぼすことができたところを無理やりルーゴ様が捻じ曲げただけ。ルーゴ様が魔界を滅ぼしたところでスカイ様越えにはならないのです。となると、ルーゴ様が次に何を考えるのか」

「まさか……」

「大陸の支配。人間界も魔界も関係ない。自分の望むがままに動く世界を作り上げる。最近のルーゴ様を見ていると、そんな気がします」

「それで我に止めてくれと頼んだのか」

「三日前、ルーゴ様がアース隊長に鎧を譲ったときは、杞憂に終わったとホッとしたのですが。乗っ取り魔法は血の繋がった人間にしか使えないと聞いていましたので。ですが、いつの間にか他者の魂まで適用範囲を広げていたとは思いませんでした」

「そんな力があれば我の体を乗っ取ればよかったのに」

「おそらく完全な他人には使えないのでしょう。自身に心酔する者にのみ使えるようになったのではないかと」


 アースはシス王に心酔していた。たしかに親族以外でもっともシス王に近い人間。


「とにかく、彼の野望を見誤って協力してしまった私には彼を止める義務があります。だからこそ、クルーシュ様には万全の状態で向かえ撃ってほしいのです。この人間界で」

「しかし魔界の危機だ。放っておくわけにはいかん」

「何をおっしゃいますか。クルーシュ様の真の姿はスカイ様。人間界こそが故郷なのですよ」

「……そういえばスカイが漆黒の鎧になった経緯がまだだな。どうやって我に生まれ変わったのだ? 聞かせてもらうぞ」

「ええ。ルーゴ様に裏切られた直後の話です」

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「あとは魔王城に残った残兵を片付ければ終わりだ。行くぞ」


 魔王を倒したスカイ。遠くに見える魔王城に向かって歩き出そうとしたところで、肩を掴まれた。


「……せめてエリーゼを弔おうとは思わないのですか。大切な仲間ですよ」


 内気なルーゴらしくない刺々しい声色。指が肩に食い込む。


 明確な怒りを感じ取ったスカイは肩に乗った手を払い、横たわる仲間の死体にちらりと目を向けてから、ルーゴに向き合う。


「俺たちは戦士だ。戦場で仲間が死ぬたびに悲しんでいたらきりがない。わかるな」

「わからない。そもそも助けられたかもしれないのに」

「助けた結果、俺たち全員が死んでいたかもしれない。だったら確実に俺とお前が生き残れる道を選択したほうが無難だろ」

「エリーゼが死んだんだぞ! 無難なんて言葉で片づけるな!」

「なにを感情的になっている。聖騎士団時代にも仲間の死なんて珍しくなかっただろ。それともエリーゼだけは特別か?」

「……」

「まあどんな関係だったのかは知らないが、死んでしまった以上ただの肉の塊だ。後ろ髪を引っ張られて任務に支障が出るくらいなら、いっそ燃やしたらどうだ?」

「燃やす……だと?」眉がピクリと動く。

「火葬だよ。少し時間をやるからさっさとやれ。終わったら未練を断ち切れよ」


 背中を向けて歩き出す。最後くらい二人きりにさせてやろうというスカイなりの配慮だった。


(残酷なことを言っているのはわかっている。だが、魔界を滅ぼすにはまだルーゴのサポートが必要だ。エリーゼが死んで辛いのはわかるが、前を向かなければならない。戦いが終わるまでは)


 彼だって好きで厳しく接しているわけではない。魔界を滅ぼすには自分だけの力では足りない。だから仲間にも強くなってほしい。人間界の明るい未来のためを思っての行動なのだ。

 その想いが地獄の釜よりも煮えたぎる怨嗟を生んでしまったことを知らずに。


 背中から胸部にかけて焼けるような痛みが襲った。


「ん?」


 下を見る。

 胸から白く輝く矢が飛び出していた。


「……こ、これは?」


 血を吐き出して倒れる。反転した視界の上部に、無表情のルーゴがいた。魔法で生み出した透明の弓を手に携えている。


「ルーゴ貴様! 何のつもりだ? 早く治療しろ! お前一人では世界を救えない!」

「構わない」

「なんだと……!」

「お前は人間界を救った英雄なんかに相応しくないクズ野郎だ。仲間を仲間と思わない。自分本位のクズ野郎」

「なにを言って……」

「あなたにはわからないでしょうねえ! 私たち弱者の辛さなんて!」

「うっ!」


 ルーゴはスカイの傷口に蹴りを入れてから、彼を置き去りにして歩き出した。向かう先は魔王城ではない。人間界。


「おい! なにをしている! 魔王は死んだんだ! 今が魔界を打ち滅ぼす絶好機なんだぞ!」

「私一人では無理ですから。いったん帰るとしますよ」

「ならなぜ俺を殺すんだ……」


 訴えかけるスカイに、不自然な作り笑いで、


「自分で考えてください」

「そんな……」

「あなたはせいぜい魔王と同士討ちを果たした程度の英雄です。人間界を救えなかった矮小な英雄。対して私は魔王を倒し、人間界を救う。まがい物の英雄じゃない。真の英雄になるのです。どれだけ時間がかかるかわかりません。その前に人間界が滅ぶかもしれません。でも、それでもいい。私は憎きスカイを超える。魔界を滅ぼす力を手に入れて」


 ルーゴはスカイを置き去りにして人間界へと帰っていった。



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「悲惨な事件だ。スカイの厳しい姿勢がルーゴを変えてしまったのだな」

「彼は魔界を滅ぼすことでスカイ様を超えると思っています。ですが私が懸念しているのはその先」

「先だと?」

「おそらくですが、ルーゴ様は魔界を滅ぼしたとき、得られるのは達成感ではなく虚無感です。当然です。スカイ様は魔界を滅ぼすことができたところを無理やりルーゴ様が捻じ曲げただけ。ルーゴ様が魔界を滅ぼしたところでスカイ様越えにはならないのです。となると、ルーゴ様が次に何を考えるのか」

「まさか……」

「大陸の支配。人間界も魔界も関係ない。自分の望むがままに動く世界を作り上げる。最近のルーゴ様を見ていると、そんな気がします」

「それで我に止めてくれと頼んだのか」

「三日前、ルーゴ様がアース隊長に鎧を譲ったときは、杞憂に終わったとホッとしたのですが。乗っ取り魔法は血の繋がった人間にしか使えないと聞いていましたので。ですが、いつの間にか他者の魂まで適用範囲を広げていたとは思いませんでした」

「そんな力があれば我の体を乗っ取ればよかったのに」

「おそらく完全な他人には使えないのでしょう。自身に心酔する者にのみ使えるようになったのではないかと」


 アースはシス王に心酔していた。たしかに親族以外でもっともシス王に近い人間。


「とにかく、彼の野望を見誤って協力してしまった私には彼を止める義務があります。だからこそ、クルーシュ様には万全の状態で向かえ撃ってほしいのです。この人間界で」

「しかし魔界の危機だ。放っておくわけにはいかん」

「何をおっしゃいますか。クルーシュ様の真の姿はスカイ様。人間界こそが故郷なのですよ」

「……そういえばスカイが漆黒の鎧になった経緯がまだだな。どうやって我に生まれ変わったのだ? 聞かせてもらうぞ」

「ええ。ルーゴ様に裏切られた直後の話です」

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