第5話 あれは幻覚か、それとも...
……あれ?……ここは?
宏樹は、自宅とは違うベッドの上で目を覚ました。
ここって病院……だよな。
次に宏樹が目を覚ました場所は、小さい頃によくお世話になっていた近所の総合病院の病室の中だった。
親が共働きということや近場に親戚がいなかったことから、風邪にかかった時はたびたびこの病院にお世話になっていたのだ。
「街中で変なのに襲われて……それから」
宏樹には、ここに連れて来られた時の記憶はなかった。
とりあえず宏樹は今の日時を知るため、病室の中をぐるっと見渡して時計を探した。
「あったあった!……えーっと今は……」
……確か……あの日は6日だったような…………
どうやら、約半日くらいはここで眠っていたらしい。
特に外傷があるわけでもなく体も問題なく動かすことができた。
昨日の夜、自分の身に起こったことはもちろん気になるが、とりあえず今自分がどういう状況にあるのかを知りたかった。
ーーーテロレロリーン、テロレロリーンーーー
宏樹はひとまずナースコールを押してナースを呼んだ。
少ししてやや年配のナースさんが部屋に入ってきた。
「銀走さん起きられました〜?」
「はい、たった今起きました」
「まずは洗顔どうぞ〜」
愛想の良いナースさんに勧められるままに洗面所へと行き顔を洗った。
それからナースさんに色々尋ねられた宏樹だったが、今の体調や気分面のことを聞かれただけだった。
昨日見たものについて何か聞かれるかと思い意気込んでいただけに、どこか拍子抜けな感じがした。
そんな時、どこからかグゥーっという聞き馴染みのある低音が鳴った。
「全然、元気そうですね!」
「そうですね……笑」
張り詰めていたのが少し和らいだからだろうか?宏樹は少し恥ずかしがりながらそう答えた。
よくよく考えたら昨日のお昼から何も食べていないのだから、体が空腹を訴えるのも無理はないだろう。
「朝食お持ちしますね〜」
「はい!お願いします!」
それから3分ほどして宏樹の鼻に美味しそうな匂いが舞い込んできた。
「銀走さん、お待たせしました〜」
先ほどのナースさんがパンとバナナとヨーグルト、そしてホカホカのポタージュスープを持ってやってきた。
「熱いのでゆっくり食べられてくださいね〜」
「はい、ありがとうございます」
宏樹はまたベッドに戻り、ナースさんが持ってきてくれた朝食を食べ始めた。
「うん、懐かしい味がする!」
先ほども言った通り、宏樹は幼い頃にこの病院でよく看病してもらっていて、ここの朝食も何度か食べたことがあった。
あの時のあの味のままで出てきたから、宏樹は少し感動していた。
ほんの10分ほどで朝食を食べた宏樹は、ナースが言っていた病室の入口の横のテーブルにお膳を置いた。
その足で洗面所に向かい、歯磨きを済ませてベッドの上に戻った宏樹は、時計の横に置いてあったラジオに手を伸ばした。
「何か情報が欲しい」
宏樹はいまだに昨日のことを忘れてはいなかった……。
ラジオなら何か情報が流れている可能性が高いと考えながら、周波数をいじってみる。
しかしながら、現実はそう甘くはなかった。
「これも違う……これも…………違う」
ラジオから流れてくるのは音楽か昼の天気ニュースばかりで、知りたい情報を得ることはできなかった。
「はぁ……」
なんの変哲もないラジオ放送の数々に、宏樹はため息をついた。
他にも思いつく手がかりがあるだけまだマシだったが、今の宏樹には一つでも希望を絶たれるのは結構ショックなことだった。
宏樹ががっかりしていたその時、誰かが走ってくるような足音が聞こえてきた。
「宏樹ー!宏樹ー!!」
その声の正体を宏樹はすぐにわかった。
「お母さんー?」
その声は宏樹の母の声だった。
「宏樹大丈夫!?」
「え、あーうん、大丈夫だけど?」
ベッドカーテンの奥から現れた母親は汗だくだった。
「よかったよかったー」
母は安心するなりベッドサイドに置いてあったパイプ椅子を広げるなり、そこに腰掛けた。
天を仰いで2回ほど深呼吸をした母が口を開く。
「久々にあんなに走ったよー!もう暑っいねぇ!」
「いやぁーなんか、ごめん〜ほんと……!」
どうやら宏樹が目を覚ましたという病院からの連絡を受けて飛んで来たのだという。
現状はあまりわからないが走って来てくれた母に申し訳なくて、宏樹はとりあえず謝った。
それから呼吸が整った母がこれまでの経緯を話してくれた。
母の話によると、昨日の夕暮れに通りがかりの人が街中で倒れていた宏樹と幸人を見つけ、すぐに救急車を呼んでくれたのだという。
そしてこの総合病院に搬送された宏樹だったが、身体に外傷はなく特に異変もなかったそうで、ただ眠っているだけですぐに起きるだろうと診断されてこの病室に運ばれて来たそうだ。
「異変はなかった………」
とは言っても道端で突然、睡魔に襲われて倒れ込んでしまったというのは普通じゃない。
「とにかく、1週間の間は無理しないで」
「うん、わかったよ」
医者からは、大事を取って1週間ほど登校を控えてくださいと言われたそうで、それに従うそうだ。
「お母さんも1週間は家にいるから」
「わかった、ありがとう」
母の優しい言葉に宏樹はなんだかホッとした。
母は続ける。
「幸人君も無事みたいだから」
倒れた二人を発見してくれた通行人曰く、発見した時に幸人は目を覚ましていたらしく、呼び出した救急車に念のため宏樹と一緒に搬送されたのだと言う。
宏樹と同じで特に変わったところもなく、その日に退院して今日は学校に登校しているという。
「親御さんは結構……心配してるみたいだけど……本人が大丈夫!って言ったらしいの」
幸人が無事だと聞いて少し安堵した。
今の宏樹にとって彼は同じ状況に遭遇した人物であり、唯一の理解者かもしれないからだ。
二人とも無事だったのは不幸中の幸いだが、本題はここからだった。
「幸人は何か変わったこと言ってなかった?」
宏樹は意を決して母にそう尋ねた。
いつもの街中であんな“モノ”に遭遇したのだ。幸人が他の誰かに言っていないとは考えづらい。
「え?ああ………実は……」
母は少し戸惑いながらゆっくりと口を開く。
「変なものを見たとか、なんとか言ってた……らしいけど」
宏樹は確信した。
「変なものって……?」
「ん〜、詳しくは聞いてないんだけど……もしかして宏樹も何か心当たりがあるの?」
そう聞かれた宏樹は少しシリアスな口ぶりで話し始めた。
「うん。変な兵器みたいなのが走って来て……それに襲われたんだ、爆発音も聞いた」
そう答えると母の顔は明らかに曇った。
それから少し考えた後こう言った。
「実は……幸人君も同じこと言ってて、そしたら彼、精神的に不安定って診断されたらしいの……」
「……え?精神的に……不安定?幸人が??」
「そう……」
頭の中でいくら復唱してもその単語は聞き入れられなかった。
当たり前だ。いつも陽気で良くも悪くも楽観的な幸人に限ってそんな診断が下るなんて思いもよらなかったからだ。
「だから幸人君、『俺は大丈夫』って言い張って聞かなかったらしいの…」
少し考えれば分かることだった。
流石の幸人でも、あんな恐ろしい出来事を体験した翌日から普通に登校できるわけがない。
宏樹が無言で俯いていると母が続けて言う。
「宏樹も……見たの?」
一連の事実を知ってしまった宏樹は深い絶望感に襲われた。
幸人が同じことを言ったのなら、自分も同じものを見たといえば周りも信じてくれるだろう。
そう思って得意げに話した内容が、受け入れてもらえないと知ったのだから絶望して当然だ。
「うん…………みた」
「そう…………」
しかし、あんなに堂々と話した矢先、今更見ていないと手のひらを返すわけにもいかなかった。
母はしばらく目を瞑って何かを考えていたが、ゆっくりと口を開いた。
「1週間は休んでいいから、取り合えう様子を見ましょう」
それは悩みに悩んだ末の
今だにあれがなんなのかはわからないが、医者の言葉から察するにあの時自分が見た“モノ”は現実に存在するものではないと言うことを……
宏樹は確信した。
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