第69話 最終決戦① 劣勢
ガランの肉体が魔粒子となって消滅したところで、ルーゴが淡々とした口調で勝ち誇る。
「魔王を倒しました。私は魔王軍に勝ったのです」
磨き上げられた壁や床が、ナイフのような鋭い声を反響させる。
「どうですか? あなたが成しえなかった魔界の滅亡を目の前で達成された屈辱は?」
「生憎だが、我にはスカイの記憶がないのだよ。屈辱なんてない」
「ククク……試しただけですよ」
不気味に笑う。シス王のときの好青年という印象はもうどこにもない。
「人間界に来てからのあなたの態度を見ていれば、スカイの記憶がないことはわかりますから。記憶があれば落ちこぼれの学生に親身になるわけがないのです。あの男なら容赦なく切り捨てていたはず」
「スカイはお前に裏切られたことで、最期の最期に改心したのだ。だから我は弱者を救う意志を持っている。世界を平和に導く意志を持っている」
「ほお。つまりあなたはスカイとは真逆の存在だと」
「ああ。だからもういいじゃないか」
説得にかかる。
「スカイはお前に殺された。さらに真逆の思想を持つ我を生み出した。やつはもう十分罪を償った。だからお前はここで退くべきだ」
「罪を償った?」
ルーゴはフロア中に響き渡るほどの大きな声で笑ってから「ふざけるな!」立ち上がる拍子に玉座を蹴り飛ばした。
「エリーゼはもう帰ってこない! 奴の罪は一生消えない!」
「貴様がスカイを恨む原因となった過去は見させてもらった。たしかにスカイの言い方はよくないが、貴様の恋相手の死は戦闘中の出来事。回復も間に合わなかっただろう。戦場に立つ者として、戦死の責任を誰かに押し付けてはならない」
「違う! スカイが普段から私たちにプレッシャーをかけていたら、エリーゼは判断ミスを犯した。アイツに殺されたも同然だ!」
いよいよ丁寧な口調も消えた。
「我も個人的にスカイのやり方は大嫌いだが、客観的に見て貴様の主張は否定も肯定もできん。スカイも悪い。しかし戦場で信じるべきは自分。そこでミスを犯したエリーゼを擁護することもできん。残酷だがな」
「話にならない! やはりスカイの魂が宿る貴様は私の敵だ!」
頭上に生み出した白い大剣を掴み、刃先をクルーシュに向ける。
「百年も続いたスカイ越えの野望。その終末はスカイが転生した漆黒の鎧、クルーシュ、貴様に復讐することで果たされる! 死をもって償うがいい」
「受けて立とう。もとよりこうなることは予想していた」
地面に亜空間を生み出し、漆黒の大剣を取り出す。
「復讐の怨嗟に終止符を打つ。スカイが犯した罪は我の手で償わせてもらう。もちろん我の死ではない別の形でな」
剣を構え、戦闘態勢を整えたところで「待て。そう焦るな」制止する。
「私たちの決着の場に相応しい場所があるじゃないか。移動しよう」
ルーゴはそう言うと壁まで移動し、大剣を一振り。大きな穴が空く。
「ついてこい」
クルーシュは城の外に飛び出したルーゴのあとを追った。
―――――――――
移動先は魔王城から数キロ北に行ったところにある荒野。正面にはマグマの海が広がっていて、熱気が立ち込めている。黒い岩を集めて整地したような平らな大地には草木の一本も生えていない。魔界でも屈指の殺風景だ。
「ここは……」
「わかるか? 私がスカイを殺した場所だ」
「では我が生まれた場所でもあるな」
リファラが語った百年前の舞台。スカイが魔王を倒し、そして自分自身が命を落とした場所。マグマの海と荒野の境にある崖のどこかに、今もスカイの骨が眠っている。
「どうだ? 復讐が始まった場所で、復讐が幕を閉じる。決戦の場に相応しいと思わないか?」
「さあな」
「ふっ。まあいい。私はスカイを二度殺す。今度は卑怯な不意打ちじゃない。正真正銘の真っ向勝負でな」
両者戦闘態勢に入る。
マグマ湖から火が吹きあがったとき、白銀の鎧と漆黒の鎧による最終決戦の鐘が鳴らされた。
先に動いたのはルーゴ。
「いくぞ! クルーシュ!」
大剣を片手で振り上げたまま無防備な突進。接近したところで振り下ろそうと考えているようだ。
その動きにクルーシュは驚いた。
(まるで素人だ。胴をがら空きにしたまま突っ込んでくるなんて、カウンターを撃ってくれと言っているようなもの。そうか。いくらルーゴがアースの肉体を乗っ取り、白銀の鎧の力を手に入れたところで、やつは根っからの魔法職。剣技のイロハも知らないんだ)
単純な力の差では敵わないが、付け入る隙はありそうだ。
クルーシュは正眼の構えをとり、ルーゴの動きを注視する。
「死ねえ!」
ルーゴは射程範囲に入ったところで重厚な大剣を振り下ろす。
(想定通りの動きだ。我はスピードで劣っているが、これなら無問題。漆黒の大剣で受け止めたあと、はじき返して隙だらけの胴に全力の一撃をお見舞いしてやる)
右手で柄を持ち、左手で剣先を支えて頭上に掲げ、大剣の面を盾にして攻撃を受け止めた。
「むぅ……!」
両手に雷に打たれたようなしびれが襲う。足の裏が岩にめり込む。耐えきれずに片膝をついたところで、ようやくルーゴの攻撃の勢いを殺すことができた。
受け止めるだけで精いっぱい。クルーシュはそのまま後方に跳んで退避。
(なんてことだ。一撃が重すぎる。カウンターどころではない)
スピードとパワー。近接戦闘において重要な二つの項目は、完全にルーゴに軍配が上がっている。
おまけに今の攻防で傷口の痛みが再発。地面に突き刺した剣を支えにしなければ跪いてしまいそうなほどだ。
(ダメだ。まともにやり合っても勝てない)
劣勢を打破する方法はないか。クルーシュは思考を巡らせる。
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