第64話 偉大なる魔法使いルーゴの野望
「シス王はルーゴ様だったのです」
リファラは森憑村の小屋でシス王の正体を語り始めた。
「まず、ルーゴ様のお話をしましょう。彼のことはご存じですか?」
「たしか百年前、魔王と同士討ちしたスカイの仲間で、唯一人間界に生還した男だったな。王位を継承し、我と境界戦線協定を直接結んだ相手だ」
「その通りです。特士校時代からスカイ様のチームメイトとしてサポートしていました。もっとも、彼は厳しく叱責してくるスカイ様のことを良く思っていませんでしたが」
「しかし白銀の鎧がルーゴとはどういうことだ? 白銀の鎧の様子を見ると、アースの魂を乗っ取ったのはシス王に見えたが。あれがルーゴだというのか」
「逆です」
「逆?」
「クルーシュ様の知るシス王は、実はルーゴ様だったのです」
首をかしげる。
「意味が分からんぞ。どういうことだ?」
「シス王が優れた魔法使いであることは知っているでしょう」
「ああ。コヨハも憧れの相手だと言っていた」
ペクスビーでチーム42番が初めて課題を達成した祝勝会で彼女はそう言っていた。
「特にアンデッド魔法を研究していると言っていませんでしたか?」
「言ってたな。死者を弔うためだと本人が説明していた」
するとリファラは鼻で笑って、
「まさか。シス王は他人が死のうがどうでもいいはずです。彼がアンデッド魔法に没頭していた理由はただ一つ。憎きスカイ様を超えるため」
「スカイを……超える?」
「自分を叱責してきたスカイ様を超えることができれば、ボロボロに傷ついた心を癒せると考えたのでしょうね」
「ちょっと待て。スカイは魔王と同士討ちですでに死んだのだろ? 亡き相手をどうやって超えるんだ?」
「厳密には生きてますけどね。あなたの鎧の中で」
リファラはクルーシュの正体がスカイだと言うが、イマイチ実感が湧かない。それでも試練の滝を超えることができたのだから、彼女の言うことは正しいのだろうと受け入れる。
「それで、ルーゴはどうやってスカイを超えるつもりなのだ?」
「スカイ様があと一歩で果たせなかった野望。魔界の滅亡です」
スカイは魔王を倒したものの、残りの残党を始末する前に死んでしまった。そのおかげでクルーシュが新魔王として魔界を再建したわけだが。
「しかし、寿命が尽きるまでに魔界を滅ぼすなど、ルーゴ様の力では不可能でした。ですので、まずは自分の寿命を長引かせるような魔法を研究することにしました。幸いなことに新魔王が境界戦線協定という実質的な不可侵条約を提案してきたので、猶予はたっぷりありました」
「よかれと思ってやったんだけどな……」落ち込む当人。
「そして何十年もの時を費やしたことで、死ぬ間際に完成したのです。自死することで人の魂を乗っ取る魔法を」
「魂を乗っ取る……」
「彼はさっそく魔法を使って、すでに王位を譲っていた息子に乗り移りました。次世代に魂を移すことができれば、もう寿命で死ぬことはありません。永遠の命を手に入れた彼は、魔界を滅ぼすだけの力を手に入れる手段を探し始めたのです。そして見つけたのが――」
「白銀の鎧か」
「はい。ですので二代前の国王がこのカーリフィア大森林を立ち入り禁止にしたのです。鎧の存在を誰にも知られないように。自分のものにするために」
サージェス校長からペクスビーでの課題の説明を受けたとき、そんなことを言っていた気がした。
「私がルーゴ様と出会ったのはそのタイミングです。ルーゴ様はすべてを打ち明けて、協力するよう要請しました。私としても人間界が救われるのならと協力することにしました」
「待てよ。ということは族長は当時から族長だったのだな」
「人間の中では特殊な種族ですので。数百年と生きますよ。魔力も豊富です」
にこやかに笑うリファラは人間でいうところの二十代にしか見えない。
リファラは真剣な表情に戻って話を続ける。
「私が白銀の鎧を手に入れるには滝を突破できる強者が必要だと伝えたところ、彼はすぐに行動に移します。それが聖騎士団特別士官学校の制度改革」
「……ああ。それでか」
点と点が線で繋がった。
「特士校が強者を優遇しているのはルーゴの発案だったのだな」
世代トップを同じチームに組み込むチームハンドレッド制度。教官には聖騎士団の第一隊隊長を就け、任務の優先権は常に成績優秀者にあるようにした。極端な強者優遇制度だ。
クルーシュが最初にホランから特士校の惨状を聞かされたとき「どおりで聖騎士団が弱体化したわけだ」と納得したが、そもそも特士校は聖騎士団を強くする組織ではなかった。たった一人の天才。試練の滝を超え、白銀の鎧を持ち帰る強者を生み出すためだけの組織だったのだ。
「そして数十年後、アース隊長という最高傑作が現れたのです。曾孫、シス王に移ったルーゴは、満を持してアース隊長、おまけにあなたを連れてここにやってきました。残念ながらアース隊長はまだ実力不足、あなたは魔物ということで、白銀の鎧は手に入りませんでしたが」
「ということは、ルーゴはまだ我をスカイだとは知らなかったようだな」
「そうなります。逆に今回は知っていました。彼は試練の滝の前で私にこう耳打ちしました。『クルーシュの魂はスカイのものだ。人間の魂なら通り抜けることができる』と。確信を持った言い方でした」
なぜルーゴはクルーシュの正体を見抜いていたのか。
心当たりがあった。
「そういうことか」
「何がです?」
「奴が我がスカイだと気づいた理由だ。ここに来る直前、アースと決闘をしたのだ。そのとき審判を務めたシス王は初めて我の剣筋を見た。それがおそらくスカイのものとそっくりだったのだろう。学生時代から間近で見ていたとしたら、百年のときが過ぎたとしても分かるだろうからな」
「でしょうね。心の底から恨んでいるスカイ様のことを忘れるわけがありませんから」
話が現在に辿り着き、一区切りついたところで、もっとも根本的な質問を投げかける。
「聞きたいのだが、我がスカイとはどういうことだ? 記憶すらないのだが、どういう経緯でスカイは漆黒の鎧になったのだ?」
「それもお話ししましょう」
リファラは椅子に居直ってからクルーシュの顔を見据える。
「私が他人の強さを見ることができるのは知っていますね?」
「試練の滝の守護者としての使命なのだろ」
「あれは厳密にはその人間の魂を覗き込んでいるのです。時間をかければ強さはもちろん、その魂の記憶さえも覗けるのです。クルーシュ様が意識を失っている間、魂の中を覗かせていただきました。そこにスカイ様の記憶があったのです」
「それで我がスカイだと確証を得たわけか」
「そしてスカイ様がクルーシュ様になった経緯も見ています。百年前の話をこれからお話ししましょう。ルーゴ様がスカイ様を恨む理由、そしてあなたがゆとりを追い求める理由がそこにありますよ」
伝記を語り聞かせるように語り始めた。
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