第31話 肝試しと化す偵察任務



英傑に乗って、空世の中を移動している少年二人。

そんな彼らが辿り着いた“とある場所”


それは、先ほど現実世界の方で観光をしていた、あの「クビンク戦車博物館」だった。


「申し訳ないが、ここは破壊して通らせてもらおう」

先頭を走っていた宏樹が、高い鉄格子の柵を踏み倒した。


「よし!いい感じに破壊できたな、これで中に入れる」

その様子を後ろから見ていた幸人も、彼の後に続いた。



それから、何事もなく戦車博物館に入れた宏樹と幸人。


しばらくは破壊した鉄柵付近から、時計回りにぐるぐると敷地内を偵察することにした。

しかしながら、その結果は都市部偵察の時と変わらず、敵の一体すらも確認することはできなかった。


やはり敵なんて最初からいないんだろうという雰囲気が、二人の間に流れていたが…。

彼らには後もう一箇所だけ、確認していない場所があった。


それは、あの戦車が大量に並べられている「倉庫展示場」だった。


あまり期待はしていないが、念のため建物を覗きに来た二人。


「中には、やっぱり戦車がいっぱい並んでるのか?」

「どうだろうな…。開けてみよう」


英傑「KV-2」から降りた宏樹が、建物の扉に付けられていた金具を外し、入り口を開放した。


「おお…!並んでる並んでる!」

空いた扉から中を見た幸人がそう言った。


彼が言う通り、倉庫展示場の中には現世で見た時と同じく、左右にぎっしりと戦車が並べられていた。


…当然といえば当然か…

空世の特性を知っていれば、何も驚くようなことではない。


しかしこの倉庫展示場。現世のそれとは、まるで違う様相を呈していた。


「う……にしても真っ暗だな。奥はなんも見えないぞ……」

幸人と同じように中を覗いた宏樹が、そう口からこぼす。


そう、空世の世界には基本的に人はおらず、現世と同じ建物があるだけ。

そのため、インフラなどは機能を停止しており、電気なども消えていた。


「なにも見えないし…ここはやめといた方がいいんじゃないか?」

一度中を覗いた宏樹は、少し怖気付いたのか幸人にそう提案した。


「いや、ここは電気を点けて進もう」

しかし、幸人は英傑「Tiger」の前照灯を点けながらそう言った。

どうやら、この暗闇の中を進んでいくつもりらしい。


「……わかった、少し待っててくれ」

その様子を見ていた宏樹も、一瞬間をおいてから英傑の前照灯を点けた。


「よし、それじゃあ進むぞ」

準備が整った二人は、幸人を先頭に真っ暗な倉庫展示場の中を進み始めた。



展示場の中を進む二人。


「おいおい幸人…これなんか趣旨変わってないか??」

後続を走る宏樹が、そう呟く。


「んだなぁ!こんだけ暗いと…」

先頭を走る幸人も、彼が言いたいことが何となくわかっていた。


前照灯を点けても満足に先が見えるわけではなく、奥には変わらず暗黒世界が広がっている。

加えて、左右には展示用の戦車がずらりと並んでおり、明るかった時とは違ってとても不気味だった。


「まるで肝試しみたいだよな!」

幸人がキラキラした声で、最も的確に現状を表した例えを言う。


…なんでテンション上がってんだよ…

そんな彼の姿を見ながら、宏樹は少し呆れていた。


そう、宏樹はお化け屋敷系の恐怖は大の苦手だった。

中を覗いた時点で、既に彼の頭の中には“撤退”の2文字が浮かんでいたのだ。


…まじで…早くここから出たい…!!

少し考えれば回避できた恐怖を前に、宏樹は安易に入ったことを酷く後悔していた。


そうやって、全くベクトルの違う怖さと戦いながら、倉庫展示場の中を進んでいった二人。


「次の曲がり角で4回目!もうすぐ出口だ!!」

ただひたすらに、先頭を走る幸人の頭だけを見て走っていた宏樹。


「戦車はやっぱ速くていいな!歩きとは大違いだ」

余裕のない宏樹とは違い、幸人はとても呑気なことを言っている。


そうして、二人は初めに倉庫へと入った扉から、再び外へ出た。


「ああ〜……まじ怖かったぁ〜」

出てからすぐ、宏樹が声を大にして言う。


「宏樹は怖がりだなぁ」

そんな彼に対し、幸人はここでも呑気な反応を見せる。


「あれは怖いだろぉ…!着いて行って損したわぁ」

おちょくってきた幸人に、宏樹は強気に言い返した。


中を走っている時間はせいぜい5〜6分程度だったのだが、主に暗闇と横に並ぶ戦車からの圧が凄まじく、とても長い時間走っていたように感じた。


「まあ、何事もなければそれが一番なんだろ?」

余裕な顔の幸人は、偵察初めの宏樹の言葉をそのまま返してきた。


「それはそうだけどよぉ……」

その言葉自体は何も間違ってはいないのだが、宏樹はどこか納得のいかない様子だった…。



そんなこんなあって…。

最後に恐怖体験こそあったものの、何事も起こることなく無事に偵察任務を終えることができた。


「んじゃあ、偵察はこれでしまいにするか」

二人の息が整ったところで、幸人がそう提案をしてきた。


「だなぁ、3人も待ってることだし、一度帰ろうか…」

彼のその提案に、宏樹が同意しようとしたその時だった。


ガッギギィィンンンン!!!!

「っ!!?」


突然、どこか遠くから金属がぶつかり合ったような、鈍い音が聞こえた。


「……お、おい…今の、聞いたよな…??」

幸人がゆっくりと口を開く。


「ああ…間違いなく聞こえた……」

その確認には、宏樹も頷くしかなかった。


別に音が発生すること自体は、何もおかしなことではない。

風で物が移動した可能性もあるし、建物が崩壊した可能性だってある。


だが、残念なことに音の出どころからして、その可能性は極めて低かった。


なぜなら今聞こえた音は、先ほど自分たちが通ってきた、倉庫展示場の中から聞こえてきたのだから…。


「俺ちょっと、覗いてみる…!」

意を決した幸人が英傑から降りて、開いたままの扉から中を覗いた。


「お、おいおい、大丈夫かよ…??」

宏樹は少し戸惑いながらも、彼の勇気のある行動を見守っていた。


「…どうだった?なにか見えたか…??」

宏樹は、顔を引っ込ませた幸人に尋ねる。

しかし…


「いや…なにも………」

彼から返ってきた答えはNOだった。


そして次に、彼は恐ろしい提案をしてきた。


「中に入って直接確認しよう…!」

「なっ……!??」

宏樹は、全身にゾワっと鳥肌が立った。


「こればっかりは仕方がないぜ?…偵察が目的なんだろ?」

「………そうだな…行くしかないよな…」

全力で反対したいところだったが、幸人に諭されてしまった宏樹は、嫌々ながらその提案に同意した。


そうして、再び前照灯を点け恐る恐る展示場へと入った二人。


…いやぁ!怖すぎっ………!!!

後続の宏樹は、今にも恐怖に押しつぶされそうになっていた。


「音的にそこまで、遠くはないはずだよな…」

先頭を行く幸人は、冷静に辺りを見回していた。


そんな時…。


「うおっ!??」

「わぁああ!???なになになに!?」

先頭を走る幸人が急に声を上げるので、宏樹も一緒になって驚く。


「今、曲がり角の近くでなにか動いたぞ…!!」

幸人が、そう声を上げる。


「っなんだよぉ……まるでお化け屋敷じゃねぇかよ……」

さっきからずっと趣旨の違う偵察に、宏樹はうんざりしていた。


そうは言いつつも幸人がどんどん前に進むので、芋づる式に宏樹も前に進む。

すると…例の曲がり角に近づいてきた辺りで、幸人が止まった。


「こ、今度はなんだ…?」

突然止まる彼に、困惑する宏樹。


「なんかよ……発動機の音がしないか?」

はてなマークが浮かぶ背後の人物に、幸人がそう問いかける。


「………ほんとだ…なんか聞こえる…」

彼にそう言われて、宏樹も気がついた。


確かに、二人の英傑のどちらのでもない発動機の音が、曲がり角の先から聞こえていた。


「おいおい…これ行かないとダメか?」

宏樹は、あまりの恐怖に心が折れかけていた。


「俺が先頭で弾受けするから、宏樹は俺の後ろに構えてくれ」

いつまでも怖がる宏樹に、幸人は動じることなく冷静に指示を出した。


「わ、わかった…それじゃあ頼むぜ……」

幸人がそう指示するので、宏樹もやむなく覚悟を決めた。


そうして、突撃の準備が整った二人。

そんな彼らはこの後、思わぬ出会いをすることになった…。

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