第三章 北御谷襲撃事件

第9話 真夜中の集落で...



「まず初めに…これから話すことは絶対に都の住人に他言してはならない。約束できるか?」

アルフは、真剣な眼差しで宏樹にそう語りかける。


「他言…なんでですか?」

宏樹は何の話をするんだ?と少し疑心暗鬼そうな表情でそう問い返す。


「話せば、大きな混乱を招いてしまうからだ」

アルフは、そんな様子の宏樹に全く動じることなく続けた。


…混乱?…重たい話なのだろうか…?

宏樹は、さっきまでのアルフのいい加減な姿勢からは、さほど重要そうな印象は感じられなかった。

とはいえ、この話を聞けば彼が宿号に対して消極的な理由がわかるのかもしれない。


「…わかりました。聞かせてください」

そう思った宏樹は、素直にその話を聞いてみることにした。


「良くぞ言ってくれた…。…今から話すのは我々が体験したとある襲撃しゅうげき事件についての話だ」

アルフは話の頭に感謝を述べ、深く息を吸って話し始める。


「お前さんも知っているだろうが、この都と重なる現世には北御谷集落という廃集落があるだろう?」

「はい。もちろん知っています」

宏樹は話をしっかり聞いて相槌を打つ。


「あの集落が廃れる前。あそこには我々、傑帥達が集まって暮らしていたのだ」

「え…!そうだったんですか!?」

開始早々に初耳な事実が耳に入ってきて、宏樹はとても驚く。


「なんだ。知らなかったのか?」

「はい…。不自然な位置にあるなとは思っていたんですが…」

アルフはそう言いながら頭をかく宏樹を、少し不思議そうに見つめる。


「まあ良い。あの集落には元々200人ほどの傑帥が集まって暮らしていた」

北御谷集落があのような姿になる前の話を、彼は詳しく語ってくれた。


北御谷集落は傑帥達が固まって暮らしているということ以外には、特に他の集落との違いはなかったという。

強いていうなら、山奥の誰の目にも止まらないような場所にあるというくらいで、集落に住んでいた傑帥達も普通に街に出て仕事をしていたのだそう。


しかし、その平穏は突然に終わりを迎えることになった。



「あれは…忘れもしない18年前の真夜中のこと…私がまだ傑帥”だった“時の話だ…」

アルフは震える声で話を続ける。


「突如として集落が何者かに襲撃され、次々と傑帥達が住んでいる住居が破壊されていった」

彼は、北御谷集落で起こったという襲撃事件について語る。


「真夜中だったことが災いして被害は瞬く間に拡大し、多くの住人がこの襲撃によって命を落としてしまった…」

彼の話によると、戦い方を知らない子供までもがこの襲撃の犠牲になってしまったそうで、どれだけ悲惨な事件だったのかは想像に難くなかった。


「…そんな襲撃を起こした元凶こそが…」

そう言いながら椅子を回して机に向かい、口を閉ざした。


「宿号だった…というわけですか」

アルフから回答を求められていると察して、宏樹が続ける。


「そうだ…」

宏樹の回答を受け、彼は静かに目を閉じて答えた。


「…あの場所でそんなことがあったなんて…」

宏樹はアルフからの話を聞いて、色々と考えさせられた。


…悲惨な光景が広がっていたんだろうな……

自分が何も知らずに通ってきたあの場所で、過去にそんな事件が起こっていたと思うと心が傷んだ。


「この襲撃事件によって集落は壊滅。後には焼け落ちた廃屋だけが残され…もう二度と集落に灯りが灯ることはなかった…」

再び口を開いたアルフは、悔しそうな表情を目に浮かべ言った。


…集落が廃れたのは…ただの山火事なんかじゃなかったんだな…

宏樹は重たい話で虚しさを感じる一方で、大きな謎が解けたような感覚も覚えていた。


…いや…そうだよな……山火事で住んでた人がいなくなるなんて、ありえないよな…

それと同時に、謎の失踪があった時点で、何かに襲われたと考えるべきだったことに今更気づいた。


その襲撃の後、わずかに生き残った傑帥達は現世での生活を諦め、自由な開拓ができて防衛も可能なこの空世に都を建て移り住んだという。


「そんな経緯があったんですね…」

あらゆる自由を諦めてきたアルフの話は、とても重たく哀愁を漂わせる。


「でも、安全に暮らせる場所があったのは、不幸中の幸いだったんじゃないでしょうか?」

宏樹は、彼が辿ったあまりに悲惨な過去に救いの言葉を投げかけた。


「まあな…」

アルフの反応は悪くなかったが、その後にこう続けた。


「だが…空世での生活は初めから安全だったわけではない…」

彼はそう言うと宏樹の方に向き直り、空世に移り住んできた時の話をしてくれた。


「まず…生き残った者達は、大切なものを失くしてしまった悲しむに苦しまされた」

ある者は襲撃の際に、仲間を誤って撃ってしまったと自責の念に苛まれ。

またある者は妻や子を失った悲しみに耐えきれずに…その後を追ってしまったという。


「後を追って……」

「………」

アルフは口と目を閉ざしたまま、じっと黙っている。


「それだけではない。空世での建設は当然ながら敵から襲われる危険を伴う」

確かに空世はどれだけでも土地を広げることができるが、建設は死と隣り合わせだったと言っても過言ではなかったそうだ。


「都の建設中にも怨魂との戦いで数名の傑帥達が命を落とし、建設中の事故でも多くの者たちが犠牲となってしまった…」

昨日まで主婦だったり会社員だったりといった者たちによる建設作業は、ただでさえ危険で事故が起きやすいというのに…。


いつ敵に襲われるかどうかわからないという緊張感によって、より作業は難航。

その緊張感はいつしか仲間の間の空気をも悪くし、時には傑帥同士で諍いあうこともあったという。


「諍いって…危ないんじゃ…」

「ああ…全くだ」

宏樹が抱いた感想に、アルフは深く頷く。


それから彼は、話の本題とも言える内容を話し始めた。

「そして…これら襲撃事件をはじめとする一連の出来事は、今も都に住む傑帥らに強い影響を与えている…」


「?…というと…?」

肝心の宏樹だが、あまりピンときていない様子。


「話してはいけないのだ。宿号のことも、襲撃のことも」

アルフによると、多くの犠牲を出してしまった出来事やその元凶となった宿号の話は、都の中ではタブーとなっているのだという。


「タブー!タブーですか…!」

宏樹はその事実に少し戸惑う。


「ってことは…調査したりなんて…」

「もってのほかだな…」

研究したり調査したりなど当然できず、存在を追うことなどは禁忌とすら言われているという。


「禁忌!?そこまで…!!」

「どうか…悪く思わないでくれ」

アルフは眉間に皺を寄せてそう答えた。


「…それで…何も答えられないんですか…」

「そうだ…。…本来ならばもっと奴らについて徹底的に調べ上げて、一人一人がその特性を周知しておくべきなのだが…」

やるせない感情とやりきれない思いが、彼の声から滲み出る。


そんな彼の発言と様子からこの都が孕んでいる、問題の大きさがひしひしと伝わってきた。


…この人も…苦労しているんだな…

宏樹はその言葉を聞いて、先ほどのアルフの行動に納得が行った。


「すいません…そんな過去があったとは、知らずに…」

宏樹は誤解していた事を申し訳なく思い謝罪した。


「いいのだ…。宿号のことを知りたいと言う考えは、間違っていないのだからな…」

そんな宏樹を彼は同じく申し訳なさそうに宥めた。


「こうなる以前には、宿号に関する調査を多くの者が行っていたんだがな…」

アルフは、襲撃事件から流れるように宿号研究に関する内容を話し始めた。


「そうなんですか?」

宏樹はその興味をそそられる話に、思わず食いつく。


「ああ。その中でもある”青年“による宿号研究は誰よりも進んでいて、多くの傑帥らがその知識を享受していたんだ…」

アルフは椅子から立ち上がって、近くの本棚から本を取る。


「青年…ですか?」

宏樹はその言葉に何かを感じて、こう尋ねた。


「…それって…もしかして『Black Prince』に乗った人ですか?」

宏樹がそう言った瞬間。


「待て待て…!!どこでその名を!?」

今まで落ち着いていたアルフが突然取り乱して、持っていた本を床に落としてしまった。

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