第8話 最弱チームの拠点はボロ屋敷

「ここがチーム42番の拠点よ」

『…………』


 ホランに案内された先は、王都の離れにある古びた通りにある古びた民家だった。


 二階建てのレンガ造りだが、ツタで覆われているし窓はひび割れているし、お化け屋敷と紹介された方が納得できる有様。

 中に入ってもそれは変わらない。薄暗い照明、軋む床、古い魔源テレビに魔源冷蔵庫。玄関前に並ぶスリッパや洗面台に積まれた洗いかけの食器といった生活の色がなければ空き家と勘違いしてしまうだろう。


「これからここに住むのですね……」


 豪華絢爛な魔王城の生活に慣れていたリノは卒倒しそうになった。

 その様子を気に留めることなく、ホランは家の中を紹介して回る。


「一階は共有スペースよ。チームの話し合いも食事もリビングのテーブルで行われる。薪ストーブもあるから冬も寒くないわ。隙間風が換気してくれるし」

「寂しいジョークですね……」

「リビングから廊下に出ると、右手にトイレとお風呂。左手に教官室があるわ」


 他のドアとは違う金のドアノブを回して中に入る。

 クルーシュは教官室の内装が他の部屋と違うことに気付いた。


「広いな。それに家具も高級なものばかり。シャンデリアまでぶら下がっているではないか。まるで高級ホテル。なぜここだけ豪華なのだ」

「当然よ。チームに支給される支援金はすべて教官が管理する。そのお金をどこに使おうが教官の自由。前任のクズは自分の部屋の飾りつけに夢中だったわ。おかげでわたくしたちはボロボロの武器を更新することもできず、成績は落ちていった。ふふ。笑えるでしょ。優秀な人材を生み出すための最上位教育機関の実態がコレ。最近の聖騎士団が落ちぶれているのは根っこが腐っているからなのかしらね」

「なるほど。そういうことだったのか」


 クルーシュは近年、聖騎士団の戦闘能力が落ちているという報告を受けていた。戦闘地域を縮小させ、さらに魔王軍の規模も縮小したというのに、争いは常に魔王軍優勢。まだ四天王だったガランからも「聖騎士団は地に堕ちた。今攻め込めば人間どもを根絶やしにできる。一刻も早く協定を破るべきだ」と何度も進言を受けていた。

 かつて魔王軍と互角にやりあっていた聖騎士団がどうしてここまで落ちぶれたのか。その理由がわからないでいたが、ようやく理解した。


(育成が上手くいっていないのだな。大金を餌にした競争型の教育制度が裏目に出ているのだ。欲に目がくらんだ教官によって優秀な生徒が潰されている。やはり我が何とかせねばならんな)


 続いて二階に上がる。


「二階はわたくしたち生徒の部屋。もともとこの民家は宿泊施設を兼ねていたらしくて、部屋は四つあるわ。生徒は三人だから空室が一つあるの」


 廊下の左右に二つずつ並んだ扉のうち、右奥の空室に入る。

 内装を見て、リノは膝をついて項垂れた。


「狭い! 埃まみれ! 蜘蛛の巣! 日当りが悪い! 独房ですかここは!」


 彼女は理解していた。教官であるクルーシュが教官室に住むわけだから、必然的に自分がこの部屋の主になるということを。


「最悪。若くして魔王秘書官まで上り詰めたエリートの行き着く先がこんなボロ部屋ですか……」

「……ホランよ。残りの三つの部屋も同じような造りなのか?」

「ええ。埃や蜘蛛の巣は取っていますけど、それ以外は同じです」

「なるほどな」


 クルーシュは小さくうなずいてから、続けてこう言った。


「では、我は今日からこの部屋に住むことにしよう」

『え?』


 ホランとリノは驚いてクルーシュの顔を見る。


「で、でも。あなたが教官なのでしょ? 教官室を使う権利はあなたにあるのよ? それなのにどうして生徒と同じ場所を選ぶのわけ?」

「そうですよクルーシュ様。元まお……元々素晴らしい立場であったクルーシュ様がネズミの巣穴以下のゴミ部屋で生活するなんてありえません。もちろんその秘書官である私にも相応しくないですけどね」

「クルーシュ教官。もし自分が教官室に入ることでこちらの女性がこの汚い部屋に住まなければならいと思っているなら、それは間違いよ。ここはあくまでチームの拠点ってだけ。お金のない生徒は拠点に暮らさないとやっていけないけど、教官は別。支援金を使ってマイホームを買って、そこから通えばいい。ほとんどの教官はそうしているわ」


 しかし何を言われてもクルーシュの意思は揺るがない。


「何を言うか。生徒と同じ境遇を味わえなくて何が教官だ。苦楽を共にしてこその師弟関係。立場を利用して一方的に搾取するような下衆とは違う」

「クルーシュ教官……」


 ホランは驚いた。上級士官学校の教官はみな自分本位のクズ。金はすべて自分の懐に収め、生徒の功績は自分の功績、自分の失敗は生徒の責任。

 そんな理不尽な環境でもめげずに一位を目指すことが特士生に必要な素養。そう思っていた。


 しかし目の前の教官は違う。

 外見は誰よりも変わっているが、内面は誰よりも紳士。


(この人なら導いてくれるかもしれない。落ちこぼれと見下されたわたくしたちを、百チームの頂点に)

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