第4話 魔王、人間の王に会いに行く(アポなし)


「なぜ人間の王に会うのですか?」

「100年前、我は人間の王と戦争の地域を限定する協定を交わした。若いお前でも知っているはずだ」

「境界戦線ですね。大陸の北にある魔界、南にある人間界。その境界線上で繰り広げられている戦争のこと。魔王軍養成校で習いました」

「しかし我が追放された今、魔王軍はその約束を破棄するだろう。ましてやガランのことだ。人間側に事前通告することなく一気に攻め込む可能性もある。だから我がその旨を伝えねばならん」

「敵を助けると」

「もう敵ではない。魔王軍と人間の聖騎士団は敵対関係だが、魔物と人間は必ずしも敵ではない。事実、モンスターと人間が共存する村もあると聞くしな」

「なるほど。ですがクルーシュ様。人間たちは我々を敵と認識しているようです。だって……」


 魔王とリノの周囲を囲う半透明の防御壁。その外側では無数の人間が剣や魔杖を構えていた。



「魔王が乗り込んできたぞ!」「王を守れ! 城を守れ! 国民を守れぇ!」「喰らえ! 火の矢ファイアアロー



「そりゃあ魔王が人間の城にアポなしで訪問したらこうなりますよぉ!」


 城の入り口手前の広場で、大勢の聖騎士団が二人を取り囲んでいた。


 防御壁に攻撃が当たるたびに激しい音が鳴る。戦闘経験のないリノは音が鳴るたびにビクッとしてクルーシュの背中にしがみつく。


「安心しろ。我は防御魔法に長けている。この程度の攻撃では防御壁に傷一つつけられまい」

「そうは言ってもさっきから人間が次から次へと湧いてくるんですけど! いきなり敵の親玉が現れたんですから当然の反応ですけどね!」

「我はもう魔王ではない。敵ではないのだ」

「その理屈は人間に通用しないでしょうが! 私たちは魔物! 敵なんですって」

「それは悲しいなあ。種族を超えて友になりたい」

「防御壁越しの友なんて友じゃありません!」

「とにかく。攻撃する意思はない。早く王のもとに行って釈明せねば」


 防御壁を展開したまま歩き出す。


「止まれ魔王!」


 と、正面の城門に一人の人間が立ちはだかった。


 紅の長い髪を持つ勇敢な顔をした若い女性だ。

 青い軍服の胸の位置には金色の記章。周囲の軍兵が何もつけていない、あるいは銅や銀が数名いる程度であることから、高い階級の人物だと分かる。


「これより先はこの聖騎士団第二隊王城警護隊長セリフィアが一歩も通さない!」


 腰の鞘からサーベルを抜くと、切先をクルーシュに向け、


「嘶け! 稲妻轟斬サンダースラッシュ!」


 刀身に稲妻が纏う。

 セリフィアは石畳の地面を蹴り、一瞬で防御壁に接近すると、右から左へ振り抜いた。


「む!」


 落雷のような轟音とともに防御壁にひびが入る。


「ちょっとクルーシュ様! 傷一つつかないんじゃないですか!」


 リノが堅い黒甲冑を叩いて訴える。クルーシュは動揺した声で、


「この威力は想像以上だ。これほどの腕の持ち主が人間界にいたとはな」

「見下すような言い方ね。人間を舐めないでちょうだい」


 セリフィアは己の力を誇示するように笑みを浮かべ、刀身を水平に構える。


「くっ。次の一撃で防御壁は壊れてしまう。これはマズいぞ」

「どうするんですかどうするんですかどうするんですか!」

「終わりよ! 稲妻轟突サンダートラスト!」


 再び稲妻を纏ったサーベルをひび割れに向かって正確に突き刺す。

 パリンッ。急所を突かれた防御壁が音を立てて割れた。


 直後、雄たけびを上げる聖騎士団が前後左右から一斉に襲い掛かる。

 悲鳴を上げるリノ。

 魔王は、ふう、と息をついた。



「マズいな。人間を傷つける気はなかったのだが」



 あと一足でクルーシェを切りつけられる距離に来た時、二十人以上の人間たちは見えない力で吹き飛ばされた。石畳の地面やレンガ造りの壁に背中を打ち付け、その場に倒れ込む。


「こ、これは……」


 唯一受け身を取ることができたセリフィア。肩を抑えながらよろよろと立ち上がる。


「反射壁だ。防御壁の内側に張っておいたのさ」

「そんな。この私が気づかないなんて」

「悔やむ必要はない。誰だって防御壁を壊したら相手はもう丸裸も同然だと思い込み、攻め急いでしまうからな。視野が狭くなり、うっすら見えるはずの反射壁を見逃してしまう。さらに言うなら、この大陸で防御壁と反射壁を同時に出せる者など限られている。警戒せずに突っ込んでしまうのも当然の話なのだ」

「どこまでもお見通しというわけね」

「さあ、もういいだろう。部下はしばらく起き上がれない。お前一人では我を止めることはできん」


 説得に対し、セリフィアはサーベルを構えることで答えた。


「愚問。私は王城警護隊長。この命に代えてでも王の命は守る!」

「いや、だからそうじゃないのだが……」

「クルーシュ様! この人間は聞く耳を持ちません。倒すしかありません」

「ええい仕方ない。しばらく眠ってもらう」


 クルーシュは地面に手を当て、次元の扉を開き、漆黒の魔空間を展開。手を突っ込んで、愛用の大剣・闇裁ブレードを取り出す。


 脚に力を溜め、今にも飛び込もうとするセリフィア。


 こっそり横にある噴水の陰に避難するリノ。


 晴天の広場に静寂が訪れた。


 決着はつかなかった。


「そこまでだセリフィア隊長」


 爽やかな青年の声。セリフィアはハッと目を開き、背後の城門に目を向ける。

 


「シス王!」

「彼は敵ではない。剣を下ろすんだ」


 白い祭服を身にまとった若い男。

 人間の王。シス王がそこにいた。

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