第8話 憤りを隠せない少年
ーーーコツコツコツーーー
都へと入った宏樹は、とある場所に向かっていた。
「…お邪魔しまーす…」
囁くような声で挨拶をして図書館へと入館した宏樹は、古びた木材の香り漂う空間を進みながら階段下へと歩み寄った。
ーーーコンコンコンーーー
階段下と着いた宏樹は、小さなドアに3回ノックをした。
「失礼します」
それから、入室の挨拶をしながらドアを開けた宏樹は、その小さなドアの先へと入った。
ドアの先に広がる部屋の中は、相変わらずランタンが放つ黄色い光で照らされている。
そして、部屋の奥にある椅子にはいつものようにアルフが腰掛けていた。
…拡大鏡…?本を読んでるのか…
机に向かっているアルフは拡大鏡を片手に、熱心に本を読んでいた。
「君か…」
そんな彼は、宏樹の存在に気づくなりそう呟いた。そして…。
「現世ではうまくやっているか…?」
と、本を見つめたまま訪ねてきた。
「はい…。なんとか…」
宏樹はその質問にあまり良い返事は返せなかった。
すると…。
「その様子では…。何かがあったようだな…」
自信無さげな宏樹の返事を聞いたアルフは、何かを察してそう言ってきた。
「実は…とあるお話ししたくて…」
宏樹はそれから近くの椅子へと腰掛け、夜の河原で起きた出来事を単刀直入に話した。
「一昨日の夜、自宅近くで『宿号』と遭遇したんです」
一瞬、場が固まるのを感じた。
「なんだと…?近くで宿号を………?」
「…はい…」
宏樹がそう伝えるとアルフはヒョイっと顔を上げ、驚いた表情で宏樹の顔をまじまじと見つめる。
「車種はなんだ?どのような姿をしていた?」
アルフは宏樹が遭遇した“それ”の特徴を細かく聞いてきた。
その質問に宏樹はなるべく詳しく答えた。
「車種はボービアの『Mark I tank』で、特徴は……」
赤く燃える履帯に、赤黒い人影、そして不死身の体。
「ふぅむ…。それは宿号と見て間違いなさそうだ…」
宏樹からの説明をアルフは、一言一句頷きながら真剣に聞いていた。
あの青年の言っていた通り、やはり夜の河原で出会ったのは「宿号」と呼ばれる敵勢力のようだった。
「しかし…宿号がこの付近に現れるとは…」
アルフは組んだ両手に顎を乗せて目を瞑り、どこか悩ましそうな表情を浮かべていた。
「近くにいるのは、あまり良くないんですか…?」
宏樹はそんなアルフに、そう聞いてみた。
「無論だ。…日々巡回などをして、警戒はしているのだが…」
その様子を見ると、どうやらあの場所に宿号が現れたというのは、アルフ側からしても想定外のことだったようだ。
「その、宿号っていうのは…一体どんな存在なんですか?」
宏樹は、険しい表情をしているアルフに問いかける。
「……うぅ〜む…どこから話せば良いものか…」
アルフは表情を一切変えることなく口だけを動かす。
そんな様子だったから、宏樹は話を変えようかとも思ったが…。
「奴らは怨魂よりもはるかに凶暴で、巧妙かつ狡猾な技を用いて傑帥を追い詰める厄介な敵だ」
アルフは突然口を開いて、宿号のことを語り始めた。
「しかし…」
「…しかし…?」
アルフは、何かを言おうとした直前で一度口を止めた。そしてこう続ける。
「宿号はもうかれこれ十数年以上、発見したという報告が無いんだ」
「…報告が無い?」
宏樹はそれを聞いて、少し嫌な予感がした。
「そうだ。だから奴らに関する詳しい情報はあまり無いというのが現状なのだ」
「そうですか…」
その事実に、宏樹は少し肩を落とした。
「だが、奴らの存在が厄介なことには変わりない。奴らは我々が現実世界を拒んでいる元凶でもあるのだ」
「そうなんですか?」
アルフはそんな落ち込み加減の宏樹に対し、宿号がどれほど恐ろしいかを説いた。
「現世に戻ろうとするお前さんを引き留めた理由も、現世に奴らが存在しているからに他ならない」
「な、なるほど…」
「今回は運良く“逃げられた”かもしれないが、次はないかもしれないぞ?」
その語りを何も言わずに聞いていた宏樹だったが、彼の頭には一つの疑念が浮かんでいた。
「でも…宿号って…本当に強いんですか…?」
宏樹が相対した宿号「Mark I tank」はどれだけ砲弾を打ち込んでも倒すことはできなかったし、その「Mark I tank」の取り巻きも空中を走って偵察をしてきたり集団で襲ってきたりといった、怨魂とは明らかに違う厄介な行動を見せてきた。
しかしながら、手も足も出ないほど苦戦していたというわけではないし、それらの厄介な点も勝敗を分けるほどの力があるというわけでもない。
せいぜい数体の戦車が固まって動いているだけで、何らかの特殊な攻撃を仕掛けてくるわけでもないし。
英傑最終作戦さえ習得すれば、あの青年がやったように簡単に倒すことができるようになるだろう。
「戦ってみた感じ、そこまで強いとは感じなかったのですが…」
実際に戦って感じたことを、宏樹は包み隠すことなくアルフへと伝えた。
するとアルフは…。
「生憎、その質問に私は答えることができない」
「…え……できないって…どういう…?」
宏樹は真っ向から反論されると思っていたのだが、彼の口からは何やら意味深な返事が返ってきた。
「先ほど言った通りここ十数年もの間、宿号に関する情報は入ってきていない」
「……」
「それ故に、私が今言えることは奴らの脅威度が未知数だということだけだ…」
「は、はあ…」
…んんん??どういうことだ…?
宏樹は少し不信感を抱く。
先ほどと言っていることが微妙に違っていたからだ。
「未知数って…そういうのって…調べたりとかしないんですか…?」
宏樹は少し違う角度からアルフに質問を飛ばした。
不明のものを不明なままにしておくなんて理解できない。
報告されていないから詳しく知らない、なんておかしな話だ。
そう思って回答を待っていた宏樹だったが…。
「そのことも、私からは何も答えることはできない…」
そう言ったのを最後にアルフは俯いて黙り込んでしまった。
「………」
宏樹はやり場のない感情を抱いていた。
…なんなんだ一体…
宿号のことを酷く恐れていると言う割には、その脅威度は未だにわからないまま。
だというのに、その恐れている対象である宿号のことを調べようとすらしていないときた。
…この人はここの支配人じゃないのか…?
支配人なら何か知っているだろうと思っていたからというのもあるが、宏樹はそれ以上に都を管理している人間として、そのあまりにも“適当”な姿勢を見せるアルフに、どこか不の感情を抱いていた。
「…じゃあ、宿号のことはもう自分で調べるので、図書館を使わせてください!!」
しばらく黙っていた宏樹は、アルフに吐き捨てるように言った。
同じようにしばらく黙っていたアルフも、口を開く。
「…調べ物か。好きにするといい…」
「……………」
宏樹は無言のままで聞いている。
…好きにするといいって…まるで他人事だな…
宏樹は、心の中でそう毒を吐く。
「では、失礼します…!」
鬱憤を抱えたままの宏樹は、早く図書館に行こうと思い席を立った。
席を立ちそそくさとドアへと向かっていた宏樹。
「待て…」
そんな様子の彼を、アルフが呼び止めた。
宏樹が後ろを振り返ると、アルフは眉間に皺を寄せて俯いていた。
「…なんでしょうか?」
宏樹はそんな様子のアルフに声をかけると…。
「…お前さんは今、大きな誤解をしているのだろう」
アルフはそう口からこぼした。
「誤解…?」
宏樹はあまりピンとこない顔をする。
「座れ…。図書館に行く前に、お前さんには話しておかなければならないことがある」
アルフは低い声でゆっくりとそう告げた。
「一体なんですか…?」
そう言われた宏樹は少しだるそうに、さっき座っていた椅子に再び腰掛けた。
「この話を聞けば、多少は疑念が晴れるはずだ」
…疑念…?さっきのことだろうか…
宏樹は今すぐにでも図書館へと行きたかったが、一度落ち着いてアルフの話に耳を傾けることにした。
「まず初めに…」
アルフはゆっくりと口を開き始める。
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