第39話 魔王軍の不穏な動き


 シス王の方針は人間と魔物、どちらかを滅ぼすことになる。

 人間と魔物の共生を望むクルーシュにとって大きな懸念となっていた。


「どうした? ぼーっとしているが、何か考え事か?」

「すこし人類の未来について考えていた」

「壮大な妄想は家に帰ってからにしてくれ。今は課題の内容を伝える場だ」

「すまぬ……」


 インテリ校長に叱られてシュンとする。


「で、どんな話だったか?」

「お前たちに与えた課題の舞台が境界戦線ということを伝えたところだ。しっかり聞いておけマヌケ鎧」

「すまぬ……」

「そしてここから先は俺の私見を述べさせていただこう」

「私見?」

「ああ。最近の境界戦線についてだ。どうも魔王軍の動きが活発化しているようだ。どうやら過激思想の魔物が新たに魔王の座に就任したことが原因らしい。まったく。部下のクーデターすら見抜けず追い出されるなんて、先代魔王はとんだマヌケだな。どこぞの鎧男のようだ。もしかするとそいつは貴様と同じで人を不快にさせる鬱陶しい鎧姿だったりしてな。はは」

「ソンナワケナイダロ!」

「……ジョークだ。必死になるなよ」


 コホンと咳払いをして話を戻す。


「まあそんなわけで魔王軍の兵力が増強されているらしい。おそらく聖騎士団は厳しい戦いを強いられている。現場を見たわけでもないので断言はできないが、推測するには十分な証拠がある」

「証拠?」

「実は境界戦線のバックアップの課題は毎年出されるのだが、たいてい一年の終盤、つまり学生が成熟しつつある時期に出されていた。しかし今年は新年度から半年も経っていないのに要請を受けた。前倒しでバックアップを求められたというわけだ」

「未熟な学生に頼るほど人材が不足しているということか」

「つまり例年以上に危険な状態だということだ。個人的にはそんな場所に生徒を送り出しても無駄死にするだけだと思っている。ましてや課題を受けるのがランキング一位の世代一番のチームではなく、落ちこぼれのお前たちだしな」

「心配してくれているのか?」


 期待せずに訊いてみたが、校長は案の定「違う」と一蹴して、


「おとなしく他のチームに譲れと言っている。落ちこぼれはどうあがいても落ちこぼれ。身の程をわきまえないと痛い目を見る。校長先生からの優しい忠告だ」

「ご忠告どうも。だが、我々も強くならねばならん。そしてトップを取らねばならん。アース隊長と約束したからな」

「約束だと?」

「我のチームが一位になったら彼のスパルタ思考を改めてもらうことになっている。人間界のトップに相応しい寛容な心を身に着けてほしいのだよ」

「アース隊長に上から物申すとは、何様のつもりだ?」

「どこにでもいる普通の教官だよ」

「普通じゃない。まずは鎧を脱げ。いい加減顔くらい見せたらどうだ」

「とにかく。その課題、受けさせてもらった。すぐに境界戦線に向かえばいいのだな?」

「ああ。そこから先は現地の隊員から指示を受けろ。以上だ」




――――――――――


 稲妻が走る暗雲の下。魔王軍の中枢、魔王城にて。



「四天王ともあろうものが敵地の本丸まで攻め込んでおきながらノコノコ返ってくるとはどういう了見だ? ああ?」


 任務の結果を報告しようと魔王の間を訪れたケンタウロロイス。大扉を開けると、広くて薄暗い部屋の真ん中、魔王の座に腰掛ける新魔王・魔人族の長ガランにさっそく嫌味を浴びせられた。


 クルーシュ派のロイスと反クルーシュ派のガランは以前から反りが合わなかったが、ガランが魔王に就任してからはそれが顕著になっていた。

 だからといってロイスが尻込みすることはない。


(その偉そうな面がいつまで持つかな? クルーシュ様が人間界にいるというビッグニュースを聞いたら驚きのあまり椅子からずり落ちるんじゃねえか? 想像するだけで笑えてくるぜ)


 ほくそ笑んで浅黒い巨体の男の前まで歩み寄る。


「まあ落ち着けよガラン。俺だってタダで帰ってきたわけじゃねえ。ちゃんと手土産を用意した」

「手土産ねえ。人間界にクルーシュがいることか?」


 当たり前のように言われて動揺するロイス。


「! なぜそれを」

「俺はお前が思っているほど単細胞じゃねえってことだ。諜報もしてるんだよ」

「だったらなぜ境界戦線を超えようとするんだ。前魔王相手に勝てると思っているのか?」

「俺一人じゃ勝てない。認めたくないがあの鎧は化け物だ。だがアイツがいる。戦鬼族の長が」

「……まさか!」


 一体ほど思い当たる魔物がいた。


「し、しかし! あいつは数十年前に境界戦線協定を破ろうとしてクルーシュ様に監獄行きにさせられたはず」

「王が代わったからな。恩赦だ」

「危険すぎる。まるで殺しの衝動が具現化したような魔物だ。安易に解き放つと魔王軍にも被害が出るかもしれないぞ。今からでもその考えを改めるべきだ」

「遅いな。すでに空席だった四天王の座に指名した」

「!」

「戦鬼ガニュマ。戦うことしか脳がない戦闘狂だが、腕は俺をも上回る。やつに急襲させ、弱らせたところで俺がとどめを刺す。いや、俺が出るまでもないかもしれんがな」

「……寝首を掻かれても知らんぞ」

「ふっ。俺のことより自分の心配をするべきだな」

「どういうことだ?」

「ちょうどガニュマが出てきたことで監獄に空きができた。そして俺の目の前には任務に失敗した役立たずの部下がいる」

「!」


 気付いたときには遅かった。背後から忍び寄っていた四天王スラグランの毒煙によって意識を失ってしまった。


「そいつを収監しろ」

「了解しました。魔王様」


 スラグランは粘性の体に大きな体を乗せて、魔王の間をあとにした。


「クックック。待っていろよクルーシュ。お前が境界戦線に出てくることは知っている。お前を殺して人間界侵攻の狼煙を上げてやる」

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