第60話 シス王の狂気


 白銀の鎧が持ち出されたことで役目を終えた試練の滝は姿を消した。月明かりが降り注ぐ深夜の平原は静寂に包まれている。


「さっそく白銀の鎧を身に着けましょう」


 リファラが横になった白銀の鎧に触れると、繋がっていた部位がバラバラになる。

 そのパーツの一つ一つをアースに取り付けていく。


「ぶかぶかだ。サイズが合ってない気がしますが」

「問題ありません。鎧に必要なのは魂だけですから」


 鎧の装着は着々と進み、あとはフルフェイスの兜をかぶせるのみ。


 直立するアースの正面で兜を胸の前に抱えるリファラが、眉尻を垂らして精悍な顔を見上げる。


「よろしいですか?」

「なにがですか?」

「これを被ると、もう脱ぐことはできません。クルーシュ様と同じように、鎧の存在として生きていくことになります。それでもよろしいですか?」

「構いません」


 即答する。


「人類を救うためならどんな姿になろうとも後悔はありません」

「わかりました」


 覚悟を受け取ったリファラは戴冠の儀式のように円錐型のヘルムをそっと頭に被せる。ヘルムの下部が首鎧の上部と接したとき、鎧が白い光を放ち始めた。各パーツの接着部が自然と繋がり、光が収まったときには鎧が一体化していた。


 アースの体は完全に鎧に包まれた。人類の希望『白銀の鎧』が誕生した瞬間だった。


 一連の流れを見守っていたクルーシュは安堵の息をついた。


(今日はシス王の様子が終始おかしかったからな。鎧の権利をあっさり譲ったとはいえ、彼は間違いなく力を欲していた。ひと悶着起こるのではと危惧していたが、杞憂に終わったようだ)


 安心ついでに隣に立つシス王をけん制することに。


「よかったな。これで人間界は救われたぞ」

「そうですね」笑みを浮かべるシス王。

「だがいいのか? 鎧の力を自分で使いたかったんじゃないのか?」

「別に。先ほども言いましたが、アース隊長のほうが身体能力は圧倒的に上です。どうせなら鎧の力を最大限引き出せる肉体を使った方が良いに決まっています」

「では従順な部下にどんな命令を下すつもりだ? もし『魔界を滅ぼせ』と言うのなら、それはムリだと先に言っておこう。アースは我と同じ平和思想に変わった。戦争の終結は望んでも、魔界への侵攻は望んでいない。もっとも、魔界に侵攻してきたなら我が立ちはだかるまでだが」

「……」

「一方で王に対する忠誠も本物だ。よほど変な指示を出さなければ白銀の鎧の力は自由に使えるだろう。ま、ほどほどにすることだな」


 白銀の鎧の力に溺れたシス王が暴走してしまうのを防ぐ。前回、試練の滝を訪れたその帰り道でリファラ族長と交わした約束を、クルーシュは忘れていなかった。


 すると、シス王は顔を手で覆って笑い始めた。


「ハハハハハ! 面白いことを言いますね。ですがご安心を。私がアース隊長に命令することなど、もう二度とありませんから」

「そうか。ならいいんだが」

「ま、半分当たってますけどね。その懸念」

「え?」


 どういうことだ? と尋ねる前に、シス王はアースに声をかける。


「どうですか? 鎧の力は実感できますか?」

「はい。みなぎってきます。恐ろしいほどよく馴染む。敵という概念が消え去ったような気分です」

「では、魔王が相手でも勝てるということですね」

「……ええ。問題ないでしょう」


 ですが、と続けて、


「俺は魔王を倒す気はありません。この戦争を対話をもって終わらせたいと思います。人間界の俺、そして魔界のクルーシュ。二つの力がお互いに手を取り合って、戦争に終止符を打ちたいと考えています。もし王が魔界を滅ぼしたいと思っているのなら、それだけは拒否します」


 空気が固まる。

 王に対して背信的発言。アースがシス王に歯向かうのはこれが初めてのこと。

 発言を撤回するつもりはないとはいえ、どんな反応が返ってくるのか、不安混じりにシス王の顔色を窺う。


「そうですか」


 無関心だった。言葉の内容以前に、最初の一文字目から耳に入っていないような、そんなつまらなさそうな顔。


「どうでもいいことです。あなたの体に鎧の力が馴染んだのなら、それで十分」


 直後、シス王は懐に差していた護身用の短剣を抜いた。


『!』


 動揺する三人。


(何をする気だ? まさかアース隊長に襲い掛かるつもりか? だが何のために?)


 意図はわからないが、確かなことはシス王がアースに傷をつけることはできないということ。

 だからクルーシュは止めに入ることなく、後ろから次の動きを注視することにした。


 この判断が致命傷となる。


「それでは、さようなら」


 シス王は、装飾があしらわれたその短剣を、自分の胸に突き刺した。


 肋骨に阻まれないように刃を水平にして、鍔が体の表面に密着するほど深く刺し込み、一気に引き抜く。

 血が吹き出る。

 シス王は握っていた短剣を落とし、後ろに二歩ほどよろめいてから、背中から地面に崩れ落ちた。

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