第59話 シス王とアース、鎧の力を手に入れるのは


「さすがクルーシュ様! 私の見込んだ通りです! 素晴らしい!」


 シス王は横になった白銀の鎧の横にひざまずくと、鎧の上に体を倒して、まるでマーキングするように頬をスリスリとこすりつける。その目は少年のようにキラキラと輝いていた。


「お、王よ。落ち着きましょう」


 これほど無邪気なシス王は初めて見たので、アースは白銀の鎧が手に入ったことよりも困惑が勝っていた。

 アースだけでなく、クルーシュもシス王の豹変に困惑していた。


(シス王と初めて会ったのは追放後、アポなしで王の城を訪問したときだった。元とはいえ魔王を前にして物怖じしなかったときは肝の据わった人間だと感心したが、力を前にしてこれほど取り乱すとは思わなかった)


 だからといって幻滅しているわけではない。単純に驚いているだけ。


 人間の王として大勢の民を守ることは大きなプレッシャーだったはず。クルーシュですら魔王時代は魔界の安全を守るために日々神経を使っていたのだから、その魔王軍に劣勢状態の人間の王がもっと強いストレスに曝されていたことは想像に難くない。落ち着いた振る舞いを見せていたとはいえ、心の中はボロボロだったのだのだろう。


「それでシス王よ。この鎧をどうするんだ?」


 地面の上に胡坐をかいて、興奮状態のシス王に声をかける。


「ちなみに我は着んぞ。プレートオンプレートなんて重くて耐えられないからな」冗談を挟んでから、真面目な声で「我は個人的にアース隊長が身に着けるべきだと思っている」

「…………」


 シス王はマーキングの動きを止め、無表情でクルーシュを見た。


「アース隊長は力の使い方を学んだ。彼なら白銀の鎧の強大な力を手に入れても、世界を破滅に導くような暴走は起こさないはず」

「クルーシュ……」

「リファラ族長はどう思う?」

「私ですか?」


 意見を求められたリファラが驚いた声を上げた。


「見たところ森憑族は長寿の一族。族長は何百年も鎧を護り続けてきたのだろ? だったら意見を出す権利がある。誰に身に着けてほしい?」


 リファラは眉尻を下げてシス王を一瞥してから、胸に手を当てて小さな声を出す。


「以前クルーシュ様にお話ししたときと同じです。行き過ぎた力は人を過ちに導きます。ですので、そうならないよう、平和のために使ってくれるお方の手に渡ってほしい」

「……私が身に着けたら暴走してしまう、とでも言いたげですね」

「いえ。決してそのようなことは!」


 慌てて頭を下げるリファラ。


「シス王。考えすぎだ。王がどうというより、場数を踏んでいるアースに任せたいというだけのこと。我も同意見だ」

「シス王様……」


 支持を集めたアースが申し訳なさそうにシス王を見る。リファラも、クルーシュもシス王を見る。


 注目を浴びたシス王は驚くほどあっさり引き下がった。


「もちろんです。初めからそのつもりです」


 新しく買ってもらったおもちゃを手放さない子供のようだったのに、急に大人になった。


「いいのか? 未練はないのか? 自分で使うつもりだったんじゃないのか?」


 シス王は鼻で笑って、


「フッ。私が身に着けてどうするのです。アンデット魔法に精通しているだけの魔法使いよりも、剣技や戦闘魔法に優れたアース隊長が身に着けたほうが、より鎧の力を引き出せるというもの」


 その言葉に皮肉は感じられない。本音なのだ。


「ならいいが……」


 鎧に執着心を見せたかと思えばあっさりアースに譲り渡す。


(まあシス王からすれば、従順なアースが身につければ、実質的に自分が力を手に入れたようなものだな)


 ただし。もしシス王が大陸征服を望むようなら、アースは拒むだろう。やつは我と同じ志を持つ。争いなき平和をこの大陸にもたらしたいのだから。


(シス王が無理にでも自分に使おうとしたらどうしようかと思ったが、アースなら安心だ。これですべてが終わる)


 クルーシュが生まれたのは百年と少し前。

 洞窟の奥で目が覚めたクルーシュは、平和でゆとりある大陸を目指して魔王になった。

 人間との戦争を縮小させ、平和的解決の道を模索してきた。

 最終的に魔王を追放されはしたが、人間界に居座り魔王軍をけん制。

 均衡を保ちながら、ついに人間界最強の男を仲間に引き入れる。そしてその男は鎧の力を得てクルーシュと肩を並べる。

 クルーシュが魔界最強となり、アースが人間界最強になる。

 この両者が手を組めば、もう争いは起こらない。


 平和とゆとりに守られた大陸の実現が、すぐそこに迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る