第30話 最終訓練
…10、9、8、7、6…………………
スタート地点へと着いた宏樹は、心の中で発進のタイミングをカウントダウンしていた。
「よしっ!スタートだ!」
カウントダウンが0を迎えると、宏樹は意を決してスタートした。
…ひとまず、右に曲がってこいつに偵察をさせよう…!
宏樹は英傑戦技によって召喚された「BT-7」を先行させながらゆっくりと市街地を走っていた。
それから数十秒ほど走って行くと、先ほど遠くからこのフィールドを眺めた時に見えた、橋のかかった川が出てきた。
…先にこいつを行かせて……!
宏樹は、市街地でも見通しがそこそこ良い橋の付近で待機していようと思い「BT-7」を橋の向こう側で動かして安奈の注意を引こうと考えた。
そんな時…。
「あ…!」
宏樹は川にかかったもう一つの橋の方を、宏樹側のスタート地点の方へと通過した安奈の姿を確認した。
…やっぱり…!ここは見通しがいいから移動が良く見える!!!
早くも安奈の背後を取れると確信した宏樹は、早速彼女の後を追って川の縁を通り反対側の橋へと向かった。
橋に着いたら角を左折し最初のスタート地点へと向かって進んで行く。すると…。
…お…!あの影は…!
宏樹がスタートした地点に戦車の影が見えた。
…意外と簡単だったな………
思ったよりもあっけなく安奈の背後を取れてしまった宏樹は、宏樹のスタート地点にいるであろう安奈に声をかけた。
「安奈さーん、背後取りましたよー!ってあれ…?」
しかし、宏樹はそこに鎮座していた戦車にはどこか違和感を感じた。
「うわ…!やられた…!!!」
なんとそこに鎮座していたのは「Panther」ではなくムンストの軽戦車「Leopard」だったのである。
「遠目で…わからなかった…!」
速度が速いことや距離があったことが原因で宏樹は「Leopard」を「Panther」と誤認してしまったのである。
宏樹がしくじったっと思ったその時。
「案外簡単に引っかかってくれるのね」
と背後から安奈の声が聞こえた。
「あ………」
どうやら第一回戦目の結果は、宏樹の完全敗北のようだった…。
見事に背後を取られてしまった宏樹は、安奈から動きの指導を教わることになった。
「まず、そうね…高速で動く物体は遠目からだと良く見えないものなの。だから安易にこれだと決めつけるのは良くないわね」
「はい…!」
確かに「Leopard」と「Panther」は良く似ていて、遠目からではどの車両かというのははっきりとはわからないかもしれない。
だが、宏樹は一つ物申したいことがあった。
「安奈さんは『Luchs」しか使わないと思って…つい」
「なるほどね…。でも戦場に出るのならその考えは通用しないと思っていた方がいい」
やや理不尽な話ではあるが、安奈曰く宏樹の考えは慢心そのもののようで「この戦車しか使わないだろう」ではなく「あの戦車も使うかもしれない」と、一歩先の危険を予知することが戦いを有利に進める基本だと話してくれた。
「これは何事にも言えることよ」
安奈はそう言って先ほどのアルフとの話を例に挙げた。
「『帰りたい時に帰してくれるだろう』ではなく『帰してくれないかもしれない』と疑ってかかっていれば、あんな説得は必要なかったはずよ」
「なるほど…」
確かに…と少し反省する宏樹に安奈がすかさずフォローを飛ばす。
「…でも、自分から動いて行動できるのは強みだから、今後も続けていくといいわ」
「わかりました!ありがとうございます」
✳︎ ✳︎ ✳︎
そうして安奈からの丁寧なアドバイスを受けた宏樹は再び訓練へと戻り、彼女との勝負を繰り返しこなした。
初めは安奈が使う車両や詳しい地形を覚えることから始め、揺動戦車として「BT-7」をランダムに先行させたり留めたりと色々試してみた。
安奈は宏樹よりもはるかに多い車両を囮として使ってきたが、自分よりも戦力が多い相手と戦うことは、強くなるための近道だと言われ、たくさんの囮を容赦なく放つ彼女に挫けることなく立ち向かった。
宏樹は、安奈の背後を取ることはできなかったが、この訓練を受けたことで得た物がいくつもあった。
まず市街地ではとても見通しが悪く、敵がどこにいるのか把握しずらいため、発動機や履帯のカタカタという金属音に、上がっている白煙などのわずかな情報も見逃さない観察力が必要であること。
それから地の利を活かすことが重要であること。
宏樹は英傑「KV-2」から「BT-7」に乗り換えて、高台に上がることで周囲を偵察するという方法で、安奈のいる位置を探っていた。
「KV-2」では登れないような高台も「BT-7」のような高機動力な戦車なら登ることができるという寸法だ。
宏樹はこれを活かして何度も安奈を見つけることができたが、結果的にそれは「自分の居場所はここですと伝える双刃の剣でもある」と知ることとなった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そんなこんなを乗り越え、三日間にわたる長い訓練をようやく終えた宏樹。
「今日の訓練はこれで終わりよ」
「はい!ありがとうございました!」
ずっと戦車を動かしていたから、宏樹はヘトヘトになっていた。
「なんだかあっという間の三日間でした」
「そうね。訓練参加お疲れ様」
安奈はそんな宏樹に労いの言葉をかけてくれた。
それから二人は操縦コースの丘上にあるお店で一休みをした後、コース内のとある場所へと向かった。
しばらく夕闇で薄暗くなってきたコースを歩き進んでいると、段差道の辺りで安奈が足を止めた。
「ここよ」
安奈がそう言って指差した場所には木々と雑草が生い茂っており、ぱっと見ではただの雑木林にしか見えない。
にも関わらず安奈は、ずかずかと雑木林へと入って行く。
「ちょ、ちょっと…?」
宏樹も慌てて彼女の後を追ってその中に入った。するとそこには…。
「これは…!……なんですか…これ…?」
そこには線路で使われているような鉄のレールが円状に配置された、ある種のミステリーサークルのような場所だった。
「それじゃあ、今から現実世界へと戻る方法を教えるわよ。手順は二つ」
安奈はそう言うとそのミステリーサークルの中へと足を踏み入れ、英傑を召喚した。
宏樹はただ黙って安奈の説明をしっかりと聞いた。
「まずは英傑の車内に入り、それから英傑を召還させる。この二つの手順で現実へと戻れるわ」
…結構簡単なんだな………
「わかりました…!やってみます」
そう思った宏樹は、早速英傑を召喚しようとしたが…。
「ちょっと待って…!」
安奈からの呼びかけに宏樹は手を止めた。
「ここを出る前に、もう一度だけ話しておくわね」
安奈はそう言って3本の指を立てた手を宏樹の前に出した。
「三つ目の条件はなんだったかしら?」
「え…えっと、この都のことを他言しない…ですよね?」
「そう。それを守ってもらうためにも、都を出る時は一部の”例外“を除いてこのサークル以外からは出ないようにしてほしいの」
「もし、ここ以外から出たらどうなるんですか…?」
宏樹が興味本位でそう聞いてみると…。
「街中なんかに出たらとんでもないことになるわ。それに…」
「そ、それに…?」
安奈は少し脅かすような口調で言った。
「最悪の場合、街中の空高くに出たりする。それも、落ちたら助からないくらいの場所にね」
「怖ッ!絶対しません!」
宏樹がそういうと安奈は少し微笑んだかと思うと、またいつもの声で言った。
「それでは、現実世界へと向かいましょうか」
「はい!」
宏樹は安奈に従ってサークルの中へと入り、英傑を召喚した。
「それじゃあ、私が合図をしたら英傑の中に入ってちょうだい!」
「わかりました!」
もうすっかり日が落ちている夕闇の雑木林の中に鎮座する、二両の戦車「KV-2」「Panther」が発動機を唸らせている。
「閉めて!」
宏樹はその合図を聞くや否や英傑の内部に入り込み、中からハッチを閉めた。
それから数十秒後、二人は雑木林の中から霞のように姿を消した…。
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