第10話 青年と過去



「どうしてその名前を知っている!?」

アルフは床に落ちた本を拾うこともせずに、そう尋ねる。


「え…。宿号に襲われていたところを助けてもらった青年が『Black Prince』に乗っていたんです」

宏樹は少し困惑気味に答える。


するとさらにアルフが驚いた。

「なんと…!!会ったのか!?あいつに??…どこで会ったんだ!?」


「え…。ち、近くの川辺で会いましたけど…」

宏樹は普通ではないアルフの驚き様に、思わず狼狽える。


「……………」

アルフは唐突に声を荒げたかと思うと、今度は黙り込んで何か考え込んでいるような面持ちを浮かべる。


宏樹はそんな様子のアルフに問いかける。


「そんなにすごい人なんですか…?あの人って…」

その質問から少し間を置いてアルフが口を開く。


「……驚かしてすまなかったな。お前さんが会ったその男は『ジョーキンス』と言って、かつての集落で共に過ごしていた仲間の一人だ」

アルフは落とした本を拾い上げ、埃をはたきながらそう話す。


…ジョーキンス…

宏樹はその名前を忘れないように頭で復唱する。


「彼は『Black Prince』を手足の様に自在に操る傑帥で、集落の中でも伝説と評されるほどの力があった人物なんだ」

アルフは流れるように例の青年についての話を語らっていく。


「伝説、ですか。…実際、どれくらいすごかったんですか?」

青年が強いのだろうというのはなんとなく想像できるが、一応その実力の程を尋ねてみた。

すると驚きの返答が返ってきた。


「三日三晩もの間とある宿号と戦い続け、ざっと千体ほどの戦車を潰したことがあるな」

「せ、千体…!?本当ですか…??」

「うむ…」


…本当にそんな傑帥がいるのか…???

宏樹は話の規模があまりに大きすぎて、あまりそれに現実味を感じることができなかった。


そんな無茶苦茶な話への反応に宏樹が困っていると、アルフがまた口を開く。


「彼の功績は当然それだけではない。歴史上においても数えきれないほどの戦果を挙げ功績を残している」

「へぇ〜、そんなにすごい人物だったんですね〜」

宏樹はその“数えきれないほどの戦果”について、もう一度尋ねようとは思わなかった。


しかしながら、宏樹はその会話の中にある違和感を感じてふと尋ねる。


「ん?歴史上でって…。『Black Prince』は戦争では使われていないって出てきたんですけど…」


そう。宏樹は『Black Prince』が過去の戦争では一度も使われていないということを知っていた。

だからこそ、青年が歴史上で多くの戦果を挙げたという内容に、強い違和感を感じたのだ。


そんな疑問にアルフが答える。


「そうだろうな。彼の存在は歴史から消されているのだから」

「……え、消されて…?」

そんな重要なことをさらっと言われて、宏樹は言葉を詰まらせる。


「なんでも…彼は、あの忌まわしい戦争の引き金を引いたとされる、”とある部隊“に所属していたそうでな…」

アルフはゆっくりと歴史をなぞる様に話す。


「戦後、国の命令によって部隊に関する情報とその所属隊員は…文字通り、全て抹消されてしまったのだ…」

「抹消………それは」

その“単語”に嫌なものを感じて宏樹は立ち止まる。


「聞かないほうがいい…」

アルフからも、それ以上の前進を避けるよう助言された。




✳︎ ✳︎ ✳︎


戦争は残酷だ。


人も、物も。

全てが消耗品で思わず耳を塞ぎたくなる様な出来事が、さも当然かのように行われる。


こんな非合理的かつ非生産的なことを、なぜ我々人類は起こしてしまうのだろうか?


✳︎ ✳︎ ✳︎




それから束の間の沈黙が流れる…。


「…この出来事によって、彼の存在は無かったことにされ、出生から死没に至るまで…ほとんどの情報が今でもわからずじまいだ…」

アルフの声からは、孤独に似た寂しさのようなものを感じる。


「そういうことだったんですね…」

その話をただ静かに聞いていた宏樹は「Black Prince」の情報が出てこなかったことに納得した。


生きていた証すら残らないなんて、なんて非情なのだろうか。


「だが…今、最も重要なのは…お前さんがそのジョーキンスに会ったという事実だ」

ジョーキンスの過去について教えてくれたアルフは、次に宏樹が会ったその青年について事細かに尋ねてきた。


「口数が少なくて放任主義なところがあって…少し冷めたような性格でした」

「うむ…」

尋ねられた宏樹はその青年の様子について覚えていることを全て話した。


「見た目は同い年くらいの青年で…“英傑最終作戦”っていう聞いたことの無い技を使っていました」

「うむ…確かにその技は彼が使っていたものと同じだな…」

アルフは、宏樹の話の一つ一つに相槌を打ってくる。


しかしそんなアルフが、突然表情を曇らせてこう尋ねる。


「待て…お前さん今…青年と言ったか?」

「…え…はい。自分と同じか、少し上くらいに見えたので…」

宏樹は自分が見た通りの印象を、隠すことなくアルフに伝える。


すると彼は、曇ったままの表情で何かを考え始めた。


「……妙だな」

アルフがポツリと言う。


「妙…ですか…?」

その言葉に、宏樹は首を傾げる。


「ああ…。彼が我々の元から姿を消したのは今から約20年前にまで遡るのだが…」

アルフは目を閉じながら話を進める。


「…当時の彼の年齢は19だった」

そして再び目を開いて宏樹の方を向き、そう言った。


「え…ってことはもう40近いってことじゃないですか!」

「ああ、そうだ…。そのはずなのだが…」


…絶対おかしい!…あの声とあの見た目は、40手前には見えなかった…!!

それを聞いた宏樹は、なんだか自分が出会したあの青年のことが少し怖くなった。


…もしかしたら…自分は幻覚を見ていたのかもしれない…

そう思うとますます恐くなった。


「全くもって…奇妙な話だが…」

そんな風にやや戸惑っている宏樹とは対照的に、アルフがこう言った。


「今は、生きていたという情報が得られただけでも十分だ…」

彼にとっては年齢が一致しないという不可解は、大したものではないようだった。


…ん〜〜…モヤモヤするけどなぁ……

宏樹はそう思いながら、胸の前で腕を組み首を傾ける。

件の問題が解かれぬままで残されてしまったことに、何とも言えないもどかしさを覚える。


「もし彼が今もここにいてくれたら…我々はもっと違う道を歩んでいただろう…」

そんな気がかりを残したままの宏樹を置いて、アルフがすっと話を切り替える。


「って言うと…具体的にどう変わっていたんですか?」

宏樹もスパッと気を切り替えてその話に反応する。


するとアルフが大きく深呼吸をして喋り始める。


「彼がいれば…まず間違いなく宿号による被害は今よりも少なくなっていた…」


…宿号による被害…そうか…青年はめちゃくちゃ強いんだっけ…

先ほどの伝説が本当かどうかはわからないが、少なくとも宿号と戦うことができる力を彼は持っていた。


「それだけじゃない。宿号研究は今よりもずっと先へと進んでいただろうし、お前さんが欲している情報は既に周知のものとなっていただろう…」


…そういえば…宿号の研究もしていたんだっけ…

宿号に対する膨大な知見とそれと戦えるだけの強力な力。


「そう聞くと…確かにすごい人物ですね…」

「ああ…。今の都にとって最も必要な人材と言っても過言ではない…」

アルフの話からも、あの青年が優秀だと言うことがとても窺える。


…すごい惜しいことをしたな…

それを聞いた宏樹は、ますますあの時に彼から情報を聞いておけばよかったと、一瞬だけ思った。

しかし…


…でも…もう終わったことだよな…

また彼に会えると言う保証はどこにもないし、もし仮に会えたとしても宿号のことを教えてくれはしないだろう。


「宿号のことは自分で調べてみます!彼にそうしろと言われたので!!」

宏樹は未練を断ち切るかの様に、そうアルフに宣言した。


「ああ…。そうしてくれると助かるな…」

その宣言に、アルフはどこか申し訳なさそうな声で返事をする。


宏樹はそんな様子のアルフに何か一声かけようと思ったが…。


「長々とありがとうございました!失礼します」

一言、感謝の気持ちだけを伝えて部屋を後にした。

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