第7話 士官学校の腐敗した教育
「せいぜい頑張ることだ。では、私はこれで失礼させてもらう」
席を立つサージェス校長。
「おい。説明はもう終わりか? 三人の生徒を受け持つこと以外何もわからんぞ」
「安心しろ。これからここに貴様の生徒が来る。あとは彼らに聞けばいい。ランキング最下位のポンコツ三人組だが、最低限の説明くらいはできるだろう」
サージェス校長はフッと鼻で笑って部屋を出た。
「なにあの態度。感じ悪っ」
扉が閉じると同時にリノが吐き捨てるように言った。
「ふむ。どうやら嫌われてしまったようだな。何が原因だ?」
「鎧だと思います」
「とにかく。まだわからないことが多い。生徒たちを待つとしよう」
つぎに扉が開いたのは、金の装飾があしらわれた壁掛け時計の長針が半周したときだった。
「失礼しますわ」
「君は……」
クルーシュはテーブルの写真のうち一枚を手に取り、入ってきた少女と見比べる。
フワッとした桃色髪のサイドテール、上品な顔立ち、士官学校の生徒であることを示す白色の制服。
「君が我の生徒か」
「あなたが新しい教官ね」
少女はピンと伸びた背筋で二人の正面に回り込み、令嬢のような美しい所作で腰を下ろす。
「わたくしはホーランアート。特別士官学校のチーム
「クルーシュだ」
「リノです」
握手を交わす。
「それでいきなりだけど、質問いいかしら?」
「む? 我も聞きたいことがあるのだが、いいだろう。なんだ?」
ホランは黒甲冑の男とメイド姿の女性を見比べてから、
「教官はどちら? できることなら女性の方に手を挙げてほしいのだけど」
「……そんなこと言われたら挙手しづらいではないか」
おずおずと手を挙げるクルーシュ。
ホランは顔に手を当ててため息をついた。
「はぁ……とんでもない色物教官が現れてしまったわね。それじゃあ追加で質問。なぜ鎧姿なの? 脱がないの?」
「いや、これが我の本体だ。我は魔界の奥深くに眠る(略)」「これはですね! 深い訳が(略)」
校長にした説明を繰り返すリノだった。
「まあいいわ。最下位のチームに就いてくれるだけありがたいと思いましょう」
受け入れられたところで「今度は我の番だな」クルーシュが質問を投げかける。
「我は士官学校の制度に疎いのだ。ゆえに、我がお前たちを受け持つこと以外何も知らぬ。どのように指導すればいいのか教えてくれないか?」
「別に難しいことはないわ。魔物討伐、境界前線での戦闘、犯罪者の確保、浮気の尾行、迷子の犬探し。学校に届いた依頼をこなして他のチームよりポイントを稼いで、選ばれし百チームの頂点を目指す。それだけよ」
「学校というよりは便利屋さんですね」とリノ。
「聖騎士団に上位採用されるには戦闘能力だけじゃなくて、あらゆる事態への対応能力が求められるの」
「教壇に上がって魔法の講義をするとか剣を交えた実技指導とかはないのか?」
「ないわ。特士校は少人数指導制。あなたは受け持った生徒三人だけを鍛えればいい。他のチームは敵よ」
「て、敵? ずいぶん物騒な言い方だな。同じ人間、しかも同級生だろ。もっと切磋琢磨したほうが」
「甘いわね」
クルーシュの言葉を一蹴する冷たい口調。
「特士校は仲良しこよしの学園じゃない。自チームが少しでも上の順位に行くために、他所のチームの活動を妨害するなんて日常茶飯事。他チームだけじゃない。自チームでも、成績が振るわないと足を引っ張っているチームメイトを虐めることだってある。チームメイトが自主退学すれば新しい生徒が補充される。チームメイトガチャと言われているわ」
「ひどい話だ! 教官は何をしているのだ? なぜ止めない」
「違う」
長いまつ毛を伏せて首を横に振る。
「逆よ。教官が指示するの」
「……どういうことだ?」
ホランは深く息を吐いてから、落ち着いた声で語り始めた。
「教官はチームを高い順位に導けば多額の報酬を受け取ることができる。だから教官という立場を利用して、生徒に汚い仕事を強要するの。前任の教官なんか、週に二回他チームの妨害するというノルマを課してきたり、課題に失敗したらわたくしたちを殴ったり蹴ったり、さらにチームメイトを痛めつけるよう指示したり……」
徐々に声に力がこもる。太ももの上で握った拳がワナワナと震えている。
「もういい。だいたい分かった」
ホランの感情の乱れを察知した魔王は話を強制終了させた。
「ひどい環境ということはよくわかった。だが安心しろ。我は立場を利用する低俗な教官とは違う。誠心誠意生徒と向き合うつもりだ」
「そうだといいわね」
桜色の瞳は輝きを失っていた。教官という存在を信用していないことが見て取れた。
学ぶべき若者が導くべきはずの大人のせいで辛酸をなめている。クルーシュの良心に火が付いた。
(変えてやる。人間の腐敗した教育を)
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