第29話 人ならざる少年達



戦車乗車体験を終えた女子二人。


「なかなか楽しい乗車体験だったね!」

秋葉が嬉しそうに言う。


「ほんと!よく作り込まれたコースだったよね〜」

美咲もその感想に激しく同意した。


あえて塹壕や泥道といった戦車でしか通れない道ばかりで構成されていて、戦車の走破性能を存分に感じることができる、とても優良なコースだった。


そんな感想の交換をしあっていると…。


「あ!あれ幸人達じゃない?」

「本当だ!合流しようか!」


離れて行動していた男子達を見つけ、再び合流することになった。


合流した男子達はというと…。


「マジで感動したぜ、あの演習…!」

「本当に…結構色んな人が泣いてたよね」


彼らは、見学した演習のことを色々と話してくれた。


「初めに、どこにでもいる二人の恋人が出てきたんだ」

幸人が物語を語り始める。


「でもその二人は、起こってしまった“戦争”によって分たれてしまう…」

彼の語りに続いて、宏樹が不穏なワードを口にする。


「そうして分たれた二人は、しばらくして戦場で敵同士として出会うんだ…」

そんな不穏な展開に、樹の語りで一筋の光が差し込んだ。


戦争を語る物語としては、よくあるありきたりな話だ。

だが、女子達二人はその話にとても興味があるようだった。


「それで…出会った二人は、どうなったの?」

「ちゃんと、幸せになれたの??」


続きが気になる二人。

そんな美咲の疑問に…宏樹がゆっくりと口を開く。


「きっと…なれたんじゃないかな?」


場の空気が一瞬固まる。


「きっと…??ってどういうこと??」

美咲がゆっくりと尋ねる。

それに対して、幸人が答えた。


「戦場で死んだんだよ…二人一緒に」

「え…!?」

彼の呟きに、秋葉が驚く。


「そ、そうなんだ…なんだか救われないね……」

「悲しい話だよね…」

男子達の語る物語には、女子達も虚しい感情を隠しきれないでいた。


どこにでもいる普通の恋人二人。


戦争さえなければ、彼らはきっと普通の恋をしていたはずだ。

戦争さえなければ、彼らはきっと永遠の愛を誓っていたはずだ。

戦争さえなければ、彼らはきっと幸福の証を授かっていたはずだ。


戦争さえなければ…。

戦争さえ…なければ………


✳︎ ✳︎ ✳︎


湿っぽい話もそこそこに、無事合流できた一行はもう小一時間ほどだけ、館内を散策した。


もう一度展示を見て、戦車の前で写真を撮って、物販コーナーでお土産を買った。

そうしているうちに、時刻は16時を回った。


「もう16時だね。これからどうしようか?」

物販コーナーから出てから、秋葉が皆にそう尋ねる。


「16時かぁ、まだ夕飯までは時間あるよね〜」

「確かに、そうは言ってももう歩き尽くしたんだよね」

曖昧な時刻に悩む美咲と、既に満足そうな様子の樹。


「ホテルに戻るって手もあるよ。ロビーでなら待機できるし」

「それもありだね」

「いいと思う」

秋葉の提案に、上の二人も頷く。


「それじゃあ、残り二人はどうする?」

ずっと黙っていた二人に対し、秋葉が問いかける。


「俺はもう少しここにいるよ」

彼女の問いに宏樹が答える。


「幸人は?」

「俺もそうする」

問いかけられた幸人も同じく、この場に残ると宣言した。


「そっか…。じゃあ二人とも遅くならないうちに戻ってきてね」

秋葉は居残ると言った二人に、そう声をかける。


「わかった」

「おっけー」

そうして一行はホテル戻り組の3人と、居残り組の二人に分かれることになった。


✳︎ ✳︎ ✳︎




3人と分かれた二人。


「いやぁマジ焦ったぁ…!!」

「だよな!急に『これからどうする』って聞いてくるんだから…!」

緊張から放たれた二人、宏樹と幸人が歩きながら先ほどの焦りを口にする。


「ま、おかげで夜に外出する手間が省けてよかったな」

「んだなぁ!嬉しい誤算だぜ」

彼らはまるで、この状況を楽しんでいるかのようだった。


それから二人は、一度反対側の門の方まで行き、そこから敷地内を出てとある場所へと向かった。


博物館を後にしてから、30分ほど歩いただろうか?


「あ!あそこじゃないか?」

幸人がとある方を指差した。


そこには、10m以上の杉の木が何十本と生えている森林があった。


「あ!あれだな!玲良さんが言っていた森林は」

この旅行に行く前に、事前に玲良から英傑の召喚にもってこいな森林があると聞いていた。


そう、これから彼らは当初の予定である偵察任務へと赴こうとしていた。

そしてその任務を行うためには、まず人気のない所まで移動して、英傑へと乗りこみ空世に入る必要があったのだ。


「本当に鬱蒼としてるな…これは人も寄り付かないわけだ」

森林の入り口に到達した時、宏樹が立ち止まってそう呟く。


まだ日が差している時間帯だというのに、森林の中は薄暗くジメジメとしていた。

こんな場所にはよほどのことがない限り、人なんて入ってこないだろう。


「ま、俺たちは既に半分くらい人間卒業してるし、問題はないな」

入り口でしばらく立ち止まっていると、幸人が不意にそう言って森林へと足を踏み入れた。


…人間卒業…か………確かに間違ってはいないな……

幸人の口から飛び出してきた言葉は、強烈なインパクトがあると同時に的を射ている発言でもあった。


念じることで燃えない炎と共に戦車を召喚できる。


ほんの数ヶ月前までは、資質や戦車とは全く関係のない、普通の高校生として過ごしていたはずなのに。

いつのまにか宏樹は、傑帥の資質を持った人間という運命を、さも当然のように受け入れていた。


敵に向かって砲撃をし、装甲を使って敵の攻撃を防ぎ、砂塵を浴びながら戦場をかけるという非日常を…。

さも当然かのように……。



「よし…それじゃあ行くか!」

「おう…!」

宏樹は隣の幸人に合図をかけた。


無事英傑と共に空世へと入ることができた二人。

彼らは遠い雪国の地である「クビンク」の首都「クビン」の偵察へと繰り出していった。


「ついた…!

「どんな感じだ…!??」

クビン都市部へと到達した二人は、互いに目を見開いて周囲を見回してみた。


しかし…。


「…特に…変わってなくね…??」

その世界は、先ほど歩いて来た現実世界側と、さほど差がなかった。


「まあ…2年前に玲良さんが偵察に来てるからだろうな」

疑問を口にする彼に、宏樹がそう付け加える。


「なぁ〜んだ。大規模な更新活動が見られるかと思ってたんだが…」

幸人はちょっとだけ残念そうに言った。


以前も安奈からの説明があった通り、この空世は人の記憶によって成り立っている世界。

人の侵入が少ない土地に、新しい記憶を持った人間が入れば、大規模な更新活動が起こる。


だが今回の場所は、先述の通り玲良が2年前に訪れていた場所。

大部分が既に更新されており、大きな更新活動は起こらなかったのだ。


「何事もないなら、それが一番だろ?」

「……それもそうだなぁ〜」

宏樹が残念がる幸人にそういうと、彼もそれに同意した。


そんな余談を挟みながらも、二人はクビンの都市部をくまなく偵察した。



そうして、偵察開始から1時間ほどが経過したところで…。


「案外、何も起こらなかったな…」

初めの地点に戻ってきた宏樹が、そう呟く。


「敵が一体もいないってのは、むしろ異常なんじゃないか?」

彼のその呟きに対し、幸人が疑問の声を口に出す


彼の疑問は一理あった。


クビンは国家生存戦争の中でも激戦地となった場所。

大規模な戦車戦があらゆる地区で起こった記録もある。


そんな場所に怨魂の一体もいないという状況は、少々妙な話ではある。


「確かに…言われてみればそうだが……」

幸人の考えを聞いた宏樹も、その違和感に気がついた。


「…それなら、やつらは一体…どこへ消えたんだ?」

そうして感じた違和感は、次なる疑問を生み出した。


怨魂がいないのが異常というのなら、次はその所在が気になるところだった。


「俺は”あそこ“が一番怪しいと思うんだよな…」

宏樹の疑問に対し、幸人が“とある場所”を指差しながら言う。


「だよな…!俺もそこが怪しいと思う」

彼の考えには、宏樹も激しく同意した。


都市部で姿の見えなかった怨魂。

奴らが潜んでいるであろう場所として最も有力な所を、二人は知っていた。


そうして次の目的地が決まった二人は、再び発動機を始動させ移動を始めた。

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