第21話 度重なる試練



「次はあれを登るわよ」

そう告げる安奈の横に移動した宏樹は目を疑うような光景を目にする。


「え…?!?あれを登るんですか!?」

大体200mくらい先に佇む小高い丘の中に、そそり立っている壁のようにしか見えない道が丘の頂上の方まで伸びていた。

「あれを登るなんて…冗談、ですよね?」


宏樹がそう言って口を開けながら安奈の方を見つめると、彼女は少し笑みを含んだ声で言った。

「ふふっ。まさか君、あれを壁かなにかと勘違いしてるの?」

「え…?違うんですか?」

宏樹が安奈にそう問い返すと…。


「今からわかるわよ」

…え…?どういうこと…??

彼女の発言から少しすると、どこからともなく軽い発動機の音が聞こえてきた。


宏樹が後ろを振り返ると、そこには同じく訓練をしているだろう人が乗った戦車がこちらに向かってきていた。

「どうも安奈さん!」

「どうも」


安奈に挨拶をしたのはアバディーンの「T82 HMC」を操縦している若い女性だった。

「彼女の動きを見ているといいわ」

彼女は横を通って走り抜ける「T82 HMC」の方を向きながらそう言った。


宏樹がその言葉に従って壁の方へ向かって行く戦車を見ていると、なんと壁だと思っていた道を戦車が登り始めたのだ。

「登ってる〜!!!」

宏樹は驚きながら安奈の方を向いた。


「なんで登れてるんですか!?…やっぱり…見えない力とか、ですか?」

宏樹が興味津々に尋ねてみると…。


「いいえ。あれは目の錯覚で壁のように見えているだけなの」

「錯覚…!なるほど…!!」

安奈によるとあの坂は実際には普通の坂なのだが、丘の頂上にまっすぐに伸びていたり、周りが木で覆われていたりするために遠目から見た時、あたかも大きな壁のように見えてしまうのだそう。


「あなたの住んでいた世界にもかつて”そのような道“があったはずよ。今は戦争で失われてしまったのだけど」

「へぇ〜。そんな道があるんですね」

思ったよりもあっけない理由に、宏樹が納得していると…。


「それじゃあ、早速向かいましょう」

「…はい!」

彼女はそう言って白煙を上げながら英傑を発進させ、宏樹もそれに続いた。


前に進むにつれて道の全貌が少しずつ見えてきたのだが、それは言われた通り壁でもなんでもない普通の坂道だった。

「これなら問題ないですね!」

「いや、確かに普通の戦車ならこれでもいいのだけど…」

「何か…問題があるんですか?」


坂道は自転車なら降りるのを強制されそうなくらいの傾斜がかかっているのだが、機動性の低い戦車は道の真ん中で止まってしまうことも珍しくないと言う。


「それじゃあ…もしかして僕の戦車って…」

「そうなの…どちらか、と言われればね」

宏樹の乗る英傑「KV-2」は異様に砲塔が大きく、安奈の英傑「Panther」に比べて機動性は低い部類に入っている。


「じゃあ、僕はこの道を走れないんですか?」

ちょっぴり怯える彼に安奈がある提案をした。


「そこで、私とあなたの戦車を繋げる手段をとるのよ」

そう言って英傑を降りた安奈は、車体からロープを正面に下ろすよう宏樹に指示した。


言われるがままに車体後方に散乱しているロープを宏樹が前に持って行くと、そのロープを「Panther」の後ろのフックへと取り付けた。

「おお〜これなら安心ですね!」

宏樹が英傑から降りて正面へと回ってみると「KV-2」と「Panther」が2本のロープで繋がれていた。


「それじゃあ、早速登るわよ」

「はい!わかりました!」

宏樹は安奈に言われるがまま英傑へと乗り込み「Panther」の援助を借りながら坂道を登り始めた。


「大きく傾くから落ちないよう気をつけて!」

時速は大体15kmくらいしか出ていないのだが、いつもよりも後ろに引っ張られる力が強いため、がっちりと捕まっていないと何かの拍子に飛ばされていきそうだった。


それからおよそ3〜4分くらい走ったあたりで安奈が声を上げた。

「もうすぐ頂上に着くわよ!」

その声がした時、安奈の英傑がふっと視界から消えた。そして…。


「うぉう!!?」

坂道と平坦な道は分け目がハッキリしており、急に平坦な道へと戻った反動が足に伝わってきた。


丘の頂上へと着いた二人は英傑から降り、繋がれたロープを外してしばらく前へと進んだ。すると…。

…ここは…?

林の道の途中にアスファルト舗装された駐車場と、いくつかの建物が並ぶ見たことのあるような場所が見えてきた。


「まるでパーキングみたいですね」

「そうね。ここはラウンジって言って、お手洗いを済ませたり軽い食事を取ったりできるわ」

名称は異なるようだが、ほぼ高速道路のパーキングエリアと同じような場所のようだった。


そんな休憩スペースを通り過ぎると、またしても殺風景な林の道へと戻った。

「さあ、登りの次は下りよ」

立ち止まった安奈の横へと並ぶと、またしてもまっすぐに伸びる下り坂がヌッと現れた。


「登りと比べるとなだらかだけど、操縦を誤ると横転したり脇に突っ込んだりするから気をつけて」

彼女はそう言うと宏樹を置いてけぼりにして、一人坂を下っていった。


…まじか…。いや!でも行くしかない……!!!

宏樹はその注意喚起に怖気付きながらも、己に鞭打っていざ坂道を下り始めた。


「うおおおおお!!!!速い速い速い!!!」

速度は大体50kmほどは出ているだろうか?なんとか車体のコントロールは効くものの、確かにこれは操縦をミスるとまずいことになると肌で感じた。


だが、そんな下り坂も1分くらいで終わりを迎え、なんとか無事に丘を下ることに成功した。

「下りられたの?なかなかいい腕してるじゃない」

「そ、そうですか?」

下り坂の先で待機してくれていた安奈は、宏樹の動きを高く評価した。


「ええ、この坂を初見で下り切った人はこれまでの訓練の中でも数える程度しかいないわ」

「へぇ〜。たまたまですよ〜きっと」

宏樹はまだまだ未熟だと謙遜しながらも、褒められて笑みを浮かべた。


「ではその調子で最後まで走り抜けましょう」

「はい!」


宏樹はまた安奈の先導へと着いて行きコースを走り始めた。

「それじゃ最後の悪路、段差道を走るわよ!」

彼女がそう言うと、コースの先に等間隔に並べられた細長い石の段差が見えてきた。


「なるべく減速せずに走り抜けるから、振り落とされないように!」

「わかりましt…って…」

…うわおうわお!!揺れすっごっ……!!!


いざ段差道に突入すると段差を超す衝撃で、英傑の車体は激しく上下に揺れた。

そのせいで先ほどの坂道の時と同じように、砲塔の縁をがっちり持っていないと最悪車外へと放り出されそうだった。

さらに、この悪路が厄介なところもう一つある。それはカーブ道だと言うことだ。


…けっこう…!操縦…!!し、づ、ら、い、な…!!!

ただのカーブならいざ知らず、この段差道では足が取られてしまい正確に操るのが困難だった。


…まずい!まずいぃぃ!!

ここまで順調だった宏樹でもこの容赦ない段差道にはかなり苦戦し、たびたび蛇行してしまっていた。

「もうすぐ終わるわよ!」

彼女がそう言うとやっとのことで段差道を走り抜け、気がつくと始めのスタート地点へと戻ってきていた。


「完走お疲れ様!大…丈夫…?」

「はい…大丈夫です」

宏樹は上下左右への激しい揺れのせいで、やや車酔いを引き起こしていた。


「大丈夫…じゃなさそうね、少し休憩を挟みましょうか」

「ありがとうございます…」


✳︎ ✳︎ ✳︎


それから1時間ほどの休憩を挟んだ宏樹は、日が暮れるまで何度もその訓練コースを走った。

時に泥道で足を取られてしまったり、時に雑木林に突っ込んでしまったりと。

今思い返せばなかなかにハードな訓練を、ただひたすらこなした。


また、宏樹は同じく訓練を受けている都の人といつのまにか仲良くなった。

あの「T82 HMC」に乗っていた女性とも仲良くなり、共にコースを走るのは中々に楽しい時間だった。

泥に足を取られた時はロープで救出したりされたり、一緒に丘上のラウンジでお昼を食べたりと。

まるでテーマパークのお化け屋敷で、見知らぬ人と仲良くなってしまうかのような…。



良い意味での非日常がそこには溢れていた。

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