第七章 何者?
第40話 楽しいお散歩
約2ヶ月間に及ぶ”長い長い“訓練をようやく終え、遂に訓練から解放された宏樹。
そんな彼は、”とあること“をしようとハルマの都へと赴き、図書館へと向かっていた。
もう少しで図書館に着くというその時…。
「お!宏樹く〜ん!ちょうどよかった!」
「安奈さん!」
商店街の交差点でばったりと安奈と出会った。
ミルク色の髪に黒のキャップ。白のクロップドトップスに長さが際立つスキニージーンズ。
以前とは違って明るいところで見る彼女の私服姿に、宏樹はちょっぴり目が潤うような感覚を覚える。
「ちょうどよかったって…どういう意味ですか?」
「え〜とね」
彼女は少し目を逸らして考えるようなそぶりを見せる。
「私、ちょうど今時間空いているんだけれど…一緒に都の中を散歩しない?」
「…散歩ですか…。ん〜」
誘われた宏樹は少し悩んだ。
…時間はある。あるけど……。
今からしようと思っていた”とあること“は別に自主的に取り組もうとしていただけで、彼女の誘いを受けることはできる。しかし…。
…正直…興味はあまりないんだよな……
宏樹はあくまでも訓練や用事のためにここに来ているのであって、別にここの施設に長居するメリットはないと考えていた。
「ほら…!娯楽施設もたくさんあるし料亭なんかも紹介したいの。小さな旅行だと思って…どう?」
「ん〜…そうですね…」
そうはいっても、安奈は長いこと自分との訓練に付き合ってくれたり、嘘をついてまで自分の味方になってくれた恩人と言ってもいい人物だ。
彼女がいなければ今頃は訓練を受けることもできず、ただただ都の中にずっと閉じ込められていた可能性さえある。
「無理なら…私、和室に戻るけれど…。行く?」
…ついでだから、行こうかな…
安奈からのせっかくの好意を無駄にするわけにはいかない。
「いや、僕もご一緒します!」
「本当!?それじゃあ、早速行きましょう!」
その宏樹の返事に、安奈はまるで小学生を思わせるような声で喜んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
こうして、安奈と二人でハルマの都内を散策することになった。
今回の散歩では、これまで何度も通ってきた中庭ではなく、主に建物の外周を歩いて回ることになった。
あまり行ったことのない外周へとやって来た宏樹は、そこであるものを目にする。
「すごい大きな壁ですね…!」
それは敷地内を取り囲むように築かれた、コンクリートの
「そうでしょう?この壁は5m以上の厚さがあって、並の戦車砲じゃびくともしないのよ」
「5mも!?すごい厚いですね…!」
高さもゆうに三階建アパートくらいはあると言うのに、厚さまでしっかり確保されているというのは素直に感心してしまう。
「これだけの規模の壁を作るのには、おおよそ8年くらいかかったのよ。何度か襲撃に遭って壊されたりもしたし」
「そうだったんですね〜」
安奈は、多くの人々の血の滲むような努力によって、この壁が作られたと熱く語った。
そして、安奈はこんなことも言っていた。
「この防衛壁がなければ、私達はまともな生活を送ることすらできないの。だからこそわざわざ空世に住んでいるのよ」
「なるほど…。でも、防衛壁と空世って、どう関係するんですか?」
宏樹は防衛壁を建てることと、空世に住むことの関係性がいまいちピンとこなかった。
しかし、その理由は至極当然なものだった。
「だって、現実世界では防衛壁を築いたり監視員を配置したりなんて、できないでしょう?」
「…ああ、確かに!それは全く持ってその通りですね…!」
宏樹は思わず納得してしまった。
もし現実世界にこんな壁で囲まれた閉鎖的な場所なんてあったら、異質すぎて問題になるだろう。
「きちんと防衛できる設備や人を配置できるからこそ、ハルマの都はこんなに発展することができたのよ」
「なるほどぉ!」
✳︎ ✳︎ ✳︎
そんな会話をしながら建物の外周を歩いて回った二人は、ほどなく商店街へと戻って来た。
「北の方には酒店や居酒屋があって、南の方には雑貨屋や古着屋なんかが…」
商店街の交差点に立って、それぞれの方角にあるお店を安奈が話してくれている。
…やっぱり店の数が多いな…
それを聞きながら、宏樹はあまりの店の多さに頭がくらくらするようだった。
「敷地内のお店は全てここに集まっているから、数は必然的に多くなっちゃうの」
「にしても充実っぷりがすごいですね」
聞いた限りではほぼ全ての類の店があるようで、この場所に人が暮らしていると言うのがよくわかる。
「ここの住人達の多くは外に出ることはないから日用品から食料まで、常に充実したラインナップを取り揃えて利便性の向上を図っているのよ」
日用品は外部から仕入れているものも多いそうだが、ハルマの都には牧場や農場まで備わっているようで、食料に関しては外部に出なくとも自給自足できる独自のサイクルを持っていると言う。
「そんな施設まであるんですね…!」
…異世界感は全くないな……
異世界と言われた時はあらゆる物事や常識が通じない、居心地の悪い場所かと思っていた。
…むしろ普通すぎるくらいだ……
だがこのハルマの都は、現実世界に実際にあった場所を切り取って持って来たかのような…。
まるで小さな都市といった場所だった。
それから二人は、商店街の交差点を東に進んでいき会話を続けた。
「確かに、これだけ充実した場所だと不自由はしなさそうですね」
宏樹がそう呟くと、それに反応して安奈があることを話してくれた。
「そう。今このハルマの都には大体300人くらいの人々が生活していて、それだけの人がここを気に入っているの」
「300ですか…結構な人数ですね」
安奈の話では、現在住んでいる300人程の住人はそのほとんどが傑帥か元傑帥であるそうで、それらの中には傑帥同士で夫婦となり子供も数十名ほど住んでいると言う。
「以前言ってましたね、初めて広場を通った時に」
「そう。小中学生はよく広場で遊んでいたりするわね。私達もたまに混ざって鬼ごっことかしたりしているわ」
…それは楽しそう……
都内の暮らしは決してできることの幅は広くないかもしれないが、それでも十分なくらい楽しそうに感じた。
そんなことを思っている時、宏樹はふと浮かんだ疑問を口に出す。
「そういえば、ここの住人の人たちは、外に出たいっていう人はいないんですか?」
と、宏樹がそう聞くと安奈は即答した。
「いないわね…」
安奈の話では、ここに住んでいる人達は共通して外が危険だと言う認識を持っており、現実世界に出ることに関しては極めて消極的なのだと言う。
「そうですか…」
…それは少し残念だな……
もちろん、外に出たことがない人が大半であるため「主力傑帥」と呼ばれる戦闘訓練を受けた者や、外部の警備に当たっている者達以外は戦闘経験がない人らがほとんどなのだそう。
「ほうほう…主力…」
と宏樹が相槌を打つと…。
「実は、私もその主力傑帥の一人なのよ」
と、安奈がちょっと自慢げに言った。
「ですよね…!やっぱりそうじゃないかと思ってました!」
どうやら安奈は、だいぶ長いことハルマの都の主力傑帥を勤めているようで、時々外部の警備にも出ていると言う。
「じゃあ、戦車に乗ってもう長いんですか?」
「ええ、もうすぐ20年くらいになるんじゃないかしらね」
…20年…!?え…???
安奈のおおよそ20代後半くらいに見えるから…。
「じゃあ、小学生くらいの頃から戦車に?」
「…それは秘密!」
安奈はそう言って、詳しく教えてはくれなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
そんな会話をしながら歩き続けた二人は、ようやく商店街を抜け図書館の裏側の方に出た。すると…。
「これは…公園ですか?」
そこには、一本の巨大な木が生えている開けた土地があった。
「ええ、日向ぼっこ専用のね」
安奈はそういうと、公園の中へと入って行った。
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