魔王追放 ~ゆとり政策を進めていたら魔王軍から追放されたので、人間界で聖騎士団学校の教官に転職しました。ゆとりある指導で最弱チームを最強に導く~
第58話 元魔王は人類を救う最終兵器を手に入れるために体を張る
第58話 元魔王は人類を救う最終兵器を手に入れるために体を張る
シス王から指名を受けたクルーシュは困惑していた。
「え? 我が試練を受けるの? 本当に?」
「クルーシュ様。よろしくお願いします」
「おい。なにがなにやら」
「よろしくお願いします」
「わかったよ……」
断り切れず、しぶしぶ従うことに。魔王の座を追い出されたときの甘さは今も変わらない。
試練を受けるには、まず族長リファラに強さを測ってもらわなければならない。
ということで長耳の女性の前に立つ。
「見極めは不要です。クルーシュ様の強さは把握済みですので。問題ありません」
「そうか……」
覚悟を決める猶予もなく滝の手前に移動。
地響きのような音を鳴らす水流を前にして、クルーシュは不安を抱く。
(魔物が通ると消滅すると言っていたが、本当に大丈夫なのか?)
チラッと後ろを見る。誰も止めてくれない。退路はないようだ。
(……族長が大丈夫だというなら大丈夫なのだろう。彼女の目は確かだ。うん)
自分に言い聞かせてから、勇気を出してひとさし指の先を水流の中に入れてみた。
「熱っ!」
火のかかった鍋に触れたかのように手を引く。
「族長! 熱いぞ! これは拒絶反応ではないのか!?」
「いえ、正常な反応です。魔物なら何も感じずに触れた場所から溶けていきますので」
「じゃあ我は何者なのだ……」
ぶつくさ言いながら、覚悟を決めて一歩踏み出した。
のしかかる水流。熱いだけではない。痛い、重い、息苦しい。あらゆる苦痛が襲ってくる。
(やはり試練というだけあって、ただの滝ではない。挑戦者にあらゆる苦痛を与えているのだ)
クルーシュほどの強者でさえも、歯を食いしばって膝に手をつきながらゆっくりと歩くことしかできない。一歩一歩が重苦しい。入ってからまだ数秒しか経っていないのに、すでに一時間が経過したような錯覚すら覚えた。
(滝の中は時空が歪んでいるのかもしれんな。挑戦者に絶望的な苦痛を与えるために。くそ。我が生涯で最も苦しい時間だ。なるほど。強者しか通れないという意味が分かった。肉体的にも精神的にも強くなければとても耐えられないだろう)
わずか五メートルの距離を、現実の時間で一分かけて進んだとき、滝が止んだ。
息を切らしながら顔を上げると、自身と同じ背丈の白く輝く鎧が目の前に直立していた。
滝の中心に到着したようだ。
腰を下ろしてしばらく休むことに。
「ようやく折り返し地点か」
ため息を漏らす。
帰りは白銀の鎧を抱えながら来た道を戻らなければならない。
気分は憂鬱。
「やるしかないか。人類のために」
五分ほど休んだあと、覚悟を決めて立ち上がり、白銀の鎧を眺める。まるですでに中に誰かが入っているかのように直立している。どうやら頭から足先まで繋がって固定されているようだ。
「よっこらせ」
白銀の鎧の腰に抱き着いて持ち上げ、頭と足が地面と平行になるように横向きにしてから、棺を担ぐように肩と右腕で支えて持ち運ぶことにした。
「重い……」
硬質の鎧は巨大な岩のように重い。
長時間抱えていたら腰がどうにかなってしまいそうだ。
一気にいこう。クルーシュは足に力を溜め、
「よーし、いくぞ! えっさ、ほいさ!」
ダッシュで滝に突入。
重い鎧、苦痛を与えてくる滝。それでも気合を入れて前へ進む。
「えっさぁ! ほいさぁ!」
距離にして五メートル。駆け足でいけば時間はかからない。
「ほいさぁぁぁぁ!」
わずか十秒で滝の外に飛び出した。
勢いのまま鎧とともに地面に倒れるクルーシュ。
「ぜぇ……はぁ……」
最強の魔物をもってしても立ち上がれないほどの疲労困憊ぶり。
「クルーシュ様。大丈夫ですか?」
リファラが長い髪を揺らして駆け寄る。
「大丈夫だ。だが……試練の滝……キツ過ぎやしないか?」
「いいえ魔王様。疲労だけで済んでいる時点であなたは怪物なのです」
漆黒の背中を優しくさする。
「本来は人間の中でも抜きんでた存在がようやく瀕死の状態で戻ってこられるかどうか、というレベルなのです。そう言い伝えられています。ですので族長の私は試練を受けに来た者が無駄死にしないように、強さを測る目を身に着けたのです」
「そうだったのか」
「さらに私は日々回復魔法を磨いていました。試練の達成者がすぐに死んでしまわないようにするためです。ですが、この努力は無駄になりましたね」
満面の笑みを浮かべるリファラ。伝説の鎧の守護者という重責から解放されたことで安堵しているのだろう。
「おめでとうございます。伝説の白銀の鎧は今、クルーシュ様の手で解き放たれました」
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