第71話 最終決戦③ 敗北


 クルーシュが最後に選んだのは最強の剣技、天神斬り。


 精神を統一させて魔力を腕に集め、さらにその先にある剣身に伝えていく。

 魔力が高まるにつれて剣身が白い光を放つ。空気が振動する。噴火寸前の火山のようだ。


 並の相手なら怖気づいて逃げ出すところだが、ルーゴは腕を混んでその様子を見守っている。


 三十秒後、魔力の供給を終えたところで、ルーゴが鼻を鳴らす。


「大仰な技のようだが、私の防御を突破できるかな」

「なに?」

「だってその程度の魔力で限界なのだろ?」


 魔力が充満した黒い剣を指さしながら嘲笑う。


「私の半分にも満たない魔力量。これでは話にならないな」

「…………」


 実際、漆黒の剣に溜まった魔力は、最強の魔王と呼ばれたクルーシュにしてはあまりにも物足りない量だった。それこそ、あえて力を抑えているように見えるほど。


「すでに満身創痍といったところか。まあいい。腑抜けた貴様にとどめを刺してやろう」


 ルーゴが振りかぶり、正面から突っ込んできた。

 クルーシュは剣を脇に構えたまま、ギリギリまで引き付ける。ルーゴに視線を向け、挙動を見定める。


(まだだ。あと少し……)


 そしてあと一足で間合いに入るとき、クルーシュは作戦を実行した。


 手の平に圧縮していた魔力を一気に剣に注ぎ込む。しかもすでに剣身に注いでいた量と同等量を。

 つまり、一瞬にして剣に蓄積する魔力量が倍になったのだ、天神斬りの威力も倍になる。このような無茶なら魔力コントロールを成しえるのはクルーシュくらいのもの。


 油断していたルーゴは間合いに入る直前で危機的状況に気付く。


「なに! 急に魔力が!?」


 さすがのルーゴもクルーシュの正真正銘魔力マックスの天神斬りを正面から受け止めることはできない。剣で防ごうとしても、剣ごと貫いて鎧を砕くだろう。


「バカな! バカなバカな!」

「魔力量を抑えて油断させる作戦。まんまと引っ掛かったな。力に溺れた結果だ。その慢心が命取りだったのだ」


 慌てて後退しようとするルーゴだが、何の疑いもなく全速力で前進していた大きな体を止めることはできない。少なくとも天神斬りの間合いに入るまでに止まることはできないだろう。


 硬質のブーツで踏ん張って慣性に抗うも、勢いは収まらず、天神斬りの間合いへと吸い込まれていく。


「くそおおおおお!」

「終わりだ!」


 天神斬りを放った。

 勝利を確信した一撃は、しかし空を切った。


「な!」


 驚きの声を上げるクルーシュ。だが、驚いたのは彼だけじゃない。


「え?」


 ルーゴ自身も驚いていた。

 なんと、間合いに入るギリギリで体が止まり、体を仰け反らせてギリギリかわしたのだ。無意識のうちに。


 冷や汗をかいたルーゴはいったん撤退してから、己の体の力に気付く。


「そうか。アースの肉体だ」

「なんだと?」

「やつの体が剣士としての動きを覚えていたのだ。クルーシュの策を感じ取り、無意識のうちにブレーキをかけた」

「そんな……」


 素人の動きだったルーゴを助けたのは、皮肉にも体を乗っ取られたアースの力だった。


「ふふふ。ははははは! やはり私は強い! 安易に自分で鎧を装着せず、一度アースに譲った甲斐があった」

「ここまで……か」


 項垂れるクルーシュ。

 奇襲に失敗し、大量の魔力を消費してしまった。もう勝てる手立てはない。


「さあ。終わらせよう」


 余裕しゃくしゃくで歩み寄るルーゴ。観念したクルーシュは手から剣を離し、敗北を受け入れた。


「命乞いはしないのか?」

「最期はせめて剣士らしく死ぬよ」

「潔いが、私としては泣き叫ぶ貴様を叩きのめしたかったな」


 今度こそ振りかぶられた白い剣を止める手段はない。


(すまない。ホラン、ロッツ、コヨハ、リノ。アース隊長にリファラ族長。我はここまでのようだ。スカイが生み出した怪物を止められなかったことを詫びさせてくれ)


 覚悟を決めたクルーシュの頭頂に、白い大剣が振り下ろされる。


「すぐには殺さん! 存分にいたぶってやる!」


 さらばだ。

 そう心の中で呟いたそのとき、頭上から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「教官!」


 クルーシュとルーゴの間の地面に影ができたかと思うと、それはすぐに大きくなり、人間が降ってきた。

 膝と片手をついて着地したその人物はすぐに立ち上がり、大きなアームシールドでルーゴの攻撃を受け止める。


「お、重い……」


 踏ん張る少女。眼前の柔らかい桃色髪には見覚えがあった。


「ホラン!?」

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