第61話 突然の死
自身の胸に短剣を刺したシス王。
クルーシュたちは何が起こったのか理解できず、呆然と立ち尽くしていた。シス王が背中から崩れ落ちたところでようやく我に返ったアースが王のもとに駆け寄る。
「王!」
ガントレットをはめた両手で傷口を押さえる。
しかし血は止まらない。吹き出る血が白銀の鎧を赤く汚す。
「ダメだ! 傷が深すぎて回復が間に合わない!」
「族長! 回復魔法が得意なのだろ! 早く!」クルーシュが叫ぶ。
「は、はい!」
最後まで呆然としていたリファラが駆け寄り、治療を引き継ぐ。
しかし、すぐに王の胸に当てていた両手離し、首を横に振る。
「……致命傷です。回復は不可能です」
「そんな……」
顔が見えなくともアースが愕然としているのは手に取るようにわかる。
「せっかく人間界を守るという夢が叶うというのに、どうして……」
もはや王の命の灯が消えるのを待つことしかできない。
複雑な面持ちで俯くリファラ。両手をついて項垂れる鎧のアース。
そしてクルーシュは、血の気が消えていくシス王の顔を見ていた。
(なぜだ。なぜ……)
シス王の顔は、苦悶に歪みながらも、
(……なぜ笑っている)
狂気の笑み。死にゆく間際の人間の顔じゃない。
クルーシュは生まれて初めて背筋に寒気がした。
(我はこの青年の野心を見誤っていたのかもしれない。この自害には何か意味がある。そんな気がする)
観察するように瀕死のシス王を見下ろす。
しかし動きがないまま一分、リファラが小さな声で告げる。
「……残念ながら、シス王はお亡くなりになりました」
「くそっ! なぜだ!」
アースが地面をたたく。白銀の鎧で強化された肉体による殴打は地震のように地面を揺らした。
「あなたの力になりたくて今日まで鍛錬を積んできたというのに! 伝説の魔法使いルーゴ様の末裔であるあなたに尽くすことが、伝説の勇者スカイ様に近づける唯一の道だったから!」
境界戦線の一件を経てクルーシュの背中に惹かれるようになったとはいえ、スカイに対する憧れを失ったわけではない。そしてスカイの相棒であるシス王を守ることで、その憧れに近づけると信じていた。
憧れは消失した。しかも長年連れ添った王の死という形で。
「うおおおおおおおおお!」
膝をつき、天に向かって叫んだ。
悲痛の咆哮。
クルーシュとリファラは見守ることしかできなかった。
「気は済んだか?」
しばらくして叫びが止み、再び静寂が訪れてから、クルーシュが声をかけた。
「……ああ」
「王の死は悲しいことだ。だが、我々は前を向かなければならない。王の意志を受け継ぎ、人間界を守るべきだ」
「……言われなくても分かっている」
「ならば彼の体を持ち帰ろう。国民全員で弔ってやらねばならん。人類を救った英雄としてな」
「ああ。そうだな」
アースは立ち上がり、シス王の横に立つ。そして膝をついて、横たわる死体の膝と背中に手を通して持ち上げようとした。
ところが、そこで動きが止まる。
「? どうしました?」
リファラの問いに答えは返ってこない。
代わりにうめき声が聞こえてきた。
「う……うぁ……」
「アースよ。どうした?」
「が……あぁ……」
アースは金属で覆われた首元を両手で押さえていた。硬質な鎧がミシミシと音を立てるほど強い力で。
(苦しんでいる)
異常事態を察したクルーシュが白銀の鎧の肩を掴んで揺らす。
「どうした! 大丈夫か!」
「…………」
首を押さえていた両手が下がり、振り子のようにブラブラ揺れる。
「おい! アース!」
反応がない。脱力した鎧はまるでマネキンのようだ。
肩から手を離すと、アースの肉体はシス王の死体に折り重なる形で倒れた。
「し、死んだ……?」
なにが起こっているんだ? 混乱の中、クルーシュは助けを求めるようにリファラを見た。
「まさか……これが狙いだったのですか……」
震える手で口を押さえ、横たわる白銀の鎧に目を向けている。
(族長は何か知っているのか?)
不穏な空気が漂っていた。
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