第29話 新たなる技



安奈の助けもあってようやくアルフを説得することに成功した宏樹。

そんな彼は今日も厳しい訓練を受けるために、訓練場へと向かっていた。


「宏樹くん!」

「はい!」

その移動中、宏樹は安奈からとあることを言われる。


「あなたは明日から、いつ敵と遭遇するかわからない危険地帯へと帰ることになる」

「はい…!」


「だから、今日の訓練はこれまで以上に気を引き締めて取り組むように」

「わかりました…!」

安奈はそう言うと宏樹を置いていくかのように、加速していった。


…俺は本当に、大丈夫なんだろうか………

ようやく悩みの種を一つ解決し元の世界へと帰れることになった宏樹だったが、彼を悩ませる不安は決して一つだけではなかった。

どれだけ操縦が上手くて射撃も他より秀でていたとしても、それが戦闘におけるほんの一要素でしかないことくらい、宏樹でもわかっていた。


実際にこれから、どんな訓練が必要でどんな技術を学ぶべきなのか。

どんな敵がいて、どうすれば倒せるのか?

弱点は?敵の種類は?…と不安なことは挙げていけばきりがない。


だが、当の本人は不安こそ感じているが未だに実感は湧いていないようだった。

……でもまあ、きっとなんとかなる…!


安奈の後を追う少年は、まだ現実世界での生活をすることの恐ろしさを何も知らないでいた。



それから英傑に乗って走ること10分。

「今日の訓練場はここよ」

あんなに連れられて到着した訓練場は、これまでのだだっ広い訓練場とは一風変わっていた。


「すっごい作り込まれてますね…!!」

中央には周囲を見渡せるくらいの高台が置かれ、左右には市街地を模している建物群が並び、どちらの方にも建物群を真っ直ぐに分断するような川が流れている。

川にはそれぞれ2本の橋がかけられいて、まるで小さな街のような様相を呈していた。


「ここはよくある戦場を忠実に再現したデモフィールドよ。あなたにはこれから、とある訓練を受けてもらうわ」

安奈はそう言うと、訓練場の両端の方を指差しながら言った。


「私は右側からスタートする。あなたは反対側の左側からスタートして」


これから行う訓練の内容はこうだ。

まず互いに両端からスタートして、建物の合間を縫いながら徐々に中心の方へと向かって移動する。

途中でルートを変えたりおとりを使ったりして、先に敵の背後を取った方の勝利というシンプルなものだった。

…ん?…………?


「この訓練は本来なら、後半の方で行うちょっとハードな訓練よ」

「へぇ〜…そうなんですか?」

訓練の説明を聞いている限り、そんなに難しそうには聞こえなかったが…。


「移動だけできれば、どうにかなりそうですけど…」

「いいえ、それは違うわ…」

宏樹がそう言うと、安奈はまたしてもこの訓練の重要性を熱く語ってくれた(ありがた迷惑)


「まず、戦況を左右するものとして、観察力の次に大事なもの…なんだと思う?」

「なんですか?」

「…心理戦よ」


「で、ですよね…!心理戦ですよね…!確かに…必要だと…」

やば……え?心理戦…ってなんだっけ…?

宏樹は聞いたことあるはずの単語をド忘れしてしまっていた。


「わからないのね…」

「は…はい。抜けてました…」

指先を口に当てる仕草をする宏樹は、簡単に嘘を見破られてしまった。


「…たとえばそうね…あなたは隠れ鬼ごっことか、やったことあるかしら?」

「あの、かくれんぼとおにごっこが合わさったやつですか?」

「そうそれ」


安奈によると、この訓練は隠れ鬼ごっこによく似ているのだそう。

「あのゲームでも誰が鬼なのか?とか今鬼がどこにいるか?とか考えるでしょ?それをイメージしたらわかりやすいと思うわ」

「ああ…確かに…言われてみれば似ているような…」


「この訓練においても、相手を惑わせるためにダミーの戦車を高台に登らせたり、自分とは別の場所に囮を向かわせたりするの」

「へ、へぇそうなんですね…」

宏樹は饒舌に口を動かし続ける安奈の話を適当に聞きながら、ある質問を飛ばした。


「それはそうと…安奈さん、一つ質問してもいいですか?」

「ええ、なにかしら?」


「その、ダミーとか囮…って一体なんのことですか…?」

それは、さきほどからずっと感じていた違和感だった。


その言葉の意味はもちろん知っている。しかし、今の宏樹にはその“ダミーを使う”という状況が、あまり想像できなかった。


「そう、いいところに気がついたわね」

安奈は宏樹を褒め、深く息を吸ったかと思うと徐に話し始めた。

「今日行うのは、戦力召喚の技術『英傑戦技えいけつせんぎ』についての訓練よ」


「え…えいけつ…なんですか?」

宏樹は首を大きく傾げて、わからないアピールをした。

「英傑戦技ね」


「それで…英傑戦技っていうのは、なんなんですか?」

「まずはそれを説明するわね。見ておいて」

安奈はそういうと、英傑を僅かに前進させ青い火を纏わせた右手を空へと掲げた。そして…。


「英傑戦技 牙猫がびょう『ルクス』」


安奈がそう言い放った直後、二人の前に偵察ていさつ車両と思われる小柄な戦車が炎と共に出現した。

「これが「英傑戦技」よ。戦力召喚ができるという大きな利点だけでなく、これらを活用して…」

「か…カッコいい…!」


「ちょっと…聞いてるの…?」

「あ…すいません…!」

宏樹は目の前に炎に包まれて召喚された戦車に釘付けになっていた。


「軽装甲偵察車『Luchs』まあ、あまり見ない戦車ではあるわね。まあとにかく、このように戦力召喚ができるのが『英傑戦技』よ」

「なるほど…それじゃあ自分もやってみます」


宏樹がこれまでと同じように、安奈の真似をしようとしたが…。

「ちょっと待って…!今回ばかりは、今までとは少し方法が異なるの」

「え…?どういうことですか?」


もしかして、今の自分では使えないのではないか?と宏樹は不安がった。

「ん〜決してそういうわけではないわ。…ただ…」

「ただ…?」

「…人によって使える車両と使えない車両があるの」


奥歯に物が詰まったような言い方だ。

「ってことは、全くも使えない人も…?」

「それはかなり稀な例だけど……まあとにかく!」


「あなたが乗っている英傑はクビンクの車両だから…とりあえずクビンク出身の傑帥ひとらがよく使う車両を教えるわね」

宏樹はそれから安奈からとある戦車の名前を教えられた。


「それじゃあ、早速やってみて」

「はい…!」


この技術は今までのように、見よう見まねでできるわけではない。

もしこれが習得できなければ最悪の場合、敵と戦うことすら困難になる…。

…よし…!迷っててもしょうがない…!!!


不安を抱えつつも宏樹は安奈から指示された通りの戦車の名を叫んだ。


「英傑戦技 装輪そうりん『ベーテータンク』」


その直後、見たことのない戦車が目の前に姿を現した。

…やった…!召喚できた………!!

「…よ、よくわからないけど…これもカッコいい!!」


「これは『BT-7』って言う戦車ね」

安奈の説明によると「BT-7」は旧クビンクでは良く使われていた偵察車両だそうで、数は少ないものの当時としては快速の部類に入るこの戦車は、多くの場所や国で使われたという。


「この『英傑戦技』を覚えておくことで、私たちの指示通りに動く優秀な戦力を扱えるだけでなく、戦車の特性をフルに活かした強力な技も使えるようになるわ!」

「な…なるほど…」

早口でいろいろな説明をされた宏樹は、話の内容があまり頭に入っていなかった。


「それじゃあ、問題なく召喚がきたところで、早速訓練を始めましょう」

「はい!」

晴れて英傑戦技を習得した宏樹は、これから安奈と共に訓練を始めることになる。

だが、今の彼は知らなかった…。


この訓練は今まで以上に熾烈を極めるということを。

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