第16話 美しい彼女の名は...
…綺麗だ……
座っていたのはとても落ち着いた雰囲気を纏った20代後半くらいの女性だった。
セミロングくらいの髪は透き通るようなミルク色をしており、まるで春風に吹かれてなびく花々のように、美しく彼女の周りに舞い広がった。
普段見ることのない
そのあまりの美しさに、宏樹は求められた対応を忘れてしまっていた。
「あれ?大丈夫?」
「…ああ!すいません、よろしくお願いします」
彼女の声かけで宏樹は我にかえった宏樹は伸ばされた右手と握手を交わした。すると彼女は90度横を向いて天井を眺めながら喋り始めた。
「それじゃあ、私の紹介をするわね」
彼女はベージュのズボンを纏った長い脚を30℃ばかり開いて伸ばし、両手をまっすぐに伸ばしながらゆっくりと口を開く。
「私の名前は
彼女は先ほどの柔らかい声から、初めの低く落ち着いた声に戻っていた。これが素の声なのだろうか?
「職業は見ての通り医者をやってるの。この場所で唯一の医者なのよ」
宏樹の予想通り、安奈はしっかりとした医者のようで急病患者の手当や、年一回の健康診断など通常の医者と変わらない仕事をしているという。
そして彼女は親近感が湧くような話題を振ってきた。
「私も通ってたのよ、あの高校」
「あの高校って、御谷山高校ですか?」
「そう、もうだいぶ前の話だけどね。私はあそこの福祉系を卒業したのよ」
初対面ではあるが意外な共通点があったからか、宏樹はなんだか距離が縮まったような感じがした。
「今もあるってことは、最近50周年を迎えたんじゃない?」
安奈のいう通り、宏樹の通っている高校は去年の10月に50周年の記念式典が行われていた。
「そんなことまで知っているんですね」
「ええもちろん…!…でも、もう長いこと、向こうの方には行ってないんだけどね」
彼女はそう言って手を天に翳し、今度は背伸びを始めた。
宏樹はそんな彼女を見ながら、今の会話に出てきた妙な言葉への質問を投げかけた。
「向こうのほうって…どういうことですか?」
「……」
彼女はじっと地面の方をみつめ、意味もなく右腕をさすりながら少しばかり沈黙していた。
「そっか…そうだよね、わかんないよね。だってそれを聞くために、ここまできたんだもんね」
宏樹は何が何だかよくわからなかったが、横から見る彼女の瞳はどこか遠くの方を見つめているようで、言い知れぬ哀愁が漂っていた。
「それじゃあ、初めにここの説明をするね」
彼女の話によるとここは『ハルマの都』と言う大きな建物の中だそうで、それなりの人たちが住む小さなコミュニティだと言う。
そして、ここは現実世界とは少し性質の違ういわば異世界のような場所に建っているという。
「異世界…ですか?」
「そう。向こうの世界とはまた別の世界だから、あなたが元いた場所には長らく行っていないの」
「なるほど!そういう意味だったんですね」
宏樹はその話を聞いて妙に納得した。
「でも、異世界と言っても現実と違うところはほとんどないわ。強いて言うなら人がほとんどいないと言うことかしら」
…人が、“いない”…
それを聞いて宏樹はドクンと脈拍が上がった。その話には思い当たる節があったからだ。
「もしかして、敵とかいたりします?」
宏樹は今までの経験を確かめたくてそう質問した。
「…いる。でも、この場所にいればそう危険なことはないわ」
彼女は一瞬だけ迷ったような仕草をして、そう答えた。
「そうなんですね」
宏樹にはこの“敵”の正体がもう分かりきっていた。しかしそれは、誰かの口から聞くまでは単なる自己推測にすぎない。
「その敵っていうのは?もしかして戦車ですか?」
その正体を確かめるために、はるばるやってきたのだから宏樹はなんの躊躇いもなくそう聞いた。
「もう知っているの?それなら話が早いわね。そう、この世界には意志が宿った戦車がうじゃうじゃいるの。信じたくないかもだけど」
「…いえ、逆によかったです。はっきりと言ってもらえて」
改めてそう言われる宏樹は逆にホッとした気分になっていた。
そんな話を聞かされたら普通は絶望しそうなものだが、ずっと背負っていた迷いを断ち切ったという安堵感の方が強かったのだ。
「でも、なんで僕はあんな戦車の群れに遭遇するんですか?」
「それはね、あなたが傑帥の資質を持っているからなの」
「け…けっすい…ってなんですか?」
その響きは知っている単語で構成されている会話文の中でひときわ異彩を放っていた。
「私やあなたのように、”英傑を宿した“人のことをそう言うのよ。あ、英傑っていうのも知らない…よね?」
流石の安奈も、宏樹が何も知らないということを理解したのか一度立ち止まってくれた。だが、宏樹にはその言葉には覚えがあった。
「英傑って、もしかして自分を守ってくれる戦車のことですか?」
「そうよ。…でも、どうしてそれを知ってるの?」
安奈は疑問に思った。何も知らないであろう宏樹がその言葉を知っていたのだから無理もない。
疑問を投げかけられた宏樹は、とある人物のことを話した。
「実は昨日、戦車に乗った同い年くらいの青年と街の中で遭遇して、その人に教えてもらったんです」
「青年…?」
宏樹はその青年に助けられたことや、その青年の外見を覚えている限りで伝えた。
「長髪で同い年くらいの青年…。私は知らないわ…ごめんなさいね」
「いえ、いいんです」
彼女の話によるとそんな人は今ここにはいないようで、ここの支配人なら何か知っているかもしれないとのこと。
「支配人…って誰ですか?」
「この都を管理している人よ。あ、そうだわ」
安奈はせっかくだから挨拶しに行きましょうと言われ、何もわからない宏樹はとりあえず彼女の言うことに従って、その人物の元に行くことになった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
釣りランタンに照らされた長い長い室内の廊下をしばらく歩いていると、都内の中にあるという広場へと出た。
「広いなぁ〜」
「でしょう?結構この場所は都の人たちの間でも人気なのよ」
中央には大きな噴水が置かれ、16世紀ごろのルネサンス期を思わせるような左右対称で華やかなデザインが広場には施されていた。
広場をまっすぐに貫く歩道にはあまり見ない形の“灯籠”が3mくらいの間隔で置かれており、すっかり夜だと言うのにかなり明るかった。
「ここは見ての通り都内の広場よ。子供達が遊びまわったり、お花見をしたりもできるの」
安奈の言うとおり、広場にはひまわりにアジサイにコスモスといろんな木々が植えられていて、存分にお花見が楽しめそうだった。
さらに、砂場や遊具などがいくつか設置されているようで、大人がお花見している時に子供たちも思いきり遊べる作りになっていた。
そんなグローバルな広場を抜けると、次はとても年季の入った商店街へとやってきた。
「ここは小さな娯楽施設ね。味のある料亭や古いカフェもあるし、極め付けに温泉施設だって完備してるのよ」
「へぇ〜、なんでもあるんですね〜!」
彼女が説明したもの以外にも、駄菓子屋や小さな商店にカラオケや居酒屋など。
あげればキリがないほどの娯楽店が所狭しと詰まっていた。
「あら、こんばんわ安奈ちゃん」
「こんばんわ〜」
「ど、どうも…」
流石に商店街ともなると、たびたび通行人とすれ違うようになり宏樹は一歩遅れて挨拶を交わした。
そんな風情ある商店街を抜けると、最後はこれまた古そうな扉が二人の前に姿を現した。
高さは3mくらいあるだろうか?こんなにも高い扉は今までにみたことがなく、どこか足を踏み入れてはいけないような空気を醸し出していた。
「この扉の先には何があるんですか?」
「見たらわかるわよ」
安奈はそう言って躊躇なく扉の鍵を開錠した。すると閉められていた扉がギィ〜っと音を立てゆっくりと開き始めた。
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