第22話 射撃訓練が始まる
翌日の早朝
「おはよう。昨日はしっかり眠れたかしら?」
「はい!おかげさまで」
それぞれ英傑へと乗り込んだ宏樹と安奈は、また訓練場へと向かっていた。
ただ今日の訓練はコースを走ることではない。
「ここよ」
あんなに連れられて向かった場所に広がっていたのは、この間遠目から見えたあの赤く丸い円盤がいくつか設置されている広大な土地だった。
「見ての通りここは射撃訓練場。通常の戦車はもちろん、自走砲や駆逐戦車なんかの車両もここでの訓練を行なっているわ」
安奈の説明を耳に入れながらその広場を少しばかり移動していると…。
ドドッッンン!!!バゴッオン!!!
左耳に2発の激しい砲撃音が入って来た。
見てみると見慣れない二両の戦車が、あの赤い丸に向かって砲撃をしている姿があった。
「あれは…?」
「右が『T20』左が『T21』ね。どっちもアバディーンの車両だけど、分類はそれぞれ中戦車と軽戦車で分けられているわ」
「へ、へぇ〜」
…ぱっと見でわかるの!?…すごっ…!?
砲撃音もさることながら、安奈の恐るべき知識量と観察力にはもはや返す言葉が見つからなかった。
「それじゃあ、ここら辺で曲がりましょうか」
宏樹は安奈からの指示を受けてその場で左折した。移動中にこれから行う訓練について安奈が詳しく話してくれた。
「最初は50m地点からの砲撃を始めましょう。それから徐々に距離を伸ばしていくわ」
「50mかぁ、思いのほか簡単そうですね」
宏樹は体育テストでたびたび走る短距離の50m走を思い浮かべながら、そう呟いた。
「簡単…ね。そのセリフ覚えたわよ」
「え?どういうことですか?」
「まあ、これからわかるわ」
彼女はそう言ったっきり、なにも返してはくれずただ前を向いたまま進み続けた。
そうしておよそ3分くらい走った頃、正面に見える丸い円盤がどんどん近くなって来た。
「ここら辺でいいわ。停まりましょう」
安奈がそう言いながら減速し始めたのに続いて、宏樹も速度を落としその場に停車した。
「あれに当てるんですよね?」
「そうよ、あれに向かって射撃するの」
円盤はおよそ1mくらいの大きなもので、射撃位置さえ間違えなければそう外すこともなさそうな目標だった。
…あれに当てればいいんだな………
目標がわかった宏樹は間髪入れずに安奈に尋ねる。
「早速撃ってもいいですか?」
「ええ!周囲の安全を確かめたら早速射撃を始めて!」
彼女はそう言うと少し離れた位置へと移った。
…あんな大きな目標に…簡単!
そう考えた宏樹はあることを思いついた。
「宏樹君?何してるの…?早く撃って…!」
「もう少しだけ下がって撃ってみます!」
宏樹はバックして100mほどのところからの射撃を試みようとした。
…本当に当てられるのかしら……
と言うような顔で安奈がこちらの方を見ているのをよそ目に、宏樹は目標へと狙いを定め僅かに砲を仰がせた。
ッッッ!!!ドッゴゴゴーーーン!!!!!
直後に宏樹の英傑「KV-2」の主砲が火を噴いた。
とてつもない轟音が響き、辺りには
しばらく白煙が消えるのを待っていると、煙の中を安奈が進んで来た。
「やっぱりすごい音ね、その主砲は」
「え?そうっすか…?」
宏樹は自分のことでもなんでもないのに、なんだか褒められたような気持ちになった。
そんな会話をしていると徐々に白煙も消えてゆき、目標物を視認することができた。
「安奈さん!当たりました!!」
宏樹は目標物が大きく飛ばされて転がっているのを発見して、嬉しそうにそう口に出した。
ところが、それは思い違いだったことを知る。
「いや、あれは命中していないわ」
「え!?でも…大きく飛ばされてますよ?」
宏樹がそう言うと安奈は目標の方を指差して、言った。
「一度確認に行ってみましょうか」
「…はい」
そう言う安奈にしぶしぶついて行くと、そこには…。
「これを見て」
安奈は10m以上も飛ばされていた目標を指差しながら解説を始める。
「もしあなたの砲弾が直撃したのなら、木でできている目標の原型が残っているというのはあり得ないはずよ」
「確かに…言われてみれば…」
安奈のいう通り、命中したと思っていた目標物には飛ばされた時についたと思われる傷こそあったが、形は置かれていた時のまま残っていた。
それに加えて安奈は目標物が元あった場所を指差した。
「あれを見てみて」
安奈が指差した目標が置かれていた石の土台の付近には、まるで巨大な蟻地獄かのように大きく空いた穴が残っていた。
「そう、あなたの主砲から撃ち出された砲弾は、目標付近に着弾。その衝撃で目標物は遠くに飛ばされ、このクレーターの跡だけが残った」
「な、なるほど…」
…やばい…クソ恥ずかしい………
説明されればされるほど、状況証拠が整っていくもので宏樹はドンドン恥ずかしくなった。
何せ普通に外したのではなく、少々慢心してかかってからのこれであるから、宏樹は余計に恥ずかしさを覚えた。
そんな宏樹に…。
「まあでも、初の射撃にしてはそこそこ良い線を狙えているんじゃないかしら」
というのも、安奈は宏樹が乗っている「KV-2」は主砲の威力こそ強いものの精度が劣悪で、宏樹は50mからでもまともに当てられないと思っていたのだそう。
「そうなんですね!」
「ええ。だから次は調子に乗らず、50m地点から始めましょう」
「は、はい…」
安奈にそう諭された宏樹は再び射撃位置へと引き返し、まず50m地点からの砲撃を行った。
✳︎ ✳︎ ✳︎
それからは100m…200m…300mというように、段階的に射撃距離を伸ばしながら訓練を重ねていった。
「すごいわね、こんな距離からその精度の主砲を扱えるなんて」
流石に1回目の挑戦ではなかなか命中しなかったが、数回数十回と繰り返していくうちに、宏樹は距離に対する砲の仰角度が直感でわかるようになり1000mに到達した頃には、命中率80%を軽く超えるほど射撃が上手くなっていった。
「操縦の訓練の時から感じてはいたけれど…これほどとはね…」
この予想外の適応には安奈さえも驚きと感心を隠しきれずにいた。
特に宏樹はものを狙ったり銃を扱うゲームを遊んだりしたわけではない。
おそらく風に…いや、鉛に愛されているのか彼が放つ砲弾は驚くほど素直に、狙った場所へと飛んで行くのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そうして射撃の技術をある程度まで習得した宏樹は、次のステップへと行くため更なる訓練を受けることになった。
「さっきの訓練では、止まっている目標に対して訓練を行ったけれど、それはこの場所限りの話」
彼女はそう言いながら左手を上げ、人差し指を伸ばした。
「あなたにはもう一つ上の射撃を学んでもらうわよ。少し待っていてね」
そう話しながらなにやら胸元をゴソゴソとし始めた安奈は、あるものを手に取った。そして…。
ヒュー〜〜〜………ドドッーーン!!!
「え!?花火…?」
彼女は胸ポケットから筒のような何かを取り出してそれを上空目がけて発射した。
「これは発煙弾。花火とは別物よ」
「あ、そうなんですね…」
そんなやりとりをしていた時…。
「ほら、見てあそこ」
「え!?いつの間に…?」
安奈が見つめる射撃目標の辺りに、さっきまでいなかったはずの動いている戦車が姿を現していた。
「次の訓練の内容は動いている目標を狙う『偏差射撃』よ」
「あの戦車を狙うってことですよね?いいんですか?」
「ええ、人は乗っていないから安心して。では早速始めましょう」
宏樹は安奈に言われた通り、射撃場を左右に行ったり来たりしている戦車の方へと砲塔を回した。
止まっている目標に当てるのと違って難易度は格段に上がっているから、さっきの時と同じようにはいかない。
そのことを重々理解している宏樹は深く息を吸って気持ちを落ち着かせ、慎重に慎重に狙いを定めた。
そして、ここだ!と思った瞬間宏樹は砲撃を行った。
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