第23話 少年が極悪人!?



宏樹が狙いを定めて撃った砲弾は、動く戦車へと向かって一直線に飛んで行った。


ガゴッン!!!

直後、金属同士がぶつかり合う鈍く重厚な音が聞こえた。

煙が晴れるとそこには動かなくなった戦車の残骸があり、安奈がその横にいた。

射撃した宏樹がそこへ向かうと…。


「まさか、初弾で……」

「当たった…んですよね?」

「ええ…」


先に残骸を確認していた安奈は、宏樹の放った砲弾が動いている戦車の車体へと命中したことを確認していた。

「これってすごいこと…なんですか?」

「んー……移動目標に対して初弾を当てられる人は今まで見たことがないわ…、けど、もう少しデータが欲しいわね」

安奈曰く、今の射撃を当てたことは確かにすごいことなのだが、マグレ当たりという可能性も捨てきれないから、もっともっと回数をこなして欲しいとのことだ。


それから宏樹はさっきの射撃と同じように数回数十回と移動目標を狙った偏差射撃を行った。

最初こそ命中率は低かったものの、回数を重ねていくごとに主砲の癖を把握していった宏樹は、砲弾を少しづつ当てられるようになった。


「30kmで走っているから…ここだ!!」

そして、最終的には静止目標を撃つ時と比べ、ほとんど変わらない命中率を叩き出すほどの射撃ができるようになっていた。

「精度の割には、いい命中率ね。若いのに感心するわ」

宏樹が持つポテンシャルの高さは、指南をしてくれている安奈からも一目置かれるほどだった。


それからある程度の射撃訓練を終えた宏樹は、訓練を一度中断して昼食を食べることになった。

昼食は商店街で見かけた古い料亭で安奈が取ってくれた出前だそうで、ありふれた川魚定食だったが味付けがよくてとても美味しかった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


そうして昼休みから戻った宏樹は、午後からの訓練に参加した。

宏樹が指定された訓練場所へと行くと…。


「あら、早かったわね」

そこには英傑「Panther」に乗った安奈と、何やら複数の建物が立ち並ぶ変わった訓練場があった。


「安奈さん、この建物は一体なんですか?」

「ん?あ〜これね」

安奈は宏樹からの質問にゆっくりと口を開く。


「これは身を隠すための遮蔽物よ。あなたにはこれからこの射撃場を使ってとある技術を学んでもらうわ」

宏樹は少しの間を置いて安奈に尋ねる。

「その技術っていうのは…なんですか?」

「それはズバリ、防御姿勢よ」


彼女は声高らかにそう言った。

「射撃というのは何も、棒立ちで相手を狙っている余裕があるものじゃないの。当然、反撃を受けることだってあるわ」

安奈の声がさっきよりも低く重みが増したからか、宏樹は緊張して唾を飲み込む。


「だから時には建物で身を隠し、またある時には相手の攻撃を防いでやり過ごさなくちゃならない」

安奈は素晴らしい射撃ができる宏樹にこそ、この技術は習得して欲しいと語った。


「でも、撃たれる前に相手を攻撃すれば問題ないんじゃないですか?」

宏樹はその防御姿勢というものに対しさほど必要性を感じていなかったが、彼女はその技術の重要性を熱く語った。


「確かに戦場においては、装甲よりも機動力や火力というような風潮があるけれど、あなたや私のような場合そうはいかないの」

彼女は英傑「KV-2」と英傑「Panther」の二両を指差して続けた。

「万が一砲弾を外した際、逃げる足がない車両が唯一身を守る術、それが防御姿勢なのよ」

彼女はそう言いながら「Panther」へと乗り込んだかと思うと…。


「そこで待っていて」

と言って、少し離れた地点へと移動した。


「安奈さん、一体何をするんですか〜?」

宏樹がそう声をかけると、安奈が大きな声で言った。

「私の『Panther」を、あなたの主砲で撃ってちょうだい!」

「…え?…え!??ど、どう言うことですか……!!???」

宏樹は安奈が言っている言葉の意味がまるでわからなかった…。



撃つの…!?安奈さんを…!???俺が…!??!

宏樹は言われるがまま「KV-2」に乗り込んだはいいものの、未だに安奈が言っていることを受け入れられなかった。

「弾きの実演をしたいから、さあ!撃って!」

と言われたのだから、きっと彼女の戦車に向かって砲撃をすればいいのだろう。


ただ、本当に「KV-2」の砲撃が直撃してもいいのだろうか?と言う迷いがあった。

「何を怯えているの?さっきと同じように撃てばいいのよ!」

「は、はい!」


…っ!しょうがない!!もうやるしかない…!!!

宏樹は安奈に言われた通り「Panther」の車体に狙いを定めた。そして…。


「KV-2」が轟音と共に発射した砲弾は、白い煙の中を真っ直ぐに突き抜けて行った。

宏樹は射撃をするや否や、直ちに前進し安奈がいた方向へと走り出した。

「安奈さん!」

宏樹は真っ白の煙で何も見えない中を、ただまっすぐ進んで行った。


…安奈さんは無事だろうか…?無事じゃなかったら、僕は極悪人だ…!!!

宏樹はまるで辺りに立ち込める白い煙のように、頭の中を嫌な予感に支配されかけていた。

…いや!きっと大丈夫…!安奈さんなら…!!!

宏樹は頭に浮かぶ予感を振り払うように、速度を上げた。その時…!


「っ…!安奈さん!!」

正面の煙の中に突然「Panther」が姿を現した。宏樹が急いでそこへ駆け寄ってみると。

「やっぱり、すごい威力ね」

そこには、軍帽が被った土埃を払い除ける安奈の姿があった。


「無事でよかったです…」

「心配してくれていたの?」

「はい…」

宏樹が頭をさすりながらそう伝えると安奈は一瞬だけ微笑んで、自身の乗る「Panther」の車体を指差しながら話した。


「しっかりと砲弾を防いでいるから、無問題よ」

彼女が指差した「Panther」の車体正面には「KV-2」の砲弾が直撃したであろう着弾痕が残されていたが、装甲が少し抉れているだけで貫通はしていなかった。


「すごいですね、どうやって弾いたんですか?」

「そう難しいことじゃないわ」

そう言って彼女は、宏樹の乗る「KV-2」の正面へと周り言った。


「見て、私の車体」

「……?…あ…!もしかして、角度ですか?」

「そう!正解ね」

安奈は「Panther」の車体を右回りに振っており、先ほどの弾痕が正面向かって右下から左上へと付いている訳がわかった。


安奈曰く、この車体を11時か13時の方向に軽く振って砲弾を弾く技術のことを「昼飯の角度」または「昼飯」と言い、これを覚えておくと棒立ちでは抜かれてしまう砲弾も弾き返す可能性がグッと上がると言う。


「特にあなたの場合、ある程度の装甲があるからと慢心せず、敵の攻撃を受ける時は意識して使ってみるといいわ」

「…はい!わかりました」

安奈は宏樹にそうアドバイスしながら、弾痕を修繕した。



「それじゃあ、次はもう一つの防御姿勢を教えましょうか」

「他にもあるんですか…?」

「ええ。と言っても次の防御姿勢はあまり使うことはないのだけれど…」

呟くようにそう話す安奈について行くと、彼女はとある建物の近くで足を止めた。


「今から教える防御姿勢は俗に『豚飯の角度』または『豚飯』と言われている姿勢よ」

「ぶた…めし?」

宏樹は近所のスーパーに売っているようなカルビ弁当を想像していた。


「まあ見ていて」

安奈はそう言って建物に対して垂直になるように英傑を停車させた。


「まず前提として、この建物の向こうに置かれた目標を敵だと仮定するわ。そして…」

彼女は少しだけ英傑をバックさせ、車体を15℃ほど左に回転させた。

「この状態で少しずつ下がって行くの」

そう説明しながら安奈が後退していくと、彼女の英傑は少しずつ建物からはみ出して行きその主砲が目標を捉えた。


ドドッン!!!

「Panther」に搭載された強力な75mm砲が発射した砲弾は、一直線に目標へと飛んで行きそれを木っ端微塵にした。

「とまあ、このように遮蔽物をうまく利用して被弾面積を小さくするのが、この防御姿勢の特徴ね」


このやり方をうまく使いこなせれば、側面の装甲によって敵の攻撃を防いだり、相手のミスショットを誘発させたりできるのだそうだ。

「市街地や遮蔽物があるところでしか使えないけれど、覚えていたら使ってみるといいわ」


彼女はそういうと、その場を後退し次は宏樹にやってみるよう指示をした。

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