第68話 最終決戦の地、魔王城へ
空が闇夜に覆われていても、光虫のおかげで昼間のように明るい森憑村。入り口に一戸建てほどの大きさの緑のドラゴンが二頭いた。首輪が付いている。
「移動用として魔界から呼び寄せました」
いつの間にかリノが隣に立っていた。
「あれを使ってください。魔王城まで半日で到着します」
「さすが我が秘書官だ。我が魔界に行く用とホランたちが王都に帰る用の二匹を準備したのだな」
「そう……ですね。事情をリファラさんから教えてもらった時点で、魔王様が単身で白銀の鎧を倒しに行くことは予想できましたから……」
「ん……?」
いつもなら目を合わせてハキハキと喋るリノが、このときは視線を逸らして歯切れも悪い。
腹に一物を抱えていそうだと感じたが、追及している場合じゃない。この瞬間にもルーゴは魔王城に近づいている。
クルーシュは二頭のドラゴンのもとに行き、手近にいた方の背中に飛び乗る。
「操ったことありますか? 私が操縦しましょうか?」
リノが下から声をかける。
「いや。問題ない。お前はホランたちを王都に送ってやってくれ」
「……わかりました」
「安心しろ。必ずお前の故郷を守ってみせる」
「…………」
視線を逸らして難しい顔をするリノ。
「どうした? なにか言いたそうだな。この苦難を乗り切るアイデアでもあるのか?」
「……でも、おそらく魔王様は否定されると思いますので」
「構わんよ。言うだけ言ってみろ。採用するかもしれん」
どんなに急いでいても、部下が物申したそうな雰囲気を出していたら積極的に引き出してあげる。クルーシュの上司論。
リノは「わかりました」と言ってから治療小屋の方を見る。
「リファラさんは一目見てわかるほど膨大な魔力を持っています。だから彼女を強化魔法要員として連れていってはいかがでしょう。きっとサポートしてくれます」
「なるほど、いいアイデアだ。だが、それはあまり意味がない」
「なぜ?」
「彼女の魔力は聖なる大地から授かったもの。対して我の体は長い魔界生活のおかげで魔物色に染まっている。相性が悪いのだ。強化魔法をかけてもあまり効果が出ないだろう」
「じゃあ! あの子たちと一緒に行きましょう。彼女たちは人間ですから。リファラさんの強化魔法を受ければ微力ながら戦力にはなるはずです。ドラゴンは五人乗りですから、全員で行けますよ」
どうしてもクルーシュを一人で行かせることが不安なようだ。
そんな上司想いのリノを、クルーシュは優しくなだめる。
「リノ。それは危険すぎる。仮にホランたちが族長の強化を受けたところで、ルーゴからすればハエが飛んでいるようなもの。目障りにはなるかもしれんが、それ以上の力はえられない。教官として、その程度の戦力増強のために生徒たちを危険な戦場に同行させることはできん」
「そうですか……」
「繰り返すが我は負けるつもりはない。全身全霊をもってルーゴを倒す。やつを怪物に変えた者として、責任を取るつもりだ」
「……わかりました。どうかご無事で」
「帰ったらチーム42番の祝勝会だ。準備を頼んだぞ」
「……はい」
なおも後ろ髪を引かれるような声色のリノに別れを告げて、手綱を引く。ドラゴンは大きな鳴き声を上げてから夜空に羽ばたいた。
向かう先は北。慣れ親しんだ魔王城だ。
―――――――――
「やれやれ。半日のフライトは堪えるな」
羽ばたくたびにドラゴンの体が上下に揺れ、完治していない脇腹が痛む。
こんな状態でルーゴに勝てるのか。不安になってきた。
「とにかく、ルーゴよりも早く魔王城に到着したいところだ。魔王軍が一丸となって立ち向かえば追い返せるかもしれん」
クルーシュはルーゴが最短で三日で魔王城に到着すると予想している。ただ、それはあくまで最短距離で移動できた時の話。多少は道に迷うだろうから、現実的に三日と半日程度かかる。同着、あるいは先回りできていてもおかしくない。
先回りできていることを信じて飛び続けていると、ついに魔王城が見えてきた。
暗雲の下、禍々しくそびえ立つ塔。クルーシュが百年間過ごしてきた実家のような場所だ。知り合いも多くいる。無事であることを祈りながら城の前に着陸し、駆け足で桟橋を渡る。
だが、両開きの大扉の前に立ったところで絶望した。
「……扉が開いているだと。それに門兵の姿もない。すでにルーゴは到着しているというのか」
早足で内部に入る。
蝋燭に照らされた一階の広大なエントランスは無音。魔物の気配がない。そしてキラキラと輝く魔粒子が大量に浮遊している。
「全滅……か?」
拳を握る力が強くなる。懐かしの魔王軍との共闘は果たされなかった。
そのとき、上方から魔力の気配。
「誰かが戦っているのか? かなり高い場所。おそらく最上階にある魔王の間だな」
たった今、ルーゴは魔王ガランと戦っている。ガランを殺し、スカイ越えを果たそうとしている。
「そうはさせん!」
魔王の間まで続く螺旋階段を駆け上がる。
五十階を超える階段を一分もかからず上り切ったところで、階段の先に瀕死の女が横たわっていた。
「ユミレ! 大丈夫か!」
「……クルーシュ……様」
血まみれのユミレの上半身を起こす。少し離れた壁際ではスラグランが魔粒子へと還っていた。
「白い鎧が……攻め込んできました……」
「魔王の間にいるのだな」
「はい……ガラン様を……お助け下さい」
最後の言葉を振り絞ってユミレは力尽きた。
クルーシュは俯いたまま立ち上がり、魔王の間へと歩を進める。
先ほどまで感じていた戦闘の気配はなくなっている。決着はついたようだ。
小さく息を吐いてから、両手で荘厳な扉を開いた。
「フフフ。やはり来ましたかクルーシュ。いや、スカイ」
「…………」
広い空間。扉からまっすぐに伸びた絨毯の先にある玉座に、白銀の鎧が足を組んでふんぞり返っていた。
「……ガラン」
ちょうどクルーシュとルーゴの中間地点にガランは倒れていた。白目をむき、口から血を吐き出し、体には大剣で斬られた大きな傷。肉体から魔粒子が泡のように湧き出ている。
突如として現れた人間界の英雄に、魔王軍は壊滅した。
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