第13話 旧友



幸人の訓練から数日が経った頃、二学年の一学期が終わりを迎えた。


…ん〜どうしよう…

そんな中宏樹はというと、教室後ろに置かれた個人のロッカーの前で睨めっこをしていた。


…この教科書は一応持って帰ったほうがいいか…??

ここ最近何かと忙しかったからか、いつもなら早めに終わらせているはずの荷物整理を未だできていなかった。


「宏樹〜早くしろよ〜電車に乗り遅れるぞ〜??」

「おーう、少し待ってなぁ〜」

ロッカーの前で奮闘する宏樹に、幸人がそう声をかける。


「先に行ってるぞ〜」

そんな彼は、宏樹を残してさっさと教室を後にしていった。


…ったくあいつは……

訓練に付き合ったから少しは手伝ってくれよな、なんてこんな公然の場で言えるはずもなく。

宏樹はややムカつきながらも、一人黙々と持ち帰る教科書の整理をしていく。


終業式の日は本来こんなに急ぐ必要はないのだが、今日はとある理由で急がなければならなかった。


…この時間の空神くうじん駅は混んでるから…余裕を持って2本早い電車で行くんだっけか…

これから宏樹は彼女である美咲と友人の幸人。

そして幸人の恋人である、とある少女の4人で空神の方に遊びに行くという予定を入れているのだ。


…後20分くらいだから…余裕で間に合うな……

とあるお店の予約を取っていると言う話も聞いているため、遅れるわけにはいかない。


そんな風に時間に迫られながらも、着々と荷物整理を進めていた時のことだった…。


「よう宏樹。久々だな…」

背後から聞き覚えのない声で名前を呼ばれた。


…ん?だれだ…?

宏樹が不思議そうに後ろを振り向くと、そこにはなんとなく見覚えのある人物が立っていた。


「俺だよ…覚えてんだろ?」

「……あっ!!優哉か!?」

それは小学校低学年の時に他の学校へと転校してからずっと、音信不通になっていた旧友「守久愛もりくま優哉ゆうや」だった。


「今…忘れてたろ?」

「すぐには思い出せねぇよ流石に、いつぶりだ??」

まさかの人物の登場に、やや興奮気味の宏樹。


「……まあ、それもそうだな」

そんな宏樹とは対照的に優哉は“あの時”と同じように、妙な冷静さを纏っていた。


「って、その制服!まさか!?」

彼の冷静さによって話の勢いが流れてしまったところで、次に宏樹は彼が着ている制服に目をつけた。


「ん?ああこれか。まあ見ての通りだ」

驚くのも無理はない。

なぜならその制服が、宏樹が着ているものと同じものだったからだ。


「いつからこっちに?」

「期末考査の3日前だ。特進コースに通っているぞ」

どうやら優哉は、宏樹達が実戦訓練を始めようとしている時にここ、御谷山高校に転入してきていたようだった。


「3週間前くらいか。なかなか気づかないもんだな…」

「仕方ない、そちらも何か用事をしていたのだろう?」

「え?いやぁ…まあな」

宏樹は優哉のその返しに少し動揺した。


…たまたまだよな?…俺がいない時に教室に来てたとかだよな…

優哉が例の存在を知らないということはわかっているが、ピンポイントにそんな発言をされると少し緊張してしまう。

本当はなんの用事をしていたのか知っていて、知らないフリをしているのでは?とすら思ってしまう。


彼は昔からどこか不思議な一面があって、妙につかみどころのないちょっと変わった性格の持ち主だった。


「守久愛優哉」

彼とは小学校低学年の頃まで同じ「御谷第一小学校」に通っていた。

もう10年近くも前の話のためか、思い出せるような出来事は数えるほどしか残っていないのだが…。


彼が“あの時”に見せた、冷酷な姿だけは今でも脳裏に焼き付いていた。


あれは確か他学年同士の交流授業で、「戦争をなくすには?」というテーマを発表し合っていた時の出来事だった…。


✳︎ ✳︎ ✳︎


「はいでは一年は気月きづきくんから、二年は陽破ようばさんから…」

授業を担当している教師が、学年毎に発表をする生徒を指名していく。


そうして、ある程度の人が発表をし終えた頃、優哉が指名された。

原稿の一枚すら持たずに徐に席を立った彼は、ゆっくりと口を開いた。


「今までの発表で出たあらゆる平和的な手段は、全て実現不可能だと思います」


優哉はなんの躊躇いもなくこれまでの発表について愚案の烙印を押す。

その尖った発言に、教室中がざわつく。


「……どうして、そう思うの?」

その発言に教師がそう尋ねる。

すると、優哉の口からは想像だにしない返答が飛び出してきた。


「現に“今”も戦争が無くなっていないからです」

「………」


「もし話し合いや思いやりで戦争が解決するなら、とっくの昔に戦争など無くなっているはず…」

「確かにそれは…」

教師がやや困った顔をする。


「ですから、このような議論には何の意味もありません」

「そ、そんなことはありませんよ…!一人一人の意識を変えることも将来のためには必要で…」

暴走する優哉を見かねた教師が諭すように反論を述べ始める。

しかし…


「意識を変えても無駄です。戦争が始まればそれらの平和的な意見を言ったものは、文字通り抹消されてしまうでしょうから」

「…抹…消………」

教師はおよそ小学生の口から出るとは思えない発言に、言葉を失う。


「皆さんもあるでしょう。理不尽に自分の考えを否定され、揉み消されたことが…」

静かになった教室の中に、優哉がそう告げる。


「…確かに!僕も先生に変な言いがかりをつけられて怒られたことがある」

優哉のその発言を皮切りに、それまで黙っていたクラスの生徒が、まるで優哉に賛同するかのようなことを言い始める。


「私も、正しい答えを書いたのに間違っていると言われたことがあった…」

まるで、優哉の暴走がどんどんと感染していくかのように…。


「わかりましたでしょうか先生?こんな小さな教室でさえ、これだけの声が埋もれてしまっていたのです…」

優哉はそこで一度切って、大きく息を吸う。


「上の人間が戦争を起こし、下の人間は黙ってそれに従う。いつの時代もそうやって…数えきれないほどの平和を望む声が、埋もれてしまったんじゃないでしょうか?」

うまく生徒達の本音を引き出した優哉は、黙っている教師に現実を突きつけるようにそう発する。


そのあまりにも冷酷で夢も希望もない考え方を展開する優哉の姿は凄まじく衝撃的で、当時の光景は今でも鮮明に思い出せるほどだった。


当時はまだ小学生であった彼が、どうしてあんな悪魔のような考えを持っていたのかは…。

未だに知らない。


✳︎ ✳︎ ✳︎


「ああ…そんなこともあったな」

「そんなことってお前…結構凄いこと言ってたぞ?」

宏樹はそんな印象が強い話も混ぜつつ、彼と過去の思い出話に入り浸っていた。


「まあ…それは忘れろ」

「忘れろって…テキトーだな…」

あの恐ろしい演説を若気の至りだと流すのは、少々無理があるのだが…


「そうだ。君に一つ聞いておきたいことがある」

優哉は過去を引きずる宏樹に、そう話す。


「なんだ?」

「『マイラ』という少女について、何か知らないか?」


「…?マイラ?…知らないな…」

その少女の名に全く身に覚えがない宏樹は、首を横に振る。


「…そうか」

その宏樹の返事にがっかりしたかな?と宏樹は思ったが…。


「それなら良かった…」

優哉はなぜか安堵したかのような表情を浮かべて、そう言った。


…んんん??良かった…?知らなくて良かった…ってことか…??

宏樹がその意味深な返しに疑問を抱いていると…。


「ああ、邪魔して悪かったな…じゃあまた」

優哉はそれ以上何も話すことなく、その場を立ち去ってしまった。


…な…なんだったんだ?今の質問……

久々に出会った旧友からの謎の質問に、宏樹は頭を悩ませる。

ただでさえ普通の人とは何かが違う彼だからこそ、余計にその質問の意図がわからなかった。


そんなモヤモヤを抱えたまま、教室の中に一人突っ立っていると…。


「宏樹!!!なにしてるの!!?」

「…え!…あ!!!」

教室のドアが勢いよく開き、恋人の美咲が入ってきた。


「もう電車来るから!荷物整理はまた今度にして!!」

「あちょちょっ…!!」

宏樹は美咲から腕をガシッと掴まれて、そのまま教室から引っ張り出されていった。

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