第65話 百年前、伝説の勇者スカイの戦い


 百年前。


 魔界の奥にある荒野で、人間と魔物の最終決戦が繰り広げられていた。


 白髪の剣士スカイ、魔法使いルーゴ、盾役タンクの女エリーゼ。人間界が送り出した魔王討伐パーティーだ。

 対するは蛇のような下半身と悪魔の羽を生やした上半身をもつ五メートルを超える巨体の魔王。


 戦況は、人間の優勢で進んでいた。


「この私が! 魔王である私が! 人間如きに追い込まれているだと!」


 スカイの圧倒的な攻めにじわじわと追い詰められた魔王。第一形態、第二形態でも戦況を覆せず、ついに最終形態を披露したというのに、それでも劣勢は変わらない。


「認めん! 認めんぞ! 最後に勝つのは私だ!」

「くそ! しつこい奴め」


 一方でスカイも魔王の粘りに手を焼いていた。

 体力的には有利であるものの、けた外れの攻撃力は脅威。気を抜けば一瞬でやられてしまうかもしれない。


 魔王の大きなかぎ爪が襲い掛かる。スカイは正眼の構えのまま足を横に動かしてかわすと、禍々しい赤い手を斬る。魔王のおぞましい悲鳴が響く。


「ルーゴ! なにしてる!」


 いったん距離を取ったスカイが背後でサポートに徹する青年を怒鳴りつけた。


「今のタイミングで強化魔法があれば魔王の右手を切断できたかもしれないのに。ちゃんと集中してくれ」

「……はい」

「返事をする暇があったら次の判断だ! とっとと俺の素早さを上げろ!」

「……ッ!」


 最終決戦だというのに、気持ちが戦いに入っていない。あるのは不満、苛立ち。特士校時代を含めた五年間、毎日のようにきつい叱責を受けてきたルーゴは、ここにきて限界を迎えていた。

 それでも必死に自制心を保ち、スカイに小言を言われながらも援護する。


 それが壊れたのは、魔王が魔力を口に溜めて魔光線を放とうとしたときだった。


「危ない!」


 タンク役の女・エリーゼが前に出た。高い威力の攻撃は守備力特化のエリーゼが受け止める。チームの決まり事。


 しかし魔王はすでにその作戦を見抜いていた。紫の唇の端を上げてニヤリと笑う。


「馬鹿め! かかったな!」


 正面からの攻撃に備えていたエリーゼは横から飛んできた鋭い尻尾に貫かれた。細長い下半身を大きな弧を描くように動かしたことで、死角からの攻撃となったのだ。

 魔王が尾を引き抜くと、エリーゼはその場に崩れ落ちた。血だまりができる。ピクリとも動かない。一刻を争う致命傷であることは明白だった。


「エリーゼ!」


 スカイへの強化魔法を止め、回復魔法に切り替えようとしたルーゴをスカイが制する。


「魔王討伐が優先だ! 強化魔法を継続しろ!」

「でも! エリーゼが!」

「あの傷じゃあもう助からん。それに魔王は自然回復魔法(オートキュア)を使っている。手を休めている場合じゃない。殴り続けるぞ」

「しかし! エリーゼは一緒に戦ってきた仲間じゃないか! それに……」婚約者だから、とまでは言えなかった。

「ここで負けたら人間界が滅ぶのだぞ。一人の人間の命と大勢の人間の命。優先するべきは明白だ。戦いに集中しろ!」


 そう言って魔王に向かって駆け出した。その際、スカイは瀕死のエリーゼの体をまるで人形でも転がっているかのように跨いだ。


「…………」


 この瞬間、ルーゴの中で何かが切れた。五年間耐えてきた怒りが、静かに噴火した。


 戦闘を優位に進めるスカイ。そしてついにその時が来た。


「はああああ!」


 聖なる光を放つ一撃が魔王の心臓を貫いた。


「ば、ばかな! この私が……! グァァァァァあぁ」


 魔王は大量の魔粒子を放出しながらよろめき、背後の崖の下にある溶岩に落ちていった。


 魔王と勇者の最終決戦は、勇者の勝利で幕を閉じた。



―――――――――



「おや? 聞いた話ではスカイと魔王は相打ちだったような。勝ったのか」

「その話を人間界に伝えたのは、生き残ったルーゴ様です」


 リファラの神妙な言い方は、まだ一波乱があることを予感させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る