第9話 王都観光、そして出会う前教官
拠点内を見て回った三人は再びリビングに戻っていた。
「残りの二人はどこにいるんだ? 部屋にいるのか?」
「課題を受けるために学校に行っているわ。帰ってくるのは夕方になるかも」
白い塗装がところどころはがれている窓枠の向こうに目を向ける。外はまだ明るい。生徒が揃うまではまだ時間があるようだ。
「ところで教官は田舎出身? 王都に来たのは初めて?」
「いや、百年前に協定を結ぶために」「田舎者です! 初めてです!」
「そう。じゃあ街を案内しましょうか? どうせ暇ですし」
「それじゃあお願いしようかな」
クルーシュは提案を受け入れた。
しかしリノは少し考えてから、
「私は自室の模様替えをしたいので、遠慮しておきます。お二人で楽しんできてください」
というのは建前で、本音は疲れているので休みたかっただけ。今日だけでもお城の前での戦闘、王との対談、校長との面接、そしてフォーツーの拠点紹介とイベント盛りだくさん。事務員のリノにとってハードな一日だったのだ。
もちろんクルーシュは彼女の本音などお見通し。
「わかった。ゆっくり休むといい。ではホラン。行くとしようか」
部下の体調を機敏に感知する。彼にとって当たり前の気配りだ。
「チーム42番の拠点は王都の端っこに位置しているわ」
拠点を出てすぐの寂れた通り。石畳の道路は凸凹、沿道の民家も空き家が目立つ。
「ここから東に行くと中心地、西に行くと平原に出る。平原は夜になると魔物が出るから、お酒に酔った勢いで散歩に行かないように」
白いスカートをたなびかせながらホランが東に先導する。クルーシュはその後ろを黙ってついていった。
爽やかな風を浴びながら道なりに進むと、徐々に人の姿が見えるようになり、建物も立派になっていく。
そして歩くこと一時間。ついに王都の中心地に辿り着いた。
「ほお。綺麗な街並みだ」
統一性のあるレンガ造りの建築物、石畳の道、植樹桝に植栽された街路樹。小さな川にアーチの橋が架かり、その下を手漕ぎ舟が通りぬける。
人と緑が調和した美しい都市。それが王都。
近くで人々の賑わう声が聞こえてきたので、そちらに向かう。
建物の隙間にできた細い道をいくつか進むと、やがて大きな通りに出た。
沿道で屋台を営む人々の声、行き交う人々の足音、馬車の車輪が石畳を打つ音が雲一つない青空に響いている。
「そこの鎧の兄ちゃん! 今朝取り立てのリンゴを買っていかないか? 甘いよぉ」「魚! 魚! 新鮮な魚はいかが?」「魔物に遭遇したときのために! 小型火炎魔法瓶入荷したよ!」
沿道に立ち並ぶテントの下で、店主が行き交う人々に呼び込みをかけている。
「はっはっは。賑やかでいいな」
クルーシュの声の調子が上がる。
重苦しい雲に覆われ、草木が枯れ果てている魔王城近郊で生活をしていたクルーシュにとって、活気にあふれた市場は別世界。気分が高揚する。
「なんだかこの場に居るだけで楽しくなってきたぞ」
「いい大人がはしゃがないの。子どもなの?」
「よいではないか。己を律することも大事だが、時には童心に立ち返るのも息抜きになるぞ……お! あそこの屋台でジュースの試食ができるようだ! ちょっと行ってくる!」
ガチャガチャと音を鳴らながら駆け足で屋台に向かうクルーシュ。通りすがる人々から好奇の眼差しを向けられるが気にしない。
「つくづく変わった人……」
呆れが過ぎて笑みがこぼれた。そのことに気付いたホランはハッとして口を押さえる。
「……わたくしが教官を相手に笑顔になるなんて。教官はクズ。恨むべき相手。そう思っていたはずなのに」
第一印象は変人。しかし親しみやすい喋り方、拠点で見せた生徒と境遇を共にしようとする真摯な姿勢、そして生徒の前でも着飾らない無邪気な心。
前任による虐待のような指導によってトラウマとなっていた教官像が、クルーシュによって塗り替えられていく。
この教官ならパワハラで機能不全に陥ったチーム42番を変えてくれるはず。
「……頼りにしていいのよね。きっと」
大勢の人に見世物のように囲まれながらジュースを口にする鎧の教官。
ホランは通行の邪魔にならないように脇道に移動してから、教官の微笑ましい姿を優しい目で見守っていた。
「よお。久しぶりだな」
ビクッと体が震えた。
急に背後から声をかけられたことよりも、それが聞き慣れた声だったから。
「こんな場所で会うなんて奇遇だなあ。ホーランアート」
唾を飲み込んでから振り返ると、細い路地の先に男が立っていた。
最悪の男だった。
ニヤリと笑う悪人面に屈強なガタイ、背中に携えた剣。
「が、ガドイル教官……!」
ホランのトラウマ。チーム42番の前教官ガドイルだった。
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