第42話 強敵の予感

 人間界と魔界の境界にて。

 人気のない丘陵に湧く野生魔物を狩るホランたち。

 クルーシュはその様子を小屋の中から見守りつつ、本来の任務である正面の森の監視を続けていた。


「いやー、すっかり人間界に慣れていたが、魔界に漂う魔粒子を浴びるのも心地いいな。そうは思わんか、リノよ」

「…………」

「リノ?」


 隣で窓の外を眺めている元秘書官の横顔は哀愁を漂わせていた。

 ここに来てからリノはずっと魂が抜けたようにぼーっとしている。


(おそらく魔界を懐かしんでいるのだろうな。リノはまだ若い。親や兄弟もいる。魔王秘書官を追われ、放浪する日々に寂しさを募らせているのかもしれない。一緒に旅をしようと提案したとはいえ、そろそろ家に帰してやるべきか)


 部下の将来について思案していると、


「む!」


 突然立ち上がったクルーシュ。リノも驚いて、


「どうしました? クルーシュ様」

「森から強い魔力を感じる」

「まさか魔王軍が攻めてくるんですか?」

「……いや、単身だ。だが、異常に強い魔力。四天王、いやそれ以上の実力者。ガランよりも上かもしれん」


 呑気なクルーシュにしては珍しく緊張感のある声だ。

 対してリノは冷静に分析する。


「しかしクルーシュ様。魔王軍にそんな強い魔物がいたとして、単身で戦地から離れたのどかな森に来るでしょうか? 激戦地に配置されそうなものですが」

「ああ。だからたまたま化け物級の野生魔物が湧いたのかもしれん」

「クルーシュ様が魔王のときにもありましたね。手に負えない野生魔物の出現。並の魔王軍兵では歯が立たず、結局クルーシュ様が直々に出向いて討伐しましたけど」

「このままでは危険だ。様子を見てくる。見張りは頼んだぞ」

「……はい。お気をつけて」


 寂し気な目のリノに見送られて小屋を出た。






 眼前に広がる森に向かおうとしたところで、小屋の陰から声をかけられた。


「待て。どこにいく?」


 姿を現した人物。

 体格のいい黒髪の男。騎士団の青い軍服の上に赤と黒のバトルコートを羽織り、胸には金色の憲章。

 クルーシュと正反対の冷徹な人間、アース隊長だ。


「指揮官様がどうしてここに?」

「貴様らがすでにくたばったんじゃないかと思ってな。様子を見に来た」

「なら残念だったな。我はまだピンピンしているぞ。ほれ、この通り」


 その場でダッシュしてジャンプして、まるで子供のように元気をアピールするクルーシュに、アースは冷笑して、


「残念? 逆だ。ほっとしたよ。素知らぬ顔で人間界に住まう元魔王は俺自身の手で始末したいからな。こんなところでくたばってもらったら困るんだ」

「我は本当に嫌われているようだな」

「なんならここで雌雄を決してもいい。誰も見ていないから貴様も全力を出せるだろう。最強の人間と最強の魔物、決着をつけようじゃないか」

「物騒な隊長様だ。だが返事はノー。この先の森で強大な魔力を探知した。そいつを討伐しなければならん。これから我ひとりで向かうところだ」

「ガキどもは連れて行かないのか?」

「当たり前だ。危険にさらすわけにはいかん」

「甘いな。いざというときの盾代わりにはなるだろうに」

「非情な奴だ……」


 クルーシュがやれやれと首を振ってから森に向かおうとしたところ「待て」と呼び止められた。


「俺も連れていけ。協力してやる」

「どういう風の吹き回しだ?」

「一人で行ってドジ踏んだらどうする? 助ける味方がいなければジエンドじゃないか。言っただろ。貴様に死んでもらったら困るんだと」

「……それは白銀の鎧のためか?」

「……ふん」


 図星を突かれたアースは不満げに腕を組んだ。


「やはりな。白銀の鎧を手に入れるためには、お前はもう一段階レベルアップしなければならない。しかし格下を倒したところで頭打ち。やはり強者と戦うことが一番の近道。その対象が我というわけだ」


 クルーシュと戦えば他にない経験値を得られる。アースはそう考えていた。


「わかっているなら話が早い。俺は強くならなければならない。人類を救うために、シス王様の期待に応えるために、そして憧れのスカイ様を超えるために。そのためには貴様という最強の壁を超えなければならないんだ!」


 語気が強まる。焦りが見て取れた。


「もう一刻の猶予もない。魔王軍の侵攻が激しい。俺が白銀の鎧を手に入れられなければ人類はお終いだ」

「焦る気持ちはわかる。だが視野狭窄になってはダメだ。真の強者は他人に気を配る余裕を有するもの。今のお前は自分のことで手一杯。まずは弱き者に手を差し伸べるところから始めるべきだ。それができるようになればいくらでも決闘を受けてやろう」

「悠長なことを。これだからゆとり魔王は」

「強さに固執しても何も得られんよ。いずれにせよ決闘はあとだ。さあ行くぞ」


 今にも飛び掛かってきそうなほど息が荒いアースを制してから、ふたりは森に入った。

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