第24話 元魔王、身バレの危機


 五階の最奥に通常の客室より広いVIPルーム。

 煌びやかな装飾と高級な家具、大窓の向こうに映る大森林の絶景。

 もしこのホテルが開業されていたら、連日予約が埋まる人気の部屋となっていただろう。


 もっとも一度も使われることなく廃墟と化し、そして今は戦場となっていた。


「がはっ!」

「シュウ! 大丈夫か!」


 眼鏡の少年が壁に打ち付けられ、そのまま崩れ落ちた。その横、机の上にはギャル女が意識を失い倒れている。

 崩壊寸前のチームハンドレッド。ボロボロのアリアーノが辛うじて剣を構えている。


「くそ……俺たちは最強のチームだぞ。魔物一匹相手にこんなことが……」

「クケケ。この俺様が人間のガキなんぞに負けるわけないだろうが」


 相対する魔物が不気味に笑う。

 形容するなら白い悪魔。頭から生えた触覚、鋭いかぎ爪、膜のように張った薄い羽、すべてが白い。


「さて。どうやって殺してやろうか」

「くっ……」


 にじり寄る魔物。立っているだけでやっとのアリアーノが死を覚悟したそのとき、


「大丈夫か!」


 クルーシュが駆けつけた。

 すぐに場の状況を確認する。


「こいつは……ホワイトデビル族か」


 ホワイトデビル族。魔物の中でも戦闘力が高い知的魔物だ。人間の子供では太刀打ちできる相手じゃない。チームハンドレッドの惨状は当然といえる。

 不思議だったのは、そもそも知的魔物が人間界にいるということ。野生の魔物なら人間界に漂う魔力から湧き出ることもあるのだが、知的魔物は交配でしか生まれない。それが人間界にいるということは、わざわざ魔界から人間界に移動してきたということだ。


(人間とは境界戦線協定を結んでいる。境界を越えて侵入することは許されない。なぜこのホワイトデビルは協定を無視して人間界にやってきたのか)


 疑問はあるが、いずれにせよこの場をおさめるには戦うしかないだろう。

 クルーシュは寝室に足を踏み入れた。


「クケケ。まずは腹を裂いて内臓をグチャグチャに……ん?」


 ホワイトデビルの視界に黒い鎧が映る。


「ん? んんん?」


 目をこすってもう一度確認。見間違いではない。元魔王がそこにいる。茫然とするホワイトデビル。

 アリアーノはホワイトデビルの視線を追い、助けが来たことを知る。


「よ、鎧男……」

「下がっていろ。あとは我がなんとかする」

「この魔物は強ぇ。並の教官じゃあ勝てねえぞ」

「どうかな。いずれにせよ、お前はもう戦えん。おとなしく仲間を抱えて外に出るんだ」


 悔しそうなアリアーノだったが、今はクルーシュを頼ることしかできない。仲間二人を両脇に抱えて部屋の外に避難した。

 室内に二人きりになったところで、ホワイトデビルが驚きの声を上げる。


「な、なんで元魔王が……」

「いろいろ事情があるのだよ。それより貴様はなぜこんな場所にいる」

「うるせえ。あんたには関係ねえ」

「知っていると思うが、魔王軍は人間と境界戦線協定を結んでいる。魔物が境界を越えて人間界に入ることは許されないはずだが」


 するとホワイトデビルは鼻で笑って、


「魔王軍を追われたあんたは知らないだろうが、もうその協定は存在しない」

「なんだと!」

「新魔王であるガラン様はおっしゃった。前魔王の協定を一方的に破棄し、速やかに人間界を侵略する手筈を整えていると。そして俺様はその第一弾。偵察としてここに来たのさ」

「ガランめ。想像以上に動きが早いな」

「あんたの緩い政策のせいで魔王軍の中には戦争反対勢力もいるが、ガラン様の強権政治ですべてをねじ伏せているぜ。全面戦争は近いだろうな」

「そうか……」


 残念そうにうつむくクルーシュ。彼が百年かけて導入したゆとりは一年もたたずに崩壊しようとしていた。


「まあ事情は理解した。だが、我に見つかった以上、貴様は偵察をやめて魔界に帰るべきだ」

「俺様を見逃すのか?」

「当然だ。無益な殺生は避けたいところ」


 寛大な精神を見せたが、その甘さが逆にホワイトデビルの傲慢な心をつけあがらせてしまった。


「ああそうか。あんた、弱くなったんだな」


 不敵に笑うホワイトデビル。


「?」

「そうだよな。じゃねえとこの場で俺様を逃がすなんて言わねえもんな。俺様に勝てないほど弱くなったから、誤魔化すために聖人ぶって逃がすと言っているんだ。そもそも最強の魔王と呼ばれていたのに魔王の座を追われたというのもおかしい話。最強なら力で黙らせられるはず。お前は弱体化している」

「何を言っている。我は平和的解決をだな……」

「てことは、だ。今なら俺様でも倒せるぞ。あの伝説のクルーシュを。その首を持ち帰れば俺様も四天王入り間違いないなし。次期魔王の座だって狙える。クケケ。これは殺るしかねえな」


 ホワイトデビルが長い舌でかぎ爪を舐める。今にも襲い掛かってきそうだ。


「……最後通牒だ。今なら見逃してやる」

「見逃すぅ? 馬鹿言え。見逃す権利は強者に与えられるもの。その権利はもう俺様のもとにある!」

「ならば見逃してもらえないだろうか。我は戦いたくないのだ」


 そう言って頭を下げる。争いを避けるためなら格下相手にも下手に出る。命を奪わないために。


 しかし、想いは届かず。


「甘いこと言ってんじゃねえ! 死ねぇぇぇぇ!」

「……そうか残念だ」


 飛び掛かってきたホワイトデビル。

 クルーシュは右手を小さく引き、拳に闇の魔力を溜める。


「許せ」


 かぎ爪の射程圏に入るその刹那、目に見えない早さの拳が白い胴体を貫いた。


「がはっ……!」


 苦悶の表情でその場に横たわる。

 一瞬の決着。実力差を痛感するには十分だった。


「……なんだよ……ぜんぜん……強えじゃねえか」

「だから言っただろうが」

「……なんで魔王……やめたんだよ」

「話し合いの結果だ」

「……つくづく甘い魔王だ。……いつか騙されて、その力を利用されても……知らねえぞ」


 そう忠告して息絶えたホワイトデビル。魔粒子となって離散した。

 クルーシュはその魔粒子を手のひらに集め、窓の外に逃がしてやった。せめてもの供養だ。


「さて。帰るとしよう」


 回れ右をして部屋を出ようとしたとき、廊下から顔を覗かせる人物に気が付いた。


「……コヨハ。いつからそこに?」


 銀髪のおっとり娘が気まずそうにのぞき込んでいた。


(もしかして……盗み聞きされた?)


 元魔王、身バレのピンチ!

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