第44話 無形の魔物ガニュマ

「なかなかやるではないか」

「フン。こんな雑魚を倒したところで俺は強くなれない」


 上級魔物・サイクロプスと戦いを終えたアースは手ごたえの無さに不服そうだ。


「もっと強い奴と戦わないと。例えば元魔王とかな」


 ジロリと決闘を望む視線。

 クルーシュはそれを受け流して、


「ずいぶん向上心があるじゃないか。周りに厳しい態度をとるが、自分にも厳しいのだな」

「当たり前だ。誰よりも厳しいメニューを己に課してきた。スカイ様のように」


 スカイ。アースの憧れにして伝説の勇者。


「スカイ様は誰よりも他人に厳しい人だったらしい。雑魚に構う暇があれば己を研鑽する。ついて来られない奴は切り捨てる。魔王討伐の際のパーティーメンバーにも厳しく叱責したという」

「というと、シス王の先祖、ルーゴもその対象だったのか」


 ルーゴ。魔王を倒したあと、唯一人間界に生還し、王の座に就任した魔法使い。


「ああ。特にルーゴ様はスカイ様と特士校時代からの縁なのだが、常に難しい要求を受けていたとか。おかげでルーゴ様はスカイ様に恨みを抱いていたという話もある」

「スカイという男のイメージが悪くなる一方だ」

「何を言うか。他人に嫌われてでも厳しく接することでレベルアップを促しているんだ。だからこそ魔王と同士討ちという功績を残すことができた」

「だが、逆にいうと魔王を倒すことで精いっぱいだったようだな。おかげで我が次の魔王に就任したわけだが」

「……それは、仲間の力不足だ。スカイ様は強かった。だが、仲間に覚悟が足りなかったんだ。その証拠にルーゴ様は生きていながら人間界に帰ってきたわけだしな。本来なら最後の命を振り絞って闘うべきなのに」


 悔しそうに語る。


「その言い方だと、お前が忠誠を誓っているシス王の先祖を貶していることになるが」

「……尊敬はしている。スカイ様の相棒なのだから。だが、戦場から一人だけ帰ってきたことだけは疑問に思っている。もちろんこの感情はシス王に伝えたことはない」

「賢明な判断だ」

「とにかく。スカイ様は厳しいお方。だから俺もそれを真似している。そうしないとスカイ様はいつまでも憧れのまま」

「別のやり方でも強くなれると思うがな」


 やれやれと首を振るクルーシュに、アースが剣を向ける。


「さあ魔王クルーシュ。邪魔者が消えたいま、決闘のときだ」

「…………」


 クルーシュは黙ったまま地面に突き刺していた漆黒の大剣の柄を握った。


「お、やっとやる気になったか」

「……いや、お前は後回しだ」

「なんだと?」

「やはり我の感覚は間違えていなかった。この気配はサイクロプスではない。これは――」

「うおっ!」


 棒立ちのアースを押しのけ、その背後から斬りかかってきた魔物を受け止める。


「やはりお前か。ガニュマ」

「ドウモ、もとマオウ様」


 無形の魔物ガニュマ。

 外観はいたってシンプル。

 沼のように濁った茶色い液体に白いお面が付いているだけ。


 だが、シンプルがゆえに厄介。


「むふふ」


 体の一部を変形させて生み出した刃で鍔迫り合いをしていたガニュマは、刃を液体に戻して体に収納し、そのまま全身を地面に落として水たまりと化した。そしてそのまま後方に下がると、また通常の姿である三角錐のような形を形成する。


「ああ強い強い。タノシミダ。殺したい。ガニュマを牢獄に閉じ込めたオマエヲ」


 喜びを表現する様に液体の表面をグルグル移動する白いお面。そこに一つ空いた黒い穴を口のように動かして喋る。


 剣を構えながら顔を引きつらせるアース。


「……なんだこの化け物は」

「無形の魔物ガニュマ。我の先代の魔王が死んだあと、その跡地の沼地から生まれたとされる魔物だ。魔王軍でも最も危険な存在でな、魔王時代、境界戦線協定を破って人間界に攻めこもうとしたのだ。我が直々に捕らえて収監していたのだが、まさか解放されていたとは」


 クルーシュの声にも焦りが感じ取れる。魔王軍を追放されてから緩やかな日々を送ってきた彼にとって、最も闘争心をむき出しにしている瞬間だろう。


「貴様がそれほど本気になるあたり、よほど強敵らしい」

「ああ。殺戮を追い求めるという点ではサイクロプスと同じだが、こいつは知能がある。加えてあの体。変幻自在の液体で刃を作ることも、弾丸を飛ばすことも、相手を包み込んで窒息死させることもできる」

「なるほど。斬ることもできない。それどころか剣にまとわりついて、そこから体の自由を奪われてしまう可能性もあるというわけか」

「物理攻撃は不可。かといって魔法も簡単に躱されてしまう。土に浸透する形で地面に潜ってしまうんだ。全盛期の我ですら苦戦したものだ」

「ふ。相手にとって不足なしというわけだ」


 強敵を探し求めていたアースにとって願ってもない相手。


「こいつを倒して俺はまたひとつスカイ様に近づく!」

「! 待てアース!」


 制止を振り切って茶色の化け物に斬りかかる。

 無論、無策の斬撃ではない。


(液体の体を切断できないのなら、刃に冷気を纏わせて、凍結と切断を同時に行えばいい)


 氷ならば物理攻撃も有効。さすがは経験豊富な第一隊隊長。応用力に長けている。

 実際、その考えは正しい。クルーシュがガニュマを捕らえたときも同じ方法だった。

 ただし、一つだけ足りないもの。


 実力が、違い過ぎる。


「!」


 剣を振り下ろそうとした刹那、ガニュマが地面に消えた。あまりの速さに対応できず、斬撃は空を切った。


「誰おまえシラナイ。ジャマ」


 一瞬で背後をとったガニュマ。無防備な背中に鋭い棘を伸ばす。


「くッ!」


 間一髪体を横にずらして直撃は回避したが、脇腹を軽くえぐられてしまった。

 アースは激痛が走る体を奮い立たせて跳躍。クルーシュの傍まで退いた。そして膝をついて血があふれる腰を抑える。


 サイクロプス戦とは正反対。一瞬で戦闘不能に追い込まれてしまった。

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