第28話 一体なぜ…?
「聞かせてもらおうじゃないか。話せ…」
アルフがこちらへと向き直って聞く姿勢を整えると、安奈がゆっくりと話を始めた。
「単刀直入に言いますと。彼の主張は間違っていません」
「………」
安奈はアルフがなにも返事しないことなど、お構いなしに話を続ける。
「確かに…彼はまだまだ未熟で、実戦へと赴くには力不足であることは否めません。…しかし、それだけを理由に彼の帰還を拒否するのは、少々度が過ぎているのではないでしょうか?」
宏樹は安奈のその発言に少しだけドキッとした。
…ヤッベ…さっき言ってた内容と真逆だ…!
宏樹はアルフを説得したいがために勢い余って見栄を張っていたことを、いとも簡単にバラされてしまった。
そんな痴態を晒されてしまった宏樹は、ただ何も反応せずに俯いたまま話を聞いていた。
そんな時、ずっと黙っていたアルフが口を開く。
「それはなぜ…?」
「この選択によって、彼がこれまでに築き上げてきた交流や、これからの未来まで奪ってしまう可能性が高いからです」
…安奈さん………こんな俺のために………
宏樹はなぜ安奈が味方についてくれているのかわからないが、自分の言いたいことを毅然と言ってくれる彼女にはただただ感謝しかなかった。
そんなやりとりを宏樹が側で聞いていると、ずっと黙っていたアルフが口を開いた。
「私が最も恐れているのは…彼の転化…。すなわち、死だ。…それは…君もよくわかっているだろう…」
「ええ、もちろんです」
歯に衣を着せないアルフの発言に、安奈はまるで怖気付くそぶりも見せず答えた。
そんな彼女は、交渉を有利に進めるためにとある事をアルフに提案した。
「外に出る彼には、それ相応の厳しい条件を、いくつか与えようと思っています」
「条件………」
アルフの首がやや上向きになった。
その提案をした後、安奈は宏樹の方を向いて言った。
「それに同意できなければ…あなたをここから出すことはできない」
…同意…できなければ………
宏樹はほぼ無意識に唇を噛む。
よくよく考えれば当たり前な話だ。
アルフの考えは至極真っ当で、こちらはその考えに異議を唱え現状を変えようとしている側であるから、多少の譲歩はしなければならない。
「その、条件っていうのは…なんですか?」
宏樹がそう尋ねると、安奈は深く息を吸ってゆっくりと話し始める。
「一つ目に、朝晩の生存報告を私にすること。方法は電話かメールのどちらでも構わない」
…生存報告………これは簡単そうだな……
「二つ目に、12時から16時、または18時から22時の訓練のどちらかに、週5回以上参加すること」
…4時間の訓練を…週5回……結構ハード!!
「そして最後の条件だけど…」
安奈はそこまで言っておいて、なぜか口を止めてしまった。
「…一体…なんですか…?」
宏樹は口を止めた安奈に、恐る恐る最後の条件を聞いた。しかし…。
「最後の条件は…この都及び、異世界の存在を何をおいても他言しないこと」
…他言…え……?
「それだけですか…?」
別に難しくもない条件だな…と宏樹が口から溢すと…。
「これは命に変えても守り抜かなければならない。もし喋れば…二度と現世の土を踏む機会は訪れない…。わかったかしら?」
「は…はい……」
宏樹が瞬きをしたその瞬間に、安奈の人差し指が宏樹の口へと伸びていた。
息も詰まるような気迫の前では、威勢の良かった宏樹もただただ圧倒されることしかできなかった。
「この三つが今のあなたに守ってもらう最低限の条件よ。守れるかしら?」
…そんなの……絶対に………!!!
宏樹はせっかく安奈が開けてくれたこの道を、通らない理由など無かった。
「守れます!僕は、必ず生き抜いて訓練を終わらせてみせます!!」
宏樹は安奈からの問いかけに、間髪入れずにそう答えた。
少しすると鋭い目つきで条件を提示した安奈の目つきが崩れ、僅かに微笑んだ。
「では…私はここで失礼します」
宏樹のその言葉を聞いた彼女は、くるっと二人に背を向けて部屋から出た。
…出て行っちゃった………どうしよう……
彼女が部屋を出た後の宏樹は、なんだかとても気まずいような空気を感じ取った。
それもそのはず、安奈がここを出るための条件を話し始めた時を最後に、アルフが一言も言葉を発していないことを宏樹は知っていたからである。
…怒ってないだろうか………?
宏樹がチラッとアルフの方を見てみると、彼は少し目を見開いたまま何かを考えている様子だった。
すると、彼は宏樹が様子を伺っているのを悟ったのか、ゆっくりと目を閉じて呟くように言った。
「守れるんだな…」
「はい…!もちろんです!」
「そうか………」
アルフはそう言って再び机の方へと向き直り、先程の紙類を机に広げ始めた。
…もう…出てもいいのかな…?
宏樹はアルフの行動を見て少しだけ悩んだが、もう大丈夫だろうと思い意を決して椅子から立ち上がった。
「僕も、失礼…します…」
宏樹はきっと訓練場で待っているであろう安奈の後を追うために、部屋を出ようとした。
椅子を元の位置に戻して、部屋の出入り口へと歩み寄った宏樹。
あと数歩進めばドアノブに手が届くと言うその時、アルフが声を溢した。
「少年………死ぬなよ…」
「………わかりました」
呟くような…か細く弱い声。
…彼は一体…なにを背負っているのだろうか?
…彼はなぜ…こんなにも強く現世を拒むのか?
宏樹は、アルフの心のうちを知ることのないまま部屋を後にした。
「こんにちは…お、見ない顔だね?」
「あ…どうも…こんにちは…」
階段下を出ると、そこには本を読みに図書館を訪れている数人の人が居た。
…安奈さんを追わないと………!
宏樹は訓練場へと向かうために、話しかけてくる人に構わず小走りで図書館の出口へと向かった。
そこを出て左を向くと、そこには安奈が壁を背にして立っていた。
…安奈さん………!
他のどこでもない、澄み切った青空だけをまっすぐに見つめている彼女の姿は、どこか寂しげなのにはっきりとした輪郭を保っていた。
「安奈さん……!」
宏樹は駆け足で彼女の元へと歩み寄る。
「あら、もう来たの。それでは早速行きましょうか」
すると歩いてくる宏樹に気が付いた安奈は、すぐにその場を動いた。
まるで、”何か“から逃げているかのように………
「安奈さん!」
「ん…?どうしたの?宏樹くん…」
宏樹は動き出した安奈を呼び止めて、今一番聞きたい疑問を投げかけた。
「どうして…あんなことを…?」
安奈も長い間現実の世界には行っていないと言っていたし、アルフに対しても「支配人」と呼んでいてどこか慕っているようなそぶりがあった。
そんな彼女には、外に出たいという人間の味方するメリットなんて無いはずだ。
にも関わらず彼女は、こんなわがままな少年の意見を担ぎ、説得に力を貸してくれた。
そんな疑問を投げかけられた安奈は、さっきと同じように僅かに微笑んだかと思うと、こちらに背を向けて呟いた。
「それは、聞かないのが筋よ」
サラッとなびいた透き通るように白い髪。それは返って何かを隠している黒いベールようにも見えた。
「そうですか…」
…絶対…なにかある………
そう確信した宏樹だったが、再び聞き尋ねる勇気はなかった。
いや、聞くのは失礼だと思ったからと言うのが正しいだろうか?
「すいません…無理に聞いちゃって……」
仮に言いたくないようなことがあるのだとしたら、無理に聞くのは良くない。
そう思った宏樹は彼女に謝った。
すると、安奈が少しの間をおいて口を開いた。
「まあ…強いて言うなら…応援したくなったからかしら」
「……そうですか…!」
宏樹は嬉しいような寂しいような…。
世界中のどこの辞書を探しても見つからない、正体不明の感情が心の中に生まれるのを感じていた。
彼女が微笑んでくれていると言うことだけが、宏樹の心の中をとても晴れやかな気分にさせた。
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