第31話 再び現世へ...



安奈からの合図を聞いて英傑の中へと潜り込んだ宏樹。


…入って英傑を召還……英傑を召還………

宏樹は言われた通り、心の中で英傑に「戻れ!」と唱えた。


……?これでいいのかな…?

30秒ほどしても、何も変化が起こらず本当に現世に戻れているのか。と宏樹が不安を感じ始めたその時…!


「うわ…!?なに……??」

突如として英傑の内部が青い炎に覆われ、上部から少しずつ英傑が消滅して外の景色が見え始めた。

「これは……!!!」


弱まっていく炎の先には、天井や床なんかがボロボロと抜けている廃屋のような場所が広がっていた。

「いつぶりかしら…ここに来るのは…」

先に現世に着いていた安奈がそう呟く。


「この場所は、見覚えあるでしょう?」

「は、はい、多分あります」


「この場所は貴方がハルマの都へと来る時に通って来た『北御谷』の廃屋よ」

「ですよね…!北御谷…………って、あれ?」

「…どうかしたの?」


ようやく帰ってこれて一安心をしようとした宏樹の心の中に、ある一つの疑問が生まれた。


「確かに『北御谷』にはこんな感じの廃屋がいくつもあったんですけど……廃屋の中には入っていないんですよね…」

そう、宏樹はどうやってハルマの都まで来たのか、覚えていなかったのである。


「ああ、それはね…」

そんな疑問に安奈が答えてくれる。

どうやら彼女の話によると、宏樹はハルマの都へやってくる時にある幻覚を見せられていたのだと言う。


「げ、幻覚ですか…?」

…そんなこと…あったかなぁ………?

「そうよ、覚えていないかしら?」


逆に質問をされてしまった宏樹は、ハルマの都に来るまでの状況を思い返した。

「う、う〜ん、確か…変な道を通って都に着いたような…?」

「そう…竹藪道よね」


そう言われた宏樹はハッと記憶が蘇った。

「あ!確か突然竹藪のような道が現れて…そこを通ったら都に着いたはず…!」

「まさか、忘れてたの…?」


「あはは…ちょっとボケてました笑」

「そう、ならいいんだけど……」

宏樹はちょっとど忘れをしてしまったと軽く受け流したが、妙に安奈の表情が重い。


「まあいいわ...。とにかく、その貴方が見てきた竹藪道や館のような建物は全て幻覚で、私たちが意図的に見せていたものなのよ」


「…え!?あれ全部幻覚なんですか?」

あの場で見たもの全てが幻覚だというのは、なかなか非科学的でクレイジーな話だ。


「でもどうして、幻覚なんか見せるんですか…?」

まず宏樹は、誰でも思うありふれた疑問を投げかけた。

「それは、簡単。都が消滅するからよ」


…え…?……え!?

「都が消滅!?一体、どういうことですか!?」

宏樹はさらなるトンデモ発言にややオーバーに驚く。


「理由は簡単。空世が人の記憶によって成り立っているから」

「き、記憶によって…?」

それは一回聞いて、なるほど!と言えるような内容ではなかった。


ここからの説明は少々難解のため、安奈の話を端折ってまとめることとする。


彼女の話によると、この空世という世界は現世にいた人間の記憶によって世界が成り立っているという。


人の侵入が極端に少ない土地にはかなり古い建物があったり、よく人が通る場所は現世とさほど変わらない風景が広がっていたりもするというのだ。


「現世にはないものとかありそうで、探索したら遺跡とか見つかりそうですね」

「確かにそう言った事例もいくつかあったわ、ただ…この現象は良いことばかりでもないの」


安奈曰く、この現象によって現世に建っていないはずの建物が崩壊してしまったり、逆に現世に建っているはずの建物は轟音を上げながら地面から出てきたりするのだと言う。


「一言で言ってしまえば、私たち人間が持つ記憶によって“目の前”で破壊と創造が引き起こされるの」

そう言われた宏樹はなぜ自分が幻覚を見せられたのか、なんとなくわかったような気がした。


「つまり、都の存在を知らないまま空世に入ったら都が消えちゃうってことですか?」

「そう。だから貴方には大きな建物が建っている幻覚を見た上で眠ってもらったのよ」


確かに幻覚だと言われれば、廃集落で体験したことも納得できるが…。


「なんだか…怖いところに住んでますね…」

宏樹は幻覚を見せられていたことより、安奈がそんなリスクの高い場所に住んでいることに、ただならぬ恐怖を感じた。


「まあそうね…私たちも初めからここに住んでいたわけじゃないけれど…」

安奈は俯きながら意味ありげに言う。

「まあとにかく…!」


安奈はすぐに顔を上げて、話を戻した。

「ここから出れば、北御谷の廃集落内に出るから」

彼女はそう言いながら、びっしりとつたで覆われた壁へと近づいて行った。


「ここからって…。そこ壁ですよ…?」

宏樹が彼女の妙な動きを疑問に思っていると…。

「ここにドアノブがあるの」


彼女がそう言って蔦の中に手を突っ込んだ次の瞬間。

「あ…開いた…!」

なんと、壁の一部がギィィ〜と音を立てて開いたのだ。


「ほ、本当にあの廃集落だ…!」

開いた扉は宏樹が通った廃集落の道へと繋がっていた。


「それじゃあ、私の言った条件を忘れずに。今日はまっすぐ自宅へと帰ること」

「…はい!」


宏樹は安奈が開けてくれたドアから屋外へ出た。

「自宅へ帰ったら、まずはここに連絡を入れてちょうだい」

彼女はそう言って都の電話番号が書かれた紙を宏樹に渡してドアを閉めた。


…わかりました………!

宏樹は心の中でそう安奈に伝え、歩き始めた。



「隠されて周りから見えないんだな…」

自分が出た建物を改めて外から見てみると、そこは蔦や木々に覆われて巧妙に周りから見えないようになっていた。

…よ〜し!とりあえず帰ろう!


それから宏樹は、小走りで山を降りて夕方のバスに乗り、出で湯通りのバス停を目指した。


しばらく走ってようやくバス停へと着いた宏樹。

「220円で〜す!ありがとうございました〜」

気のいいお姉さん運転手に見送られ、バスを降りた宏樹は一直線に家へと向かった。



長い長い4日間の外出からようやく帰って来た宏樹。


「ただいま〜」

4日ぶりに帰って来た自宅の匂いは、なんだか初めて来たかのような感覚がした。


宏樹が玄関で靴を揃えていると、リビングから足音が近づいてきた。

「宏樹!どこに行ってたの!?」

足音の主は右手におたまを持った母だった。


「その、近くの山の民宿で泊まってたんだよ」

「民宿…!?…とりあえず、どっかに泊まるなら連絡の一つくらい入れなさい!心配するでしょう!?」

母は、相当怒っているようだった。


「はい、すいません…」

...そう言われましても......

空世の世界にいる時は外部との連絡は基本取れないから、宏樹が責められる筋合いはない。


だがそれを伝えるわけにもいかないので、宏樹はただ母の怒りが冷めるまで謝ることしかできなかった。


そんな時…。

「宏樹帰ってきたか。気分は少し晴れたか?」

同じく父がリビングから顔を出してそう尋ねてきた。


「うん!民宿の人も優しくて、お隣に泊まってた人から飴まで貰っちゃったよ…えへへ」

宏樹はそう言って、さっきバスから降りる時に貰った飴玉を取り出した。

…よっし!このまま押し切って………!!!


宏樹は父が出してくれた助け舟に跨って、今回の外出がいかに有意義だったかを語った。

「……まあ、ひとまず無事なのね?」

「うん、心配かけてごめん」


母は、宏樹の話に納得したのか静かにリビングへと戻って行った。

ようやく怒る母をなんとか突破した宏樹は、真っ先に部屋へと向かった。

…とりあえず、安奈さんに連絡しないと………


✳︎ ✳︎ ✳︎


それから、安奈に家へと帰った報告を済ませた宏樹は、さっとシャワーを浴びて母が作った夕食を食べた。

「ご馳走様〜」

「は〜い」


時刻は9時過ぎ頃。まだ寝るのには早すぎるが………。

「いろいろあったし…疲れたな………」

三日間続けて訓練をこなした体は明らかに疲労しているようで、椅子に座るのもしんどさを覚える。


「明日は学校だよな…どうしよう…」

様子観察期間は今日までのため、明日はもう学校に行かなければならない。


宏樹は溜まりに溜まったSNSのメッセージを眺めつつ、色々考えた末に今日はもう就寝することにした…。

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