第18話 甘い蜜には抗えない
「はい!僕にできることなら何でもします!」
意を決して玲良の依頼を受けることにした宏樹。
「本当!?そう言ってくれると助かるよ〜」
その返答を聞いた彼女は、すごく嬉しそうに言った。
「それじゃあ、その…頼み事なんだけど…」
その後、彼女はすぐにその依頼の内容を話し始めた。
「私の代わりに、偵察任務を受けて欲しいの」
「…偵察任務?」
玲良が受けて欲しいと頼んできたのは、とある場所の偵察任務だった。
「それって…めちゃめちゃ難しいんじゃ…?」
宏樹は偵察なんてもちろん経験したことがないので、そう質問する。
「いや全然!そんなことないよ!」
だが彼女曰く、任務内容はとても簡単だと言う。
「敵と遭遇することは滅多にない安全な場所だし、もし遭遇してしまっても偵察が目的だから戦わずに撤退してもいい」
「戦わずに…ですか…」
…交戦を避けていいのなら…意外にハードルは低いのか……
彼はそれを聞いて、思ったよりも難しくなさそうだと思った。
そんな感想を抱いているところに、玲良がさらに付け加える。
「偵察自体は1時間程度で終わるから、あとは自由にしていて大丈夫だよ」
「1時間で終わるんですか…!?」
…確かに…それなら簡単そうだな……
敵とは戦わなくて良いし、時間もさほどかからない。
玲良の言う通り、それは簡単そうな任務だった。
「それなら今すぐにでもいきますよ!…ちなみに、その偵察場所ってどこですか?」
それを知った短時間で終わるのなら今すぐにでも行こう!と思って軽い気持ちでそう質問した…。
「場所はクビンクだよ。今の時期ならそんなに寒くないんじゃないかな」
「…え…え…???」
宏樹はそのあまりに斜め上な返答に絶句した。
「クビンク!?…ってあのクビンクですか…!?」
驚きすぎて、彼の頭は完全に思考停止していた。
「そう。その中でもヴォルグとクビンっていう二箇所の空世内が主な偵察場所だね」
「いやいやいやいやいやいや!!!」
宏樹は空回ってる頭から、なんとか言葉を捻り出した。
「なんでも受けるとは言いましたけれど…!!」
普通の高校に通う普通の高校生にとって、海外旅行をするなんてありとあらゆる面で無理がある。
「ロシア語なんて喋れないですし…!ましてやそこに行くお金なんて…!!」
そう思った彼は、いくらなんでもそれはハードルが高すぎると玲良に強く訴える。
「大丈夫大丈夫!そこら辺は心配しないでいいよ!」
しかし、そんな興奮する宏樹を玲良は優しく宥める。
「え…どうしてですか?」
宥められた当の宏樹は疑問に満ちた顔で、彼女にそう聞いてみる。
「この任務は都からお願いされている正式な任務なの。だから遂行にかかる費用は全て、都が負担することになっているの」
「…な、なるほど…。それは確かに良いかもですけど…」
それを聞いた彼は、一瞬だけ騙されそうになった。
金銭面の支援が受けられるなら、何も心配なさそうと思ってしまうが…。
「いやでも…結局ロシア語なんてわからないですし…難しいことには変わりないです…」
彼にはまだ、言語という簡単には超えられない壁があった。
すると…。
「もう一度言うよ?遂行にかかる費用は“全て”都が負担するの」
そんな宏樹に、玲良がさっきと同じ文言を繰り返し言い聞かせる。
「…???……………あっ!?」
その説明をもう一度しっかり聞き直して、宏樹はようやく彼女の言いたいことがわかった。
「そう!外国語が喋れないなら、ガイドをつければ良いじゃない!!」
玲良がその風貌にとても似合っている、ナイスでラグジュアリーな提案をしてくれた。
「確かに…それなら問題はなさそうですね」
とても綺麗に決まった彼女のプレゼンに、宏樹は思わず納得してしまう。
「でしょでしょ?」
これで晴れて任務を受ける上での障壁は全て取り除かれたかに思えたが…
彼にはあともう一つだけ、払拭しておきたい不安があった。
「ただ僕…今まで海外になんて行ったことがなくて…一人で行くのは………」
そう。いくらお金によって諸々の問題が取り除かれたとはいえ、行く先は宏樹にとって未知の土地。
「少し心細いというか…」
ちょっとわがまますぎるかな?と頭によぎりはしたが、何か”事“が起こってからでは手遅れだ。
そう思った宏樹は、抱えている不安を包み隠すことなく正直に伝えた。
「まあ…。確かにそうだよね……」
そんな宏樹の心のうちを知った玲良は、思いもよらぬ返答を返してきた。
「それなら、友達なんかを一緒に連れて行くと良いんじゃないかな?」
「…えっ!!?…そんなの良いんですか…!?」
宏樹は目を見開いて彼女のことを見る。
「もちろん!私も初めの頃は不安だったから、安奈についてきてもらっていたし」
「へぇ〜…それなら心細さはだいぶ紛れますね!」
宏樹は目をキラキラさせて喜びを表現する。
「え!それってもちろん、傑帥の資質を持った人じゃないとダメなんですよね?」
喜びで少しハイになっていた宏樹は、その勢いのままダメ元でそう聞いてみると…。
「任務に支障をきたさないのなら、基本的に誰と行っても問題ないよ」
「…えええ!!?…マジですか…!!?」
驚きの返答に、宏樹は嬉しすぎてまたしても大きい声を出してしまう。
「高校の友人でもですか?」
「うん!大丈夫だよ」
そんな宏樹は、調子に乗ってどんどん条件を追加していく。
「複数人でも…?」
「う〜ん…。できれば少人数のほうがいいけど…」
…あ…やっぱりダメだよな……
流石に注文しすぎたか…と思ったが…。
「君が受けてくれるのなら、今回だけは数人くらい許可するよ」
「ほ、本当ですか!?」
特別にOKを貰えてしまった。
「でも玲良さん…。これってもうほとんど旅行みたいになってしまいますけど…!本当に…いいんですか……?」
宏樹は初めの偵察任務からだいぶ中身が変わっていることに気がつき、念の為にもう一度確認を取る。
…いくら正式な任務とはいえ、人のお金で旅行なんてそれは……
あまりに美味しい話を前に、つい甘えた思考に自我を乗っ取られそうになってしまっていたが…。
…友達なんて誘ったら、金額はバカにならないだろうし………
誰しもが持つ人としての良識が、最後の最後で彼をストップさせた。
「そうだね。任務は任務でしっかり果たしてもらわなきゃだけど、余った時間は観光に費やしてもいいよ」
「本当に、良いんですね……!!」
しかし、そんな宏樹も玲良がそう言ってくれたことで、ようやく体を縛り付けていた鎖を地面に落とした。
…これマジか………いやいやいや!これマジか…!!
嬉しすぎるせいか一周回って冷静になる宏樹。
しかし…。
…あの時の話が実現しちまうじゃねぇかおい…!!!
その話の大きすぎるインパクトが、またすぐに宏樹を冷静でいられなくさせてしまう。
それもそのはず。
宏樹は少し前に、仲の良い友人と海外旅行を夢見る話をしたばかりだった。
そんな時に、こんなにタイムリーな話が舞い込んできたのだから冷静でいられる訳がない。
「え〜っと…その反応は、任務を受けてくれるってことでいいのかな?」
…旅行に行けるってなったら、あいつら絶対喜ぶじゃん…!!
すっかり冷静さを忘れてしまった宏樹は、玲良をほったらかしにして考える人のような姿勢で考えを巡らせていく。
「ちょっと!?聞いてる??」
「あ!……す、すいません…!!」
玲良に軽くこづかれてやっと気がつく。
「それで…この任務、受けてくれる?」
宏樹は玲良からそう選択を迫られる。
「え〜と、いつまでに回答すれば良いとか…ありますか?」
旅行をするとなれば色々と前準備が要ると思った宏樹は、今すぐに回答するのは無理だと悟りそう伝える。
「う〜ん…そうだね。任務期間が7月いっぱいまでだから、それまでに決まりそう?」
「7月いっぱい…はい!問題ないと思います!」
宏樹はそれなら間に合うな…。と思ってそう答える。
「本当!?じゃあ、決まったら早めに教えてね!」
「はい!」
こうして、ひょんなことから夢にまで見た海外旅行に行く機会を手にした宏樹。
彼は玲良の連絡先をもらってからすぐ、飛ぶような足取りで図書館を後にした。
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