第41話 成長した生徒たちと悩める元秘書官

 前線基地から一時間ほど北西に進むと、殺風景な丘に取ってつけたようなプレハブの小屋がポツンと立っていた。


「あそこがお前たちの拠点だ。何かあれば魔導通信機を使って連絡するように」


 そう言い残して案内の兵士は帰っていった。

 五人は緩やかな坂を登り小屋に入る。


「……予想はしていたけど、ほんとうに監視のためだけって感じの小屋ね」


 あまりに簡素な室内にホランは顔をしかめた。


 五人が生活するには少し窮屈な部屋。あるのは屋根と壁と床、そして前方の森が見渡せる監視用の窓、あとは寝袋と大量の保存食だけ。


 荷物を置いてからゴロンと横になるロッツ。


「こんなところで一か月生活するのかよ。牢獄よりひどい環境じゃねえか。頭おかしくなるって」

「安心して。外に簡易トイレと魔導式のシャワー室があるよ。監獄よりはマシだね」

「それでも劣悪な環境に変わりねえよ。つーかコヨハは辛くねえの?」


 憂鬱なロッツとホランとは対照的に、まるでキャンプに来たようにおっとりとした目を輝かせている銀髪娘。


「だってここを乗り切れば晴れて特士校のランキング一位でしょ? 最下位から一気に栄転だと思うとやる気がわいてこない?」

「……それは、まあ」

「うむ。コヨハの言う通りだ。どうせ後戻りはできんのだ。ならネガティブになるよりもポジティブになった方が良い」

「でもよ教官。やることはそこの窓からずっと森を見続けるだけだぜ。一日に飛んだ鳥の数でも数えて暇を潰せってか?」

「いや、そうでもないぞ。眼前には魔粒子が豊富な森が広がっている。魔物は魔粒子を元に発生するからな。この小屋の周りにも魔物が湧くかもしれん。油断は禁物だぞ」


 ちなみに魔粒子で自然発生するのは意思疎通が取れない野生魔物。元魔王のクルーシュだろうが容赦なく攻撃してくるだろう。


「お前たちは小屋周辺に湧いた魔物の駆除に集中しろ」

「監視は?」

「我とリノが交替で務める。だからしっかり実戦経験を積むのだ。いざというときは我が助けに入るから安心しろ」

「……そうね。貴重な経験と思って前向きに行きましょうか」

「よーし! 力を合わせて頑張るぞ!」


 えいえいおー、と士気が高るチーム42番。

 その傍らで、ひっそりと頭数に入れられてしまったリノが肩を落とすのだった。


 こうして鍛錬の一か月が始まった。




―――――――――――――



 森林で生まれた三メートル近い大木のモンスターが荒野をさまよっていた。

 遠くから見る分には彩度の低い風景に馴染まない青々しい頭が滑稽に映るが、それが小屋に近づいてきているとなると話は変わる。


 大きな岩陰に隠れて大木モンスター『トレント』の背後を取った三人。ひそひそ声で最終打ち合わせ。


「いい? まずロッツが後ろから先制攻撃。そこからはワタクシが正面から気を引く。コヨハはワタクシの盾に硬化魔法を使いつつ、攻撃魔法でアシスト」

「そして隙を見せたところに俺の大剣がズドン」

「それの繰り返しだよね。大丈夫。戦闘中も何度も復唱するから」

「焦らないようにね。ゆっくりやれば間違えないから」

「うん」

「よし! それじゃあいくぞ!」


 掛け声とともに岩から飛び出したロッツ。トレントの太い幹に大剣を振り下ろす。

 不快な悲鳴とともに振り返るトレント。幹の真ん中に空いた二つの目をギロリと光らせ、ロッツに向けて鋭い枝を伸ばした。


「あんたの相手はこのワタクシよ」


 ホランが素早く間に入り、大きな盾を器用に操って枝を弾く。

 そのまま盾ごと体当たりを決めてから、ふたりから距離を取るように誘導。思考能力に欠ける野生魔物は容易く引っかかる。


炎球ファイヤーボール!」


 横からコヨハの魔法攻撃。動きが鈍ったところでホランが体当たり。それを何度か繰り返す。


「グオァァァァァ!」


 言葉が伝わらなくても分かる魔物の苛立ち。錯乱したトレントが枝を大きく振り上げた。正面と横にいる鬱陶しいネズミを薙ぎ払うため。


「おいおい。一人忘れてるぜ!」


 がら空きの背後に強烈な斬撃。その剣筋にかつての臆病だったロッツの面影はない。クリティカルヒット。


「終わったな」


 戦闘を小屋から見守っていたクルーシュが嬉しそうにつぶやくのと同時、トレントが魔粒子となって飛散した。


「なかなかやりますね。あの子たち」


 クルーシュの横でくつろいでいたリノが言った。


「だろ? なんたって我の自慢の生徒たちだからな」

「落ちこぼれを受け持ったときはどうなることかと思いましたが、ここまで順調に育つとは。魔王軍の中級兵士くらいの実力かもしれません。クルーシュ様の褒める伸ばし方も悪くないのですね」

「我の育成方針を疑っていたのか」

「魔界では異例ですから。いや、人間界でも異例ですかね。崖から突き落とすような指導が当然のこの世界で、緩いやり方がここまで結果を残すとは思いませんでしたよ」

「何を言うか。すでに実績があったではないか」

「実績?」

「我の目の前にいる」


 リノは左右を見渡してから、キョトンとして自分を指さす。


「すでにリノという立派な秘書を育成したではないか」

「あ、私もその枠に入るんですか」

「我の相棒に相応しいよういろいろ教えたつもりだ。厳しさよりも優しさ。他者を尊重し、困っている人がいれば手を差し伸べ、逆に自分が困ったときには誰かを頼る」

「魔王時代から変わらない信念ですね。そういう思想の魔物や人が増えれば、いつか魔界と人間界にかけ橋が架かるって」


 魔物と人間の共生。クルーシュの理想。


「期待しているぞ。ホランたちも、リノも、ロイスも。そしてアース隊長だってこちら側に引き入れるつもりだ」

「最強の人間が変われば、人間界に新しい潮流を作ることができるかもしれない、と」

「今は人間界と魔界の戦を防ぎつつ、アース隊長の冷徹な考え方を変えるとき。そのためにもまずは我がチームがランキング一位になり、アース隊長との間に交わした賭けに勝つ必要があるのだ」

「私の知らないところでいろんなことしてますねぇ。その行動力がうらやましいですよ」

「それより三人が帰ってくる。手厚く出迎えねば」


 意気揚々と玄関に向かった鎧の元魔王。その背中を俯き加減で見つめるリノ。目には罪悪感の色を宿していた。


「ごめんなさいクルーシュ様。私……」


 大きく息を吐いてから、つまらなさそうに窓の外に目を向けた。扉の開く音と勝利の歓声が背後で上がった。

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