第24話 もし撃たれてしまったら...
それからというもの、防御姿勢に関する訓練を繰り返し行った宏樹。
まずは昼飯の角度から…。
「これだけ傾ければいいですか?」
「いや、そこまですると横から抜かれるわ。もう少し緩めて」
「これでいいですか?」
「良いと思うわ。適度に車体を振って敵の狙いを逸らさせるようにすると尚良いわ」
シビアな角度調節を要する上に角度が良くても棒立ちでは抜かれてしまう。相手の攻撃を防ぐというのは容易なことではなかった。
次に豚飯の角度。
「これくらいですか?」
「もっと!もっとキツくして」
「これでどうですか?」
「そんなにキツくしたら、敵を撃てないわ。本末転倒よ」
こちらの方も思ったよりも角度調節が難しく、角度が緩ければ側面を抜かれ逆にキツすぎると敵を撃てないという、ハードルの高い技術だった。
「こんなに難しいものなんですね…」
「そうね『KV-2』は突破型の戦車とはいえ、戦車同士の撃ち合いを想定して作られてはいないの。弾く望みがあるだけでも感謝しましょう」
安奈のいう通り、宏樹の乗る「KV-2」は数ある戦車の中でも火力以外のほぼ全ての要素において、他国のそれとは比べ物にならないほど差をつけられている。
装填、精度、機動性、隠蔽性どれをとっても劣悪と言わざるを得ない。
「確かに…癖強い戦車ですよね…」
「まあ、射撃に限ってはあなたは腕が立つ方だから、あとは…まあなんとか頑張るしかないわ」
…突然投げ遣りだな…!でも、紛れもない事実だから素直に従おう……
そう自分に言い聞かせた宏樹は、新たなステージへと移っていくこととなった。
「次は実際に砲弾を受ける訓練をやってもらうわよ。緊張するでしょうけど、ここが正念場よ!」
「は…はい!」
…とうとう、この訓練が来た!
安奈の説明を聞きながら訓練場の建物の間を縫って行くと、少しばかり開けた場所へとたどり着いた。
「では、まず初めに正面からの攻撃を防いでもらうわ」
安奈はそう言って遠くを指差しながら話を続ける。
「私があそこに移動してあなたの車体に砲撃をする。初めは手信号を使って撃つ箇所を指定するわ。それから、慣れてきたら私の主砲の向きを見てどこを狙っているか推測しながら攻撃を防ぐのよ」
…け、結構難しそう…ちゃんと出来るだろうか………?
今の宏樹にはなかなか厳しいオーダーだが、これが出来なければ今までの訓練も水の泡となってしまう。
「それじゃあ、早速始めるけど何か質問とかはある?」
「ひとつだけ…聞いても良いですか…?」
「ええ、良いわよ」
宏樹は今までとあることを考えないようにしていたが、ついにこの訓練を受ける時が来たため、きちんと聞いておく必要があると考えた。
「もし、僕自身が攻撃を受けたらどうなるんですか…?」
「…ああ、確かに。それを説明していなかったわね」
安奈はそう言いながら少しだけ軍帽で目を隠して俯いた。
緊張で息を呑む宏樹が沈黙する安奈を見つめていると、これまで以上に低い声でゆっくりと話し出した。
「結論から言うと、砲弾が直撃しても私たちは死なない」
…しな、ない…?ほんとに!?
安奈の話によると、戦車に乗っている傑帥自身は戦闘の際は一種の稼働モジュールになると言う。
「あなたの世界にも存在しているAIやコンピューターと言った人工知能と同様に、あなたの存在は英傑を動かすコンピューターとなるのよ」
…??…っていうと…?
「つ、つまり、どう言う意味ですか…?」
宏樹は首を傾げながらそう尋ねる。
「万が一撃たれても、直接あなたに危害が及んだりはしないということよ」
「そうなんですね…!少し、安心しました」
宏樹が安奈から返ってきた言葉に安堵していると、少し間を置いて彼女が口を開く。
「しかし…。これを聞いて油断することは、認められない」
軍帽のつばから片目だけのぞかせる安奈の威圧に、宏樹はちょっとだけ怖気付く。
「あなたが英傑の一部になると言うことは、あなたに直撃した砲弾のダメージは英傑が受けるという意味」
宏樹は額にわずかに滲む汗を拭って、彼女の話を聞いていた。
「もし…英傑が撃破されたら………」
「さ…されたら…?」
彼女の声は話が進むたびにどんどん圧が増していく。
「…あなたも、同じ道を辿ることになる……」
俯いたまま話す彼女があまりにも重い雰囲気のせいか、宏樹はまるで尋問でも受けているかのような気分になった。
「ただ、これは…絶対にあってはいけない。そう、肝に銘じておいて」
「……わかりました」
宏樹は淡々と話し続ける安奈の重圧に押しつぶされそうになりながら答えた。
「では早速始めるわよ」
「はい!」
✳︎ ✳︎ ✳︎
宏樹はそれから昼飯や豚飯等を用いて、安奈の英傑「Panther」からの攻撃を受ける訓練を受けた。
初めは平坦なところで正面からの攻撃を防ぐことから始めた。
「まずは正面を撃つわよ!」
ドドッン!!ガゴッォオン!!
…っっ!!!!
「良い感じね。次は砲塔側面!」
「は、はい!」
初めて砲弾を受けた宏樹は、つま先から頭のてっぺんまで走り抜ける凄まじい衝撃に思わず絶句した。
だが、訓練を受ける以上いちいち驚いている暇はない。
それから指示を聞いてはひたすら砲弾を弾いた宏樹は、さらに厳しい条件下での訓練を受けることになった。
「地面が不安定なところではなるべく攻撃を受けないようにして。最悪受ける場合は1発だけにしてすぐに場所を変えて戦闘を続けるように」
「はい!」
戦場というのはなにも平坦で安定している土地ばかりではない。
悪路や傾斜地だけでなく、場合によっては建物や瓦礫を挟んでの撃ち合いも想定されるため、各々の場所に応じた戦い方があり当然ながら防御姿勢も変わる。
「次は側面に撃つわよ!」
「はい!」
ドドッン!!…ガギギッッンン!!!
「良いわね!その調子で次は砲塔正面に撃つわよ!」
「はい!」
…砲塔正面、砲塔正面だから〜えっとえっと……こうだ…!!
地面環境や敵との距離、
考慮すべき点の組み合わせは、もはや無限とも言える多さだった。
これだけの事項を常に把握しながら的確な判断を下すためには、鋭い観察力と素早い行動力が求められるため、宏樹は今までにないくらい集中して訓練に取り組んだ。
「次は履帯で砲弾を受けて、すぐさま履帯を修理して身を隠して!」
「はい!」
「はいそれじゃあ次は………」
訓練は回数を重ねるごとにどんどんハードなものになっていき、実際にモジュールを損傷した場合の対処法であったり、豚飯の更なる応用である「逆さ豚飯」と言った難しい技術までをも経験した。
…次は!車体上部を狙ってくる…!
ガゴッォオン
…よし!跳弾出来た…!
…次は…砲塔上部!砲塔を傾けて
ドドッンガギッッピチューッン
この調子この調子…!!
そうして宏樹はあらゆる状況下での訓練を一通り経験した。
「今日もお疲れ様」
「ありがとうございます!」
「あとはこれを体が覚えるまで続けるわよ。これからもまだまだ気を抜かないように」
「はい!」
安奈の話では防御姿勢の訓練をここまで徹底的に行なっているのは、防御の怠りが最も戦場でのミスとして挙げられているからだという。
一見すると相手の攻撃を防ぐだけという地味で凄みのない防御姿勢だが、一瞬で勝敗を分けてしまうような攻撃から身を守るための重要な技術だと彼女は語った。
「今までやった想定訓練は実戦の中でミスが多かったものばかり。実際に戦場に出ればもっともっと想定外のシチュエーションもあるわ」
「これ以上にあるんですか…!?」
訓練で出てきたパターンは少なくとも100弱はあったはず…。
「だから、あとは実戦に出て地道に覚えていくしかないわ」
「なんだか、不安です…」
「まあ、不安がっていてもしょうがないわ。今日のところは終わりにしましょう」
こうして長い長い訓練を終えた宏樹は、また初めの部屋へと戻ることになった…。
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