第20話 コース走行開始
走り始めること数分。宏樹はようやく操縦の訓練ができる専用コースのスタート地点へと到着した。
「すごーい!!!こんなコースあるんですね!」
8の字のような形をしたコースには中央に小高い丘があり一方は丘を越える峠道のルート、もう一方は狭いトンネルを通るルートという、なかなか作り込まれたコースだった。
「それじゃぁ早速走るわよ?準備はいい?」
安奈はそう言ってコースに目を光らせる宏樹にそう声をかけ、コースを走り出した。
「はい、僕も行きます」
宏樹もそれに続いて英傑を発進させた。
しばらく風を感じながら走っていると安奈がコースの説明をしてくれた。
「このコースは長さが15kmあって、英傑の種類でも変わるけど、大体25分から1時間くらいかけて走るわ」
へぇ〜15kmかぁ…、って、え?
「15km!?そんなにあるんですか?」
「ええ…。そうだけど…?」
それを聞いた宏樹は目を丸くして驚いた。
操縦の訓練だと聞いていたからてっきり、自動車学校のような場所だと勝手に考えていたのだ。
「あぁ〜、なるほどね」
それを安奈に伝えると彼女はなんとなく理解してくれたようだった。
「もちろん、あなたの世界にある車の学校のように、カーブや細い道。登り下りの峠道もコースに含まれるわ」
彼女は、軍帽を左手で押さえながら説明を続ける。
「でも、コース中にはそう言った学校では絶対に出てこない、泥水道や倒木道と言ったいわゆる悪路があえて用意されてるの」
「なるほど、それは確かに見たことないです…。でもなんでそんな道がわざわざ用意されてるんですか?」
宏樹は真っ先にそう質問した。別に舗装されたアスファルトでも操縦の訓練くらいならできるのでは?と思っている宏樹にとって、わざわざそんな道が用意されているのは不自然に感じたのだ。
宏樹が飛ばした疑問に安奈は答える。
「そもそも履帯というのは、そう言った悪路を突破するために作られたものなのよ」
戦車というものは本来、塹壕と呼ばれる防衛のために掘られた溝を突破するために開発された兵器であると言う。
そのため、ある程度の悪路はコースの中に必要であり、そこで訓練を積むことで実践でのミスを防ぐと言う狙いがあるのだそう。
「そうなんですね…でも」
彼女はそう説明をしてくれたが、宏樹はある一つの懸念を抱えていた。
「もしぬかるみとかがあって、ハマってしまったらどうするんですか?」
宏樹が初めて戦車について検索サイトで調べていた時、ぬかるみにハマって動けなくなってしまった戦車の映像をいくつか目にしていた。
だからこそ、宏樹は少しばかり気になっていたのだ。
「そういうことね」
安奈はその疑問に優しく答えてくれた。
「そういうときは、助け合いの気持ちが大事なの」
「助け合い…ですか?」
「そう!」
そういうと彼女は宏樹の乗るKV-2の車体全面に取り付けられた、鼻ピアスのような丸い突起物を指差して言った。
「あの輪っかにロープを取り付けて、他の戦車に引っ張ってもらって脱出するのよ」
「あ!なるほど!そのためのロープだったんですね!!」
宏樹は安奈からの説明を聞いて、ピンときた。
初めて英傑であるKV-2の車体天板に乗ったとき、車体を取り巻くようなロープに引っかかってしまいそうになった記憶があった。
その時は一体なんのためのロープなのか分からないでいたのだ。
「まあぬかるみにハマるっていうのは、そう簡単には起きないから安心して。頻繁に起こってたら履帯を履く意味がないもの」
…確かに…言われてみれば……
「だから、あまりビクビクせずに走りましょう」
「はい!」
彼女はそういうとやや速度を上げた。
それから10分ほど走っていると、安奈の説明のとおり小高い丘を貫く狭めのトンネルが見えてきた。
「あれを通るんですか?」
「ええ、そうよ」
トンネルはおよそ幅5mくらいの道で、通常の車同士ならなんとか離合できそうなトンネルだった。だが…。
「あの高さ、通れるんですか?」
「ええ、通れるわよ」
そう、問題はトンネルの高さだった。
およそ見積もって4m弱くらいしかない。
…絶対頭が削れそうだけど……
宏樹が乗っているKV-2の車高は3m後半はあるため、砲塔から頭を出していたら最悪天井に頭を持っていかれかねない。だが…。
「平気平気!あなたの戦車と同じくらいの車高の戦車だって何度もここを通っているわ」
安奈はそう言い張った。
「ほんとに大丈夫なんですか!?」
彼女曰く宏樹がこの訓練場に来る前には、ルゾンテの「O-I」やムンストの「Maus」などなど。
いわゆる「超重戦車」と分類されている、桁外れなサイズの戦車もこの道を通ったことがあるそうで、安奈は顔色ひとつ変えることなくトンネルへと向かっていった。
宏樹はそんな安奈の言葉を信じて彼女の後ろをついていきながら、トンネルへと突入した。
「ね?言った通りでしょ?大丈夫だって」
「確かに…案外余裕ですね…」
遠目からだと天井スレスレのように見えたが案外天井との間は確保されており、壁面や地面もしっかり舗装されていることから比較的通りやすいトンネルだった。
「ルゾンテの戦車なんか大きすぎてヒヤヒヤものだったのよ?それに比べたらクビンクの戦車はまだマシよ」
安奈によると、ルゾンテの『O-I』という戦車は全幅が5m弱もあるそうで、特にカーブを曲がる際はかなり神経を使ったとのことだ。
「あれは私でも最大の難関だったと思うわ」
「それに比べたら、確かに僕のは全然マシですね」
そんな安奈の苦労話を聞きながら、およそ5分くらいトンネルを走っているとようやく出口が見えてきた。
…うわ!眩しっ…
トンネル内が数少ないランタンの光だけで照らされていて薄暗かったからか、外に出た宏樹は眩しさで思わず顔を顰めた。
そんな風に宏樹が目を瞑っていたその時…。
「眩しがっている暇はないわ、次は悪路道よ」
安奈からの声が聞こえた瞬間、急に地面からの揺れが強くなった。
「うわ、やば!」
宏樹が目を開けるとそこにはたくさんの枝や朽ちてバラバラになった倒木が転がる道が広がっていた。
「ここは倒木道。蟻に食われた廃材なんかを利用して作られた悪路ね」
「なるほど!」
宏樹は揺れながらもなんとか安奈の説明に耳を傾けていた。
5分ほど倒木道を走り続け、カーブを抜けると再び直線道へと戻ってきた。すると…。
「さあ、次も来るわよ!」
倒木道を抜けた先には、水たまりがちらほらできた泥水道がやってきた。
「うわ!なんか操作しづらい!」
宏樹は思わず声を上げた。
「スタックする心配はないけど、泥道では足がとられやすいから気をつけて!」
彼女はそういうと、宏樹を置いていくかのように加速してどんどん前方へと走っていった。
…え?加速するの!?この状況で…!!?
宏樹が安奈の動きを理解できないでいると、彼女が手で下を見てというサインを送ってきた。
…下…?…!あっ!!
そう、宏樹はあることに気がついた。
…おお!全然違う!!!
それは安奈の英傑が通ったことでついた轍の道が、非常に走りやすいということだった。
…賢いんだなぁ安奈さん…!
そんな安奈の博識ぶりに宏樹が感心しつつ走っていると、泥水道も終わりを迎えやっといつもの土道へと戻った。
ずっと先を走っていた安奈が停車していることに気がついた宏樹も彼女の隣で停車した。
「さっきの手信号の意味はわかったかしら?」
「はい!いつもよりもずっと走りやすかったです!」
安奈はそんな宏樹に、これから誰かの前を走るときは同じことをやってみるといいわと助言を渡した。
安奈による豆知識講座を挟みつつコースの半分を走り終えた宏樹。
そんな彼の前には、新たなる試練が立ちはだかった…。
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