第43話 人間界最強・アースの実力


 魔界の森に強い魔力を感じ取ったクルーシュは、監視小屋の前で出待ちしていた聖騎士団第一隊隊長のアースとともに森に向かった。




 低草を足で掻き分けながら、魔物を探して薄暗い森を進むクルーシュとアース。

 しかし平凡な森の景色は一向に変わらない。


「おい鎧男。魔物はどこにいる?」

「この辺りのはずだが、見当たらんな」

「その気配とやらは貴様の勘違いじゃないのか?」

「いや、今も確かに強い魔力を感じる。我が間違えるはずがない」

「これ以上闇雲に歩き回っても体力の無駄だ。もう少し集中して正確な場所を割り出せないのか?」

「難しい要求を……いいだろう。やってみよう」


 立ち止まり、精神を統一して大気に流れる魔粒子を肌で感じ取ろうとした。

 そのときだった。


「オォオオオ!」


 背後から現れた一つ目の巨人が、木製の巨大棍棒を振り下ろした。

 ふたりは前方に転がることで間一髪で回避。

 立ち上がりざまに、アースは鞘から剣を抜き、クルーシュは暗黒空間から黒い大剣を取り出した。


「……こいつはサイクロプスか」クルーシュが呟く。


 頭頂に一本角を生やした人型の魔物。周囲の木と同じ背丈、茶色い毛におおわれた強剛な肉体。見るからにパワー系の野生魔物だ。


「強いのか?」


 アースが倍以上ある巨体を睨みながら尋ねた。


「単純な力比べならトップクラスだ。しかも破壊の衝動のみを行動原理とするから、どんなに痛めつけても命が果てるまで攻撃を続ける。発生報告を受けるたびに四天王クラスが駆除しに行かなくてはならなくてな。魔王時代によく悩まされたものだ」


 ただ、疑問がある。


(たしかにサイクロプスは強い。だが、我が感じ取った魔力はこんなものじゃなかった。もっと強者の気配がしたのだが。我の勘が鈍ったのか。それとも……)


 腑に落ちず、考え込むクルーシュ。

 アースはその様子を気に留めることなく、ニヤリと笑って、


「ほう。つまりこいつは魔王軍の四天王に近い強さだということか。なら丁度いい」


 クルーシュの前に出て、サイクロプスに剣先を向けた。


「こいつは俺一人でやる」

「どういうつもりだ?」

「貴様にはまだ俺の実力を見せていなかったと思ってな。俺の強さを見れば自然と魔王の血が騒ぐはず。戦う気にもなってくれるだろう」

「我はそんな戦闘狂じゃないんだがな……」

「いいから貴様は黙って見ていろ。すぐに片を付ける」

「人間の手に負える相手だとは思えんが、まあいいだろう。ただしピンチになったら助太刀に入るからな」

「好きにしろ。そんなことは万に一つも起こらない。さっさと下がれ」


 指示通り後ろの木に背中を預けて勝負を見守ることにした。


「さて、始めよう。汚らわしい魔物め」

「オオオォォォオ!」


 サイクロプスは丸太より太い腕で棍棒を振りかぶり、黒髪の男をめがけて上から下に叩きつけた。大地が揺れ、近くの木にとまっていた鳥たちが羽音を立てて一斉に逃げ出す。


「遅い!」


 横に跳んでかわしたアース。横向きのまま木の幹に両足で着地し、そのまま巨体の頭にめがけて跳躍。


「氷華一閃!」


 細い刀身を包む氷が切先をより鋭くする。狙いは大きな一つ目。


「! アース! 危ない!」


 クルーシュが叫んだ。サイクロプスの目に魔力が集中し、キュルキュルと音を立てている。


 眼光線。眼前に溜めた魔力の玉をビームとして放出する技だ。棍棒を振り回すことしか脳のないサイクロプスの唯一の魔法技。


 つぶらな眼の先で魔力が圧縮されていく。これから高出力の技が繰り出されることは人間であるアースでも感じ取れた。

 だが、空中にいる彼は進路を変更することができない。一直線でビームの発射口に向かっている。

 直撃は避けられない。

 このままでは一瞬で塵になってしまう。

 クルーシュは防御魔法を張ることを検討した。


 だが、アースの涼し気な表情を見て考えを改めた。


「正解だ。百戦錬磨の俺にとってこの程度は想定内」


 アースは両手をまっすぐ伸ばし、刀身をサイクロプスの目線に合わせる。


 魔力の玉が大きくなる。勢いのままに接近するアース。

 両者が手の届く距離まで近づいたとき、魔力の玉が光を放った。


 ゼロ距離眼光線。


「ここだ!」


 アースは刀身をわずかに傾け、氷を纏った剣の平面でビームの軌道をわずかに逸らした。

 高出力の魔力の光線がアースの頬をかすめ、背後の木々をなぎ倒す。

 完璧な受け流し。

 これでもうアースの刺突を防ぐ術はない。


「終わりだ!」

「オオオアァァァァ!」


 目玉を貫かれたサイクロプスは地鳴りのような叫声を上げ、アースが地面に着地すると同時に魔粒子に還った。


 あっという間の決着に、クルーシュは静かに唸る。


(この人間、やはりタダモノではないな)


 改めて人間界最強の男の強さを実感したクルーシュだった。

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