第六章 新しい日常

第32話 久々の学校生活



翌日…。


「えぇ〜nに2ではなく、3を代入するとこの式は〜…………」


宏樹は高校へと登校し授業を受けていた。


「じゃあ霧咲きりざき、この定理の名前は答えられるか?」

「はい『フェルマーの最終定理』です」


当たり前のように行われる授業。

いつものように過ぎていく時間。


「はい、そうです。えぇ〜この式はフェルマーの最終定理と呼ばれ〜……」


”非日常“からなんとか帰ってきた宏樹のことなんてお構いなしに、時計の針は進んでいく…。



ーーーキーンコーンカーンコーンーーー


「起立、礼」

〜〜〜ありがとうございました〜〜〜


第三限の授業が終わり、次の授業までの小休憩へと入った。


「ねぇ〜ゆうちゃん、次の授業なんだっけ〜?」

「ん〜とねぇ〜確かぁ〜」


同じクラスメイトの人らは、各々が当たり前の“日常”を過ごしている。

ある人はお茶を飲み、ある人は教科書を片付け、ある人はスマホをいじっている。


そんないつもの学校生活が流れている空間に一人置いていかれている少年がいた。


「お〜い宏樹、飲みもん買いに行かね?」

数人のクラスメイトに、そう声をかけられる。


「いや…俺はいいから、皆で行ってきなよ…」

「…ちぇっ、つれねぇなぁ…行こうぜ」


誘いを断られたクラスメイト達は、やや不貞腐れた様子でどこかへ歩いていってしまった。


「…はぁ…………」

一人取り残された少年は、机に伏せて小さなため息をつく。


彼の名は銀走宏樹。

現世とは違う空世と呼ばれる世界からなんとか帰ってきた、不甲斐ない少年だ。


…ほんと…不甲斐ない………

宏樹はそう心の中で呟く。


帰ってきたはいいものの、友人からの誘いに乗ることもできないし、授業に集中することすらもままならない。

…こんなことになるなんて………


これは宏樹自身が進んで選んだ結果なのだから、黙って受け入れるしかない。

それなのに彼は、未だに自分の選択を飲み込みきれないでいた。


その理由は単純明快。

自分は授業よりも訓練を受けるべきだったかもしれないという焦燥感と、いつ、敵に襲われて殺られるかわからないという漠然とした恐怖感があまりにも強かったからだ。


特に、いつ襲われるかわからないという恐怖はとても強くて、急に周りから人が消えるなんてことがあったら…と思うと気が気ではなかった。


…わかっていたんだ…だけど………

あんなにアルフが現世での生活を止めようとしたのだから、このような状況に陥ることは多少は予想できていた。


しかし、実際に感じる恐怖心は宏樹が思っていたよりも遥かに強く、他のクラスメイトは当たり前のように学校生活を送っているというのも、また彼の神経をすり減らす大きな要因になった。


「…はぁ………」

そうは言っても、他のクラスメイトの人たちに非があるわけじゃない。


…とにかく、学校が終わったらすぐ帰ろう……

今の宏樹にできるのは、この辛い生活を耐え抜いて地道に訓練を受けていく。ただそれだけだ。


…よし…!じゃあ次の授業に………

長い葛藤の末、ようやく次の授業の準備をするために立ち上がった宏樹。


…あっ…!…え…え、え!?……

そんな彼を、早くもどん底に陥れる出来事が起こってしまう…。



…やばっっっ!!!

宏樹は急いで教室を出て隣の教室を確認した

…い……いな……!!??


なんと、宏樹が机に伏せているうちに、さっきまで周囲にいたはずの人達が忽然と消えていたのである。

…マジか!マジか!!マジか…!!!


自分が置かれている状況を瞬時に理解した宏樹は、猛ダッシュで階段の方へと走りはじめた。


…屋上に逃げよう…!屋上なら安全なはず…!!!


訓練中に安奈から教えられていた。

『もし街中で敵に襲われたり空世に迷い込んだりしたら、戦車が登れないような高さへ逃げること。高台でも建物の屋上でもいいわ』


宏樹はそのアドバイスに従って、ひたすら屋上を目指して走った。


しかし、その行動が思い違いだったと宏樹はすぐに知ることになる。

「おおい!どこに行くんだ宏樹、そんなに慌てて??」

「せ、先生!?」


宏樹が屋上へと続く階段を上ろうとした時、下の階から上がってきていた体育科の先生と鉢合わせた。

「今から修学旅行の説明会をするぞ、体育館にみんな集まってるから急いで行きなさい」


「体育館…?説明会…??」

色々なことが起こりすぎて混乱していた宏樹は、先生の言っていることが一瞬わからなかった。


「聞いていないのか?今朝のホームルームで伝えられていたはずだぞ?」

「あ…ああ、そうでしたよね、すいません!すぐ行きます」


…思い出した…!確かに言ってた…!!

先生の言葉でなんとか我に返った宏樹は、確かにそんな連絡があったな…と思い出した。


「気をつけていくんだぞ」


宏樹は後ろでそう呼びかける先生を突き放すかのように、再び猛ダッシュで体育館へと向かった。



ーーーガラガラガラーーー


体育館の後ろの扉を開けると、そこには二学年の生徒全員が集まっていた。


「銀走〜遅いぞ!早くクラスのところへ行け〜」

「はい、すいません…!」


宏樹は他の生徒にジロジロ見られながら自分のクラスの列に入った。

ようやく自分の座る場所へと腰を下ろした宏樹は、近くのクラスメイトから例の出来事を色々と聞かれた。


「なあ宏樹、お前道路で倒れたんだって?」

「う、うん、まあ…」

どうやらクラスメイトの人達には宏樹の身に起こったことは伝わっているようだった。


「その年にして飲みにでも行ったのかぁ?」

「いや、そういうわけじゃ…」

いや普通に、未成年飲酒は違法だし…。


クラスの男子達は宏樹をおちょくるために例の話題を出したようだが、女子は逆に心配の言葉をかけてくれた。


「もう体は大丈夫なの?」

「うん、ある程度は良くなったかな…」

…今は体よりも心が……

と口から出そうになったが、グッと堪えて平静を装う。


「〜〜ちゃんも、心配してたよ〜」

「そ、そうだよね〜こんなに休んでたからね〜」

どうやら、宏樹のことを心配している誰かがいるらしいが、肝心な名前は聞きそびれてしまった。


「それより、道路に倒れてよくかれなかったね」

「それは…確かに、そうかも」


クラスメイトに言われて初めて気がついた。

あの時の現場は住宅街に挟まれた道路だったから、車や自転車が通ることは珍しくない。



それに太陽が完全に沈んでしまっていて、辺りはほぼ真っ暗だったはず…。


「豪運だね、宏樹くん」

「確かにね…笑」

女子にそう言われた宏樹が頭を摩っていると…。


「おい!そこのクラス騒がしいぞ!」

…うわヤッベ………!!


背後にいる先生から注意を受けてしまった。

それからはクラスメイトと話すことはなく、宏樹は集中して修学旅行の説明を聞くことにした。


「え〜では早速、今年の修学旅行で行く場所を発表したいと思います」

生徒指導部の先生の話にクラスのみんなが耳を傾ける。


「今年の修学旅行先は…東京と京都に行きま〜す!!!」

その発表に、体育館はどっと歓声に包まれる。


…今年の旅行先めっちゃ豪華だな……!!

宏樹が通っている高校は、生徒達の投票をもとに修学旅行先を決めるという独自のルールがある。

そのため、旅行先はその年その年で違うのだ。


「はい!えー、ここではしゃぐのはいいですが、向こうでは礼儀正しく振る舞いましょう!」


〜〜〜はい!!!!〜〜〜

教師の言葉に体育館にいる生徒らが一斉に良い返事を返す。


…楽しみだな…修学旅行……

そんな時間を過ごしていると、なんだかさっきまで色々悩んでいた自分がバカらしくなってきた。


…考えすぎだよな……色々……

宏樹はせっかく楽しい気分になったのだから、これを機に心を入れ替えようと決心した。


そうして修学旅行の説明会が終わり、教室へと戻ることになった。

…お腹減ったなぁ……


体育館を後にする時には、空腹のせいか今まで悩んでいたことが薄れていた。

すると…。


「お〜い宏樹、あとで飯食いに行こうぜ〜」

「1週間ぶりに」

歩いている宏樹の前方に、とある二人の友人が現れた。

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