第25話 嫌な予感
「それじゃあ、また明日の早朝会いましょう」
「はい!」
二日間にわたる訓練が無事終わり、夕飯も食べ終わった宏樹は初めの寝室へと戻った。
「ふぅ〜明日も訓練かぁ〜」
二日間の猛訓練を経て、操縦や射撃といった基本的な動きをある程度経験した宏樹。
だが、安奈からは実戦に赴くのはまだまだ先だと告げられ、これからは今までの訓練を繰り返し行なって精度を上げていくとのことだった。
…ん〜あとどれくらいで終わるんだろう…?
これは他の誰でもない自分自身が選んだ道。今更やめますなんていうつもりは毛頭ない。
ただ宏樹は、いつになったらまた元の“普通の暮らし”に戻れるのだろうか?と少しばかり今後を思い悩んでいた。
…どれくらいかかるかは人それぞれだって言ってたし……まあ、そんな簡単に実戦ができるわけないよなぁ………
通常ならば全ての訓練にかかる時間はおよそ半年程度だと言われているそうだが、初めの操縦訓練だけで2〜3週間を要する人も少なくないようで、今の宏樹はそれなりに好調なのだという。
他の人より順調だと言われれば確かに聞こえは良いのだが、学生である宏樹にとってはこの訓練はそれなりの重しであり、少しでも早く訓練を終わらせなければならない。
「とりあえず、一度家に帰ろう…」
そんな風に未来の事を思い悩んでいた宏樹だったが再び現状へと向き直り、明日の訓練が終わったら一度自宅へと戻ることを決めた。
…訓練は放課後に受けさせてもらおう………
そう決心した宏樹は就寝するために部屋着へと着替え、歯磨きを済ませてからきれいに整えられた布団へと体を滑り込ませた。
宏樹はしばらく目を瞑っていたが、ある事を思い出して頭上に置いてあったスマホへと手を伸ばした。
「連絡入れておこう」
…そういや、2日間もなんの連絡も入れてないな…大丈夫かな?
スマホのパスコードを開きながら、もしかしたら心配しているかも?という事に気がついた。
無意識に体を起こした宏樹はSNSアプリを開いて、家族のグループチャットに明日帰るという旨のメッセージを書き記した。
しかし、宏樹はここでとある異変に気がついてしまった…。
「え…?どうして…!?」
宏樹がメッセージの送信ボタンを押した。
すると画面にはメッセージを送信できないと表示されており、よく見ると電波表示の横に圏外と出ていた。
「圏外…?なんで!?」
宏樹は一瞬かなり焦ったが、これはただの思い違いだった。
…あっそうだ……そういえばここ、異世界って言ってたような…
安奈さんからの話ではこの世界は、宏樹が街中で迷い込んでしまった謎の空間と同じで、現実世界とは関係のない別の場所だ。
「焦って損した…疲れてんのかな俺…」
宏樹はボソッと呟いてスマホを閉じ、再び就寝した。
両親に泊まり先を伝えるのを諦めた宏樹だったが、ここでふとある事を思い出す…。
…そういや、いつに帰りますってまだ伝えてなかったな…
前述の通りここは宏樹の住んでいるところとは次元の異なる世界。もちろん現実世界に戻るためには、その方法を聞いておかなければならない。
…まあ明日聞いてみれば良いよな…うんうんそれでいい………
宏樹はそう自分に言い聞かせてあまり深く考えないようにしていた。
うまく不安要因を丸め込んだ宏樹だったが、彼の頭の中に今度は別の不安が姿を現した。
…そういえば…安奈さんはもう何年も現実世界に戻っていないとかって言ってたような……
この言葉はずっと引っかかっていた。
彼女はもう何年も戦車に乗っていて、当然ながら戦闘経験もたくさんあるわけで。
そんな彼女がずっと現実世界に行っていないというのは、やや不自然ではある。
それに加えて…。
…あの時確か…アパート?みたいなのが見えたよな…
宏樹が初めてこの場所へとやって来て安奈に連れられながら商店街を歩いている時、途中の交差点からあるものを目撃していた。
それは5階建くらいのアパートのような集合住宅で、明らかに人が住むための施設だと一目でわかった。
ここに来た人が訓練を終えて再び元の世界へと戻っているなら、あんな施設が建っているのは実に妙だと言える。
それに、おかしいのはその居住施設だけじゃない。
…うん、やっぱり規模が大きすぎる。
数人の人しか住んでいないのであれば、あんなに大きい図書館や商店街はいらないはず…。
極論、訓練をする施設だけあれば十分なはずだ。
…まさか、帰れないとか………
宏樹はまだまだ訓練中の身。このままここに居残れ!と言われるかもしれないし、それとも一生ここで…。
…いやいや!流石にないよな……考えすぎだ考えすぎ……!!
流石に帰れないということはないはず。もしそうなったら完全に誘拐だ。
…とりあえず、明日の朝一番にアルフさんのところに行こう…
今日のところはひとまず嫌な予感を振り払って、そのまま眠りについた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
翌日。
「よし!早速行こう!」
訓練が始まる時刻よりも1時間以上早く支度を済ませた宏樹は、昨夜決めたことを伝えるべくアルフがいる図書館の元へと向かった。
「ここもなんだかすっかり見慣れてしまったな…」
ここは異世界に建っているいわば伝説の集落のような場所。
よくよく考えればこんな感覚を抱くのは不自然なのだが、ここに来てから今まで緊張と興奮もあったからか、気づかない内に体が馴染んでしまったのだろう。
…でも、今はそんなことを考えている場合じゃない……
宏樹はそう心の中で呟きながら、歩速を速めた。
程なくして例の図書館へとやって来た。
「お邪魔しま〜す」
小声でそう言いながら誰もいない図書館へと入った宏樹。
…えっと…階段下階段下…あそこだな……
宏樹は安奈に連れられて入ったあの階段下の入り口を見つけた。
コンコンコン
ノックをするとしばらくして中から、声が聞こえてきた。
「…入れ」
「…失礼します」
中の人物にそう言われた宏樹は階段下へと入った。
宏樹は部屋の中に入り、この前と同じ椅子に腰掛ける。
部屋の中に居たアルフは、またしてもなんらかの図面を描いているようで、一瞬だけ筆を持つ手を止めてこちらを向いた。
「今日はどうかしたのか…?訓練ではなかったか?」
「はい!今日は訓練です…でも、始まる前にひとつお願いしたいことがあって」
「…お願い?なにかね?」
彼は筆を止める気はないようで、宏樹は少し吃りながらも口を開いた。
「その…今日の夕方、一度自宅に帰ろうと思って…」
「………」
アルフはそれを聞いた途端、ピタリと手を止めてそのままの姿勢で固まった。
「………」
「……………」
しばらくそのまま彼は黙っていた。宏樹も彼が話し出すタイミングがわからない以上、ただじっと黙っているしかなかった。
宏樹がもうそろそろ話してくれるかなと思い始めたその時…。
「残念だが…それは承諾できない…」
「…っ!!?」
宏樹は危うく変な声が出そうになった。
…帰れない……?…本当に…?
アルフの口から飛び出たその言葉を、宏樹の頭は受け付けられなかった。
…なんで…?どうして帰れないの…?
初めはただただ疑問を抱いていただけだったが、次第にそれはどこからともなくやって来る怒りへと変わった。
「ど、どうして帰れないんですか!?」
宏樹は未だ書き続けるアルフに、そう投げかける。
「…己の胸に聞いてみなさい。そうすればわかる…」
こちらを見ようともしないで、返事をするアルフに宏樹は少しだけ苛立ちを覚えた。
「そりゃ、帰ったら危険かもしれないですけど!…僕には帰る場所とか大切な友達も居るんです!!」
宏樹は少し向きになって、語気強くアルフにそう言い返した。
すると彼は、ようやく筆を止めてこちらを向いて口を開いた。
「お前は…。その大切な友や帰るべき家を…一度に失ったことがあるのか…?」
しわがれて哀愁深くとも威圧を失わないその声に、宏樹は何も言い返すことができなかった。
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