第5話 人間の王にスカウトされる元魔王
「聖騎士団の無礼をお許しください。クルーシュ王」
「申し訳ありませんでした。すべては私の判断ミスです」
城内の大客間に案内されたクルーシュとリノ。
ソファに腰掛けると、シス王と王城警護隊長セリフィアに頭を下げられた。
クルーシュはアワアワと手を横に振って、
「いやいや、こちらも悪かった。いきなり訪問したら敵とみなされるのは当たり前。もう少し慎重に訪問すればよかった」
「だから最初から言ってたのに……」
リノはジト目を向けてから、出されたコーヒーに口をつける。
シス王が対面にゆっくり腰を下ろす。圧倒的な力を持つ魔王を前にしても物怖じしない態度を見て、若き王だが肝が据わっている、とクルーシュは感心しながら答える。
「うむ。緊急事態だ。我が王の座を追われた」
「……!」
「しかも次期魔王がガランという四天王のなかで最も血の気の多いヤツだ」
「……ということは、境界戦争の協定が破棄される、という認識でよろしいでしょうか」
「聡明な王だ。その通り。我とお主の祖父だが曾祖父だかと交わした契りは効力を失う。大陸全土に戦争の灯がともるだろう」
「そう……ですか……。いつかはこのときが来ると思っていましたが、想像以上に早かったですね。それで、いつ頃攻め込んでくるのでしょうか」
そうだな、と考える間をおいて、
「いくら血気盛んなガランといえども何の準備もなしに攻め込むことはない。魔王軍の人事や方針、制度の改定など、やることがたんまりある。すべての準備を終えるには、およそ二年から三年といったところか」
「わかりました。早急に準備を進めなければなりませんね」
シス王は立ち上がり、ソファの横に立っていたセリフィアに隊長会議を開くよう指示した。
セリフィアが慌ただしく部屋を出てから、シス王は頭を下げた。
「魔王軍を追われた身であるとはいえ、敵方である人間に危機を知らせる必要はありません。それなのに、忠告するためにわざわざ敵陣の真ん中にご足労いただき、なんとお礼の言葉を述べたらいいのやら」
「はっはっは。気にすることはない。我が交わした約束が原因で人間が油断し、滅亡したなんてことがあったら、我は死んでも死に切れんからな。これは果たすべき義務だ」
カップに指をかけ、コーヒーを兜の隙間に流し込む。
「では我はこれで失礼させていただこう。王もこれから忙しいだろうからな。行くぞリノ」
「はいクルーシュ様」
「それとシス王。もし何かあれば遠慮なく頼ってくれ。我はもう中立の立場。人間と魔物、両方が平和に暮らせることを願っているからな」
「…………」
リノとともに立ち上がり、部屋をあとにしようとした。
「クルーシュ様。お待ちを」
大扉を開こうとしたとき、呼び止められた。
「王よ、どうした?」
「クルーシュ様はこれからどうするのですか? 魔王軍を追われ、行く当てはあるのですか?」
ううむと唸るクルーシュを見かねて、リノが代わりに答えた。
「ありません。予定は一切合切ありません。スケジュール帳は雪景色のように真っ白です。もっと言うと生活拠点もありません。このままだと今夜は野宿です。乙女の私は困っています」
「そうですか」
顎に手を当てて悩む仕草を見せるシス王。少しして、意を決したように力強い声で提案した。
「ではクルーシュ様。聖騎士団士官学校の教官になりませんか?」
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